ヘフランのアルマ②
アルマ編は今回で終わりです。
「はぁ……」
アルマは生返事をしてしまった。
ラバートはすっかり意気込んでいるがーー野蛮なこと、この上ない。
「ラバート将軍、それはあまりに……」
ライオットも咎めるものの、ラバートは意に介する様子もなく、
「訓練所にて待つ!」
と言い放ち、中庭から立ち去った。
残されたのはアルマとライオットだ。
気まずい空気が流れるなか、アルマはため息をついた。
「強引な方ですわ……。逃げても色々言われそうですわね」
「受けて立つのですか!?」
ラバートの言葉にも一理はある。
これからを円滑に進めるなら、どこかで証を立てなければならないのも事実だろう。
建前はそうであるがーーアルマは内心、あまりの物言いに怒っていた。
アラムデッドにいた頃では考えられない無礼さで、ラバートはまくし立てたのだ。
驚くライオットに、アルマは目を閉じて答えた。
「……もちろん怪我をしないよう条件を付けますが。負けはしないと思います」
この300年、アルマはあらゆる挑戦を受けてきた。王都を襲った教団に比べれば、何の恐れがあるだろう。
腕は立つかもしれないが、所詮はただの人間だ。
「立ち会いをお願いしますわ、ライオット様」
太陽が城の影に移り、闇が徐々に広がっていく。
アルマは苛立ちを感じながら、雑に白い髪をかきあげた。
◇
夕陽が完全に落ちた頃、城中の訓練所にアルマはいた。
相対するのは、ラバートだ。
魔力灯が、ぼんやりと青白い光を放つ。
100mほどで区切られた四角の部屋に、数十人の見学者がいる。
彼らは呼び集められた将官であり、固唾を飲んでふたりを見守っていた。
ライオットは審判として、部屋の中央にいる。
アルマとラバートの手には、木剣がある。
ルールは単純、一撃でも入れた方の勝利。そして致命的な攻撃は行わないこと。
とはいえ、見学者たちは不安げにアルマを見ていた。
2メートル近いラバートと150センチしかないアルマでは、体格が違いすぎる。
まともに打ち合うだけでも、大けがに繋がるのでは。
それが見学者の共通した考えだった。
「逃げ出しはしなかったか」
「……理由がありませんので」
「双方、準備はよろしいですか……?」
ライオットは不安げに、ふたりを見た。
アルマも騎士とは長年、接している。騎士同士が決闘沙汰になることは珍しくない。
ディーン人は名誉を重んじ、必要な戦いは躊躇しない。
結局ライオットも止めなかったのは、その辺りが絡んでいるのだろう。
「俺はいいぜ」
「いつでもどうぞ、ライオット様」
「……ええい、始め!」
ぶん、とラバートが片手で木剣を振るって構えをとった。
思ったよりも正統派な構えでラバートは向かってくる。
「ふぅ……仕方ないですわ」
「剣は不得手か? 氷の魔術を使っても構わんがな」
せせら笑うラバートに、アルマは首を振る。
じりじりと近づくラバートに対して、アルマは無造作に剣を構えた。
「あなたには必要ありません。剣で勝ちますわ」
アルマは意識を集中させ、周囲の魔力を取り込み始めた。
神聖魔術【強靭】ーー想像を絶する速度や筋力を働かせる技術だ。
300年生きる中で最も得意なのは氷の魔術であるものの、アルマは一通りの武術も体得していた。
そもそもヴァンパイアは人間種族で最強だ。
しかも、今は夜。
ラバートが腰を少し落とし、一気に踏み込んでくる。
人間であれば脅威といってもいい速度だ。言うだけあって、かなりの技量を持っている。
しかし、アルマは冷めた目でラバートの動きを見ていた。
「遅いですわ……」
打ち下ろす瞬間が、アルマには手に取る様にわかる。
軽く握った木剣を滑らせるように、ラバートの横を駆け抜けーーしたたかに脇腹を打った。
全てが、まばたきよりも短い間の出来事だ。
ライオットはしっかりと木剣の動きを追っていた。
しかし、会場にいる者の中でも目視できたのは数人だけだろう。
「ぐはっ……! げ、げほ……」
ラバートの後ろにアルマは回りーー悶絶する彼を見下ろした。
「これでよろしくて?」
「勝負あり!」
あっさりと終わってしまった。
見学者のほぼ全員が目を丸く、驚愕している。
そのままラバートを捨て置き、アルマはライオットの元へと駆け寄る。
「……見事でございました」
「はぁ……フィラー帝国を牽制するのに、今のやり取りは役立ちますか?」
アルマはライオットに小さく尖った声を出した。
でなければ、あまりに納得できない流れだ。
大方、兵を出したラバートが増長していたのだろう。
元よりディーン王国とフィラー帝国の仲は良くない、しかし共に戦わなればならない。
アルマが来たのはディーン王国の要請があってのことだ。
フィラー帝国のラバートが面白いわけがない。
軽く誘導すればーーいや、しなくても飛びかかってきたのかもしれないが。
「そこまで……お分かりですか」
「神聖魔術の使い手とそうでない者の差は覆しがたいですわ……。神聖魔術を知っている者ならば、常識です」
アルマは少し疲れたように肩をすくめた。
「貸しひとつ、ですわ」




