鍛錬①
翌日、僕は朝からライラと鍛練をしていた。
しばらくは軍務の勉強も含めて、自分の力を高める期間になる。
鍛練場で、僕はライラと正面に向き合っていた。
互いに足を止めて木剣を構え、打ち合う。
身体に当てないよう、剣先だけで戦う形だ。
神聖魔術を使いながら、木剣を振るっていく。
普段の僕からは考えられないほど力強く、速い剣だ。
しかし、ライラは事もなく僕の打ち込みについていっている。
しばらく、乾いた打撃音が鍛練場に響く。
「……なかなか、形になってきましたね」
すっとライラが木剣を引く。僕もあわせて剣を引き、一歩下がる。
「ありがとう……」
言いながら、ひとつ疑問が出てくる。
イヴァルトの戦いから、身体の中で歯車が噛み合ったような感覚がある。
今では手を繋がなくても一応戦えるぐらいには会得できている。
これって、他の神聖魔術の使い手からすると早い方なんだろうか?
聞いた限りだと、そんなに簡単に身に付く技術ではないと思うんだけど。
鍛練場には僕とライラしかいない。聞いてみよう。
「……僕の神聖魔術はどう? ちゃんとできてるかな」
「う~ん……なんと言ったらいいでしょうか……」
ライラが腕を組んで首を傾げながら、悩み始める。
そんな悩む体勢、初めて見たよ!?
「……異常ですね」
「異常っ!?」
「そう、とんでもない……聞いたことがない……」
「ええ……?」
そんなに覚えが悪いってことなのかな。ショックだ。
ライラが、ぱたぱたと耳と尻尾を振った。
「……こんなに早く、神聖魔術を使いこなせるなんて」
「…………うん?」
「ですから、聞いたことがありません。こんなに神聖魔術の覚えが良い人など……どうしたのですか、ほっとしたような顔をして」
「てっきり、僕はダメな方なのかと」
ライラが腕組を解いて、びっくりする。
「神聖魔術をどれほど使いこなせるようになるかは、その人次第です。センスと言ってもいいかもしれませんがーー魔術師でも不得手な人もいれば、私のように他の魔術がほとんど出来なくても使える人もいます」
「……僕も身体強化以外の魔術はほとんど無理だね……」
身体強化は最も基本的な魔術だ。
貴族なら程度の差はあれ、体得している。
体外に魔力を出さずにすむので簡単なのだ。
一方、身体強化しか使えない人もかなり多い。僕もその一人だけど。
「間違いなく、ジル様の習得速度は異常に早いです。普通なら今も、まだ手を繋いで剣を振っている予定でしたのに」
ライラが上から下まで僕を眺めて、呟く。
「《血液操作》が影響しているのかもしれませんね……」
「……スキルが、ですか? 直接魔術に関わらないスキルでそんな話は……」
「《血液操作》が無意識でも作用しているのかもしれません。ジル様自身の血に、ですね。その結果として、神聖魔術をうまく使っているのかも……」
僕も小首を傾げる。
まぁ、こんなことをしても結論は多分出ないんだろうけど。
「では、次の段階に移りましょう……。本当はもう少し後のはずでしたが」
ライラはそう言うと、鍛練場の大時計を見た。時刻は10時ぴったりだった。
ライラは鍛練場の扉まで、つかつかと歩いていく。施錠してある扉に鍵を差して、彼女はそのまま扉を開いた。
「失礼しま~す!」
元気一杯なアエリアの声だ。
「失礼しますです」
一瞬、覗くように中をうかがった後に入ってくるのはシーラ。
「失礼いたします、ジル様」
最後に入ってきたのはイライザだった。
この訓練は秘密なんじゃ……。
「……みんな、どうして?」
ライラが僕のところに戻ってくる。
「もちろん、私がお呼びしたのです。大公の許可もあります……私たちは戦争に飛び込むんですよ? みんなで鍛えなければなりません」
「それは……みんなに神聖魔術を教えるってこと?」
限られた人にしか教えちゃいけないはずたったけれど、解禁されたのか。
たしかに神聖魔術を使えるかどうかで、戦闘力はまるで違う。
「そうです……時間はさほどありませんので、合同で効率よくやります」
そう言うと、ライラはアエリアの手を取った。
「ふぇ!? ライラ様っ!?」
「……静かに。もぎとりますよ」
「はぃぃ……!」
「まず私はアエリアさんと、神聖魔術の訓練を始めます……」
「はい! 神聖魔術ってなんですか!?」
「……後で説明します。なかなか、怖いもの知らずですね」
「ひゃい!」
アエリアとライラが騒ぐなか、シーラがゆっくりと僕の正面に来る。
彼女の魔力は波打っており、なんだか嫌な予感がしてくる。
ライラが僕とシーラに呼び掛ける。
「シーラちゃんは、限定的ですが神聖魔術が使えるようです……アラムデッドで習ったのでしょうが」
「……はいです」
「今のジル様なら、シーラちゃんと勝負になるはずです。模擬戦で慣らしてください」
「な、なるほど……わかった」
素手で鎧を引き裂くシーラとか……。
気を抜くと、骨くらいは簡単に折られそうだ。
そこで僕は、ひとつ気がついた。
組み合わせはアエリアとライラ。シーラと僕。
「あれ? イライザは?」
僕の言葉に、ライラが心外そうに答える。
「仲間外れにするわけがないじゃないですか……というより、逆です」
「はい……! 私もちゃんと参加します」
言うや、イライザの魔力が膨れ上がりーー広大な魔法陣が鍛練場の上に描かれた。




