工房のシーラと僕②
シーラは台の上に載った剣に、一心不乱に魔力を注ぎ込んでいた。
彫り込まれた魔力文字に手を当てて、光始めるまで続ける作業だ。魔力持つ武器を作るための、最終段階だった。
邪魔するのも悪いので、しばし静かに見守ることにする。
剣から淡く青白い光が放たれ始めた。こうしてできた剣は高く売れ、シーラの収入になる。
卓越した魔術師でないとできない副業だった。
目を閉じて集中しているシーラが、作業を終えたようだ。目を開けて、僕を見上げた。
「……ジル様、工房にお越しになられるとは珍しいです。何かあったのですか?」
「ああ、うん……作業はいいの?」
「はいです、一本終わりましたから」
シーラは台の上の剣を恭しく布で包み、片付けた。
台の前の椅子に座り、シーラの対面に腰かける。
いきなりサイネスのことを切り出す気になれなくて、とりあえず先ほどの作業のことを話はじめる。
「……すごいね、魔力の剣が作れるんだ」
「まだ時間は、かかりますけれど……」
前にアラムデッドにいたとき、同じようにイライザが作業していたのを、僕は思い出していた。
たしか贈答用のナイフ一本ですら、何時間もかかるはずだ。それゆえに価値がある――とも。
「それに剣に文字を彫り込むのは、私ではまだできませんです……そこまでできれば、もっと効率がいいのですけれども」
「シーラなら、すぐできるようになると思うよ」
お世辞でなく、僕は言った。
ディーン王国に来てからも、シーラは宮廷魔術師にもなれるという話はたくさん聞かされている。
もしなれれば、収入面でも大きな収穫になるだろう。
「ありがとうございますです……。それで、こちらに来たのは……?」
ちらっと台の側にある次の剣に、シーラが目線を走らせる。
……そろそろ本題に入ろう。
ここでは周囲がうるさいし、それぞれが作業に集中している。僕たちの話が聞かれる心配はない。
「実はね――」
かいつまんで、サイネスとのことをシーラに話した。まぁ、ターナ公の派閥との懸念が主なんだけれど。
シーラはディーンの出身ではない。またアエリアやライラとも違い、僕以外の後ろだてがない。
そういう意味では、彼女を守るのは僕の責務だ。シェルムとの約束もある。
もちろん本人が何を望むかということもあるけれど、情報はあるにこしたことはない。
「……事情はわかりましたです、ありがとうございますです」
「うん……」
相変わらずシーラの声は平坦で、表情にも変化がない。ただ最近は、微妙な変化を捉えられるようになってはいる――と思うんだけど。
「私は、ジル様が好きです」
「……え?」
「主従として」
「あっ、うん……」
「異性としても」
「……う、うん」
どもった。
シーラの考えが読めない……いや、思い付いたままを、言ってるだけ?
普段のシーラなら、こんなことは言わない。
「ジル様について考えると、色んな感情が渦巻くのです……私自身、整理しきれないのです」
静かに圧するように、シーラが手元を見ながら言う。
「でも私にとっては簡単なことが、ひとつありますです――ジル様、私は側にいてもいいのですか?」
「もちろんだよ。ずっと力になってもらいたいし」
「なら、サイネス様の元に行くことはありませんです……そう、単純なことなのです。立ち返ればいいのです」
すうと息を吐いて、シーラが言葉を切った。飾り気はないけれど、気持ちは伝わってくる。
シーラは、僕の側にいたい。
よく考えれば、シーラは僕よりも年下だ。様々な事情があるとはいえ――親元から離れている彼女には、ちょっと酷な生々しい話だったかもしれない。
「……わかった、僕も期待について、応えられるよう努力する。でも、もし気持ちが変わったら――」
被せるように、シーラが答えた。彼女にしては、とても珍しい反応だ。
「それは――私の方も、同じです」
「…………はい」
さらっと髪をかきあげる仕草に、絡みつくような意図を感じる。
シーラの瞳に、ちらとアエリアと同じものを見たのだ。
……なんだか、深入りはしない方がよさそうだった。
またヘマをしそうな雰囲気だ。
そして、全然意識したことはなかったのだけれど―――あれ、僕って……もしかして色んな人から、好かれてるの?
いまさらながらに、僕は心の中で首を傾げるのだった。




