大河を後に②
病院を後にした僕は、イライザに今後の予定を確認した。
イヴァルトにいる必要性は、もうそれほどないと思ったのだ。
雨が上がり、爽やかな風が吹いている。
僕たちは馬でゆったりと、水たまりを蹴りながら仲間の所に戻っていた。
「そうですね、議会への工作と後処理にあと5日ほどでしょうか……」
「……それで僕もお役御免か」
今回の結果をナハト大公がどう考えるか、ちょっと不安だった。
肝心のバルハ大司教は死んでしまい、ロアからも尋問できる状況にない。
イヴァルトの有力者の心証は改善しただろうが、実際問題として連合軍にどれほど協力するかはわからない。
やることはやったけれど、満点には程遠いーーと思う。
僕のそんな言葉にイライザがびっくりしたように、
「とんでもありません、ジル様! 大変な功績ですよ。ブラム王国の橋渡しであったバルハ大司教一派は壊滅したのです。それも1週間経たずに、です。間違いなくお褒め頂けるでしょう」
「そっか……なら、よかった」
「教会の家探しや他のブラム王国派のあぶり出しは、別の方が担うでしょう。多分、戻りましたら次の任務があるかと……」
次か……ブラム王国のイヴァルトにおける目的は、造船にあった。
大海へ打って出ようとするなら、連合軍は当然阻止することになるだろう。
ブラム王国は大陸の北東にあり、その王都は海近くにある。
つまり阻止するのならーー王都までブラム王国を進軍するか、海を伝って港を強襲するしかない。
どちらにしても、すぐには難しい。
ブラム王国の王都も数百年間脅かされたことがない。
途中にある城や砦をひとつひとつ攻略していくのは相当なーーそれこそ数年がかりになるだろう。
海を行くのは、さらに難しい。そもそもブラム王国が先に、船を大量に揃えているのだ。
大規模な海戦自体も、大陸ではほとんどなかった。イヴァルトが協力したとしても、海戦をやることはないだろう。
僕はーー次の任務では将として用いられるような気がする。
ベルモの首飾りが有用なのは、ベヒーモスとの戦いでわかった。
なら、激化する教団との戦いで僕ごと使われるーーナハト大公なら、そうするはずだ。
「……次は兵を率いろと言われるかな」
「不安ですか、ジル様」
僕はゆっくりと首を振る。
妹以外には、イライザにしか言えないことだった。
「不安は不安だけれど、願ってもない話だよ。父が死んで、将として生きる道はなくなったと思った。ホワイト家は武功の家だーー父と同じ生き方ができるなら、本望さ」
たとえ、命を落とすとしても。
大事なものを見捨てるよりはずっといいのだ。
「……そうですね。少し前なら、考えられないことでした」
「うん、本当に…………」
しみじみと、僕は感じ入った。潮の匂いが満ちてきたので、ふたりして馬を降りる。
並んで歩くと、ふっとイライザの手が揺れるーー少し寂しげに。
白くてきれいな手だった。
思わず、握りたくなるような衝動を抑えこむ。
今回も、イライザがいなければどうなっていただろう?
こんなにうまくはいかなかったーー少なくてもロアと砂粒の件ではそうだ。
僕の中では、イライザの存在がとても大きなことを感じさせる任務だった。
後、どれくらい一緒にいられるだろう。どうすればもっと、側にいられるだろう?
「……ジル様?」
小首を傾げるイライザに、僕は微笑む。
目をやると、ガストン将軍が杯を振り回して上機嫌に歌っていた。
アエリアもシーラもライラも、それぞれ用意された食事に手をつけている。
僕たちだけが、何も食べていないのだ。
気がつけばお腹と背中がくっつきそうなくらい、空腹だった。
「なんでもない……とりあえず、今日は宴だ。楽しまなくちゃ、ね」
「はい……!」
微笑むイライザの手を、僕は取ってしまった。
あ……とイライザが小さく言う。
僕は引っ張るようにして、小走りになる。恥ずかしさと、高揚に赤くなりながら。
「早く、行こう!」




