宮廷の争い③
ツアーズが、講堂を見渡す。
「行き渡ったようだな。他人と相談したり書物を見たりする行為は禁止する。発覚した場合は、即刻退場もありうる。名前は上部に記入せよーーそれでは、始め!」
まずはさっと問題全部に目を通す。
最初の半分は計算問題だ。何百キロの荷物がある、運ぶのに馬が何頭必要か? ある地点まで部隊を移動させるのに、何日かければいいのか? とか、そういった問題が延々と続いている。
後半は記述式の問題だった。著名なモンスターの絵が並び、名称と気を付けるべき点、対処法を書けとある。
どちらも将になるなら、必須の能力だろう。
……なんだか、アラムデッドにいた頃を思い出す。
あの頃は、イライザによく勉強を教えてもらっていた。国の中枢に入るのに、ある程度の学力や知識がないと話にならなかったからだ。
それに僕には当主としての実務経験もある。もっとも、金策に奔走していたのがほとんどだけれど。
そういうわけで、僕は割りとスムーズに羽根ペンを動かし続けて回答した。
イライザは本職の宮廷魔術師だ。この程度の問題に手こずることはあり得ない。
アエリアも公爵令嬢として一通りの勉学は積んでいる。
家が貿易に従事しているなら、聖宝球の外にいるモンスターを知るのは必須だ。記述式も簡単に解くだろう。
シーラ、ライラも下級貴族の基準からしたら英才教育を受けている部類だ。難なくこなせるはずだ。
問題が解き終わった頃、ツアーズがおごそかに言い渡す。
「そろそろ、終わる者も出てこよう。早く終わった者は手を上げなさい」
イライザがちょっこんと手を上げる。
ツアーズはイライザの前から用紙を取り、眺め始めた。
当然だけど、周りからの視線を感じる。
ほんの数十秒後、ツアーズはいくらか穏やかに、
「見事だ、イライザ。文句なく満点だ。実務にかまけて、基礎をおろそかにはしていないようだな。……安心したぞ」
「もちろんです、ありがとうございます」
「次、自信があるものは名乗りでよ。先に採点する。無論、点数が同じなら早く終わった者の方が評価は高い」
僕は手を上げたがーーアエリア、シーラ、ライラも同時に手を上げていた。
ちらりと見回してみると、先に終わったのは僕たちだけだ。
ツアーズはアエリア、シーラ、ライラの用紙を取り、見始める。
僕の用紙は、そのまま置かれていた。
ツアーズはこれらもぱぱっと見終えたようだ。
「3名とも、合格。非常によく学んでいる」
そう言うと改めて、僕の用紙を取った。
ツアーズはそのまま用紙に目を走らせながら、
「……ふむ、君はジル・ホワイト男爵か」
「はい……」
名指しされたことに、ひそかに緊張する。
「合格……申し分ない。だが、これはーーイライザから習ったのかね?」
「そ、そうですが……」
「貴族にしては、珍しい。いや、他意はない。結構なことだ」
ツアーズは満足そうに言った。
結局、制限時間前に手を上げたのは僕たちだけだった。
その後用紙は回収され、ツアーズは素早く目を通していく。
最前列にいる僕には、眉にしわが寄っていく様子がありありとわかってしまう。
「……基礎的な学力を求めるものであるが、全体の正答率はおよそ7割と言ったところか。これでは不十分である」
ツアーズが、ぴしゃりと不機嫌そうに、
「正しい計算と知識があって、初めて軍の統率が成り立つ。諸君らに任せたのでは、敵に付け入る隙を与えるようなものだーージル男爵を除いては」
「は、えっ!?」
思わぬ所から僕の名前が出た。
しかしツアーズは構わず話を続ける。
「諸君らのなかで、唯一すでに兵を率いることが内定している者がいる。ーーそれがジル男爵だ。周囲もさることながら、本人の能力にも目を見張るものがある」
うう、なんてことだ。
ツアーズの意図していることはわかる。
周りからの嫉妬と羨望とともに、熱が一段と高まるのを感じる。
それはそうだ、本当に兵を率いると決まった者がいるのだから。
自分も続こうと、身が入るのだろう。
あるいは、僕をダシにして皆のやる気を引き出そうとしているのかもしれない。
「彼に続く者には、相応の栄誉があろう。心して講義を受けるように」
『はっ!!』
皆の声が一致する。やはり、そうだ。
僕の能力を伸ばすのと一緒にーー他の人のやる気も出させるつもりだ。
その後、ツアーズは講義を始める。
……なんとなくわかってはいたけれど、僕にとってはかなり簡単なものだった。
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