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紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~   作者: りょうと かえ
ディーン王国

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162/201

仮面のアエリアと僕③


「そこまで黒猫さんが言うとはねぇ。新顔なんだが、なかなか達者なんだ。楽しませてもらおうじゃないか」


 老犬の仮面紳士が面白そうに手を叩く。

 ここまで来たら、引き下がれない。


「私に合わせてくださいね、貴族様」


「……わかった、そうするよ」


 仮面を着けているので、正直吹きづらい。

 音楽と仮面の会合の立ち振舞いは学んでいるけど、経験豊富とはとても言えない。


 慣れた様子でアエリアがフルートを取り出す。

 漆黒のフルートに軽く銀の意匠が彫りこまれている。


「曲はディーンでよく知られている――花の騎士にしましょうか」


「それなら知ってるよ、大丈夫だ」


 花の騎士はディーン王国で最も知られている古い曲だ。

 綺麗な薔薇園を持つ騎士が、主君の姫と恋に落ちる。

 国を守るために騎士は死ぬが、姫は騎士の残した薔薇園を守り続けるーーそんな詩だ。


 悲恋のようだけど曲調は明るく、運命に立ち向かうというディーンの気質に合っている。


 集まりの人たちも頷きあって、急かしてくる感じだ。


 フルートを顔に近づけて、アエリアがゆっくりと吹き始める。

 聞き慣れた旋律に、僕も合わせて奏で始める。

 アエリアは特に変えずに吹いている。


「……ほうほう、いいですなぁ……」


 老犬の仮面紳士が感嘆するが、僕は結構余裕がない。

 というのも、アエリアは普通に上手だった。


 ブレがなく高音と低音を分けて、しっかりと基本を大切に演じている。

 僕の音も潰すのではなく、心地よく連れていってくれるような感じだ。


 宮廷楽士と言われても、納得しそうだった。

 アエリアの意外な一面を見た気がする。


 丸々一曲が終わると、アエリアはぱっとフルートを離して、華麗に一礼する。

 僕も合わせて一礼すると、一団から拍手が巻き起こった。


「素晴らしい、大したもんだ!」


「お若いのに心得がありますのう!」


 口々に称賛されるけど、気恥ずかしい。

 どう考えてもアエリアの方が上手かった。


 誉め言葉の雨の中でアエリアはフルートをしまい、


「ではでは……名残惜しいですが、今夜はこれにて!」


 と僕の手を引いて爽やかに立ち去っていこうとする。

 すごい切り替えの早さだった。


「い、いいの?」


「いいんですよ、ここは無礼講の場ですからね。引き留めるなんて、野暮なことはしませんよ」


 確かに、引き留める人はいなかった。

 手を振ったり、まかおいで~と和やかに言ってくれる人だけだ。


 まぁ、アエリアが構わないのならいいか。

 そのまま僕も辞して退去する。


 調べの間には音が満ちて、各グループは別れている。扉から出ようとしても、誰も見咎めたりはしないようだ。


 そのまま調べの間から少し歩き、死角に入るとアエリアが仮面を外した。

 ぼそぼそと小声で話しかけてくる。


「ジル様、驚きましたよ……突然に来られるんですから」


「……ごめん、話したいことがあって」


「はふ……明日じゃ駄目だったんですか? 重要なことみたいですね……」


 明日というか、イライザの前で話しづらいのが理由なんだけれども。


「サイネス・ターナ様って、知ってる?」


 アエリアはちょこんと小首を傾げ――ぽんと手を打った。


「ああ……! あのちょっと女好きな人ですね」


 なんて覚え方だ。

 説明の手間は省けたけど、ひどい評判だなぁ。


「……妹に結婚を申し込んできたんだ」


「やめた方がいいですよ、絶対」


 ぶんぶんと首を振って、アエリアが即答した。わかってはいたけど、元々他国の人間である彼女から見てもそうなのか。


「大丈夫、断ったから……」


「はぁ……まぁ、そうでしょうね……ふむ、ふむ?」


 アエリアはじっと僕の顔を見つめる。


「……私を心配してくださったのですか、ジル様?」


「そ、そうだけど」


 相変わらず察しがいい。

 僕が普段行かない調べの間に飛び込んだ理由に、すぐに思い至ったようだ。


「私なら大丈夫です、サイネス様から何かあっても流しますからね」


「……うん、でも気を付けてね。ディーンの王宮とはいっても陰謀がないわけじゃないし」


「んむ、気を付けます……ジル様っ」


 アエリアが身体を寄せて、元気よく答える。


「そういえば、さっきの演奏ですけど……」


「あ、うん……すごく上手だったよ」


「……むむっ」


 なんだろう、アエリアはぷいっと後ろにいるティルスに視線を向けた。

 釣られて僕も後ろのティルスを見る。


 ティルスは護衛特有の緊張感のある顔付きのなかに、困惑をにじませている。

 なんだろう、今のやり取りは……疑問が浮かんだ瞬間、


「……ジル様もお上手でしたよ」


 それからちょっとだけ話をして、アエリアは調べの間へと戻っていった。

 まだ演奏したりない、と言い残して。


 アエリアの姿が見えなくなった後、僕はティルスに問いただした。


「さっきの花の騎士なんだけど……何か知ってる? 意味深だったよね?」


 ティルスはあからさまに目を泳がせている。

 ややあって心底言いづらそうに、


「……花の騎士を男女が協奏するのは、よほど親密な時だけです。それこそ婚約者同士のような……夫婦のような…………」


「……嘘」

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