宮廷の争い⑤
第二章の前の幕間「愛する人」と一部関連します。
僕は唖然としてしまった。
フォークからぽとりと、じゃがいもの欠片が落ちる。
「は……? 本当に?」
「ええ、兄さんがイヴァルトへ旅立ってから……です」
イライザにも声をかけてたのは、何だったんだ。
フィオナに求婚しつつ、イライザも……ということなのか。
それで、さっき会ったときの態度なのか?
僕を無視したくせに。
信じられなかった。
サイネスの全てが、僕とは相容れない。
僕なら愛するのは一人だけだし、愛する人の家族も大切にしたいーーと思う。
間違っても、邪険になんてしない。
「それで、フィオナは……どうしたいの?」
妹の瞳を、じっと見る。
そう、それが一番大事だ。
公爵家の嫡男と男爵家の長女では、普通は釣り合わない。
それに年齢も離れすぎている。
サイネスは20代半ば、フィオナは14歳だ。
「……私は嫌です。サイネス様とは結婚したくありません。兄さん、断ってもいいですか……?」
「もちろんだ」
僕は心中でほっとした。
フィオナが乗り気でないなら、受ける必要なんてない。
「僕からも大公に申し伝えておくから。心配しないで」
「わかりました……良かったです、兄さんも嫌で」
軽く笑ったフィオナに、僕は少し考える。
アラムデッドの事件から、王宮にずっといるフィオナのことだ。
今の僕より、宮廷貴族については詳しいのではないか。
サイネスについても、僕はほとんど知らない。
ナハト大公派とターナ公爵派があるなんてことさえ、王宮に来てから知ったくらいだ。
ヘフランへの派兵を考えれば、サイネスのことはもっと知っておくべきだろう。
……気は進まないけれど。
「サイネス様について、何かーーフィオナは知ってるの?」
「もちろんですよ、有名な人ですからね。社交界の華ーーとでも言うのでしょうか、あの顔立ちと出自ですから」
確かに金髪の美男子であり、名門の公爵家だ。家柄は申し分ない。
しかも宮廷貴族のターナ公爵家は、王国の要職につく権利がある。金銭的にも非常に恵まれているはずだ。
そこで、フィオナは表情を曇らせる。
僕に向けるのと大違いなその顔は、大嫌いな虫を見るときのものだ。
つまりフィオナにとってはーーサイネスはよほど生理的に受け付けない相手なのだろう。
「……ただ、女性関係もすごく派手な御方のようで」
「ふぅん……なるほど」
そうだろうな。相手の女性に困るなんてことは、多分ないだろう。
「今のところ、第8夫人までおられるようで」
「8人もいるの!?」
思わずのけ反ってしまった。
いくらなんでも多すぎる。だって20代の半ばじゃないか。
地方貴族の常識では考えられない。
せいぜい、夫人なんていても2人くらいだ。3人もいたら好色な貴族と思われる。
僕の父も、早くに死んだ母以外の女性はいなかった。
「サイネス様は今年26になるようですが、18歳の時から1人ずつ夫人を迎えているようで……」
「おかしいでしょ、それ」
「さすがに宮廷貴族でも、異色のようですが……財力的には問題ないのでしょうね」
「お金はそうだろうけどさ……それじゃ、フィオナは第9夫人ってこと?」
「話をお受けしたら、そうなっていたと思います……」
じゃあ、イライザは第10夫人ってことだろうか。
どうなんだ、それは。
「……兄さんこそ、何かあったのですか?」
「いや……何でもないよ、うん」
「嘘です、唇を引き結んでいるときはーー嫌なことがあるときです。……わかっていますよ」
じいっ、とフィオナが僕を見つめる。
僕が妹を理解しているように、妹もまた僕をわかっている。
はぁ、とため息を漏らす。
「サイネス様は、イライザにも声をかけているんだ。今日、見てしまったんだけど」
それだけで、妹にはちゃんと伝わったらしい。
フィオナはイライザとも何度か面識がある。
魔術師を目指すフィオナにとっては、イライザは良い目標なのだ。
「……それはまた……それで、イライザ様はどのように?」
「その場で断ったよ」
「……良かったですね、兄さん」
フィオナの生暖かい視線を感じる。
なんだか僕のイライザに対する想いがバレているような気がする。
おかしいな、特にそんな素振りはしてないと思うんだけど。
「とにかく、サイネス様の件はお断りしておく……けどフィオナも気をつけてね」
僕の言葉に、フィオナは頷く。
仮にも公爵家の求婚を断るのだ。おとなしく引き下がってくれればいいけれど、またちょっかいを出してこないとも限らない。
そこまで考えて、唐突に僕は思い出した。
イライザは前に母と自分は、父に捨てられたと言っていた。
それはトゲとなって、いまだにイライザを苦しめている。
そんな彼女がーーサイネスの嫁になるわけがなかったのだ。




