大河、闇、雨⑨
光が収束し、視界が開けていく。
ベヒーモスの威圧感も潮が引くように弱まっている。
守りの魔術も消え失せていた。
周囲も見守っているからか、攻撃を止めていた。
「…………グルルル……!」
唸るベヒーモスの青い瞳から段々と生気がなくなっていく。
息が細く小さくなりーーやがて黒く虚ろな瞳が残されるだけになった。
ベヒーモスの様子は、広場の皆もわかっていたと思う。
念のため、警戒しながら僕はベヒーモスへと近づく。
ごくりと喉が鳴る。
突き刺さった真紅の槍を、ゆっくりと引き抜いていく。
そのまま左手でベヒーモスの皮膚に触れる。
魔力はもう、胎動していない。
何の反応もない。
完全にベヒーモスは沈黙していた……終わったのだ!
僕は右腕を上げて、広場の皆に呼ばわった。
「ベヒーモスを……討ち取ったぞ!!」
どっと歓声が広場中から上がる。
そこら中の建物の屋上と窓から武器が掲げられた。
犠牲者を出さずに終わったのだ。それが何よりも嬉しかった。
感無量だけど、まだ戦いは終わっていない。
港ではガストン将軍がまだモンスターと戦っているのだ。
「一番の強敵は倒した……! でもまだ港で戦う味方がいる! 奴らもイヴァルトから排除するんだ!!」
馬にまたがり、僕は空を駆け始める。
口々に広場の兵士が叫び、奮いたつ。
「そうだ、まだ終わっていない!」
「このまま港へと突っこめ!!」
広場中から人が飛び出し、僕の後ろをついてくる。
雨もいつの間にか止んでいた。
そうだ、この勢いのままーー終わらせるんだ!
◇
路地を戻り港へ着くと、いまだに戦いは続いていた。沖合いの艦隊は見えなくなっている。
無事、どこからか上陸できたのだろう。
色彩豊かなイヴァルトの兵が、黒金のガストン将軍の兵と肩を並べていた。
なんとか、大きな損害を出さずに戦っていたようだ。
モンスターの眼前に陣取るガストン将軍へと、僕は滑空する。
「ガストン将軍、奴は討ち取ったーーこちらの首尾は!?」
僕の叫びで、港でも歓声が響き渡る。
勝利の報せは、なによりも兵を活気づかせるのだ。
ガストン将軍が感極まったように答えた。
「おお、なんと……!! 先ほどからモンスターも勢いが弱まり、新たに上陸はしてきていないですわい!」
聖宝球の力が戻ってきているのか。ベヒーモスを倒したからだろう。
なら、残っているモンスターを討てば終わりになる。あともう一息だった。
「イヴァルトの兵もすぐ加勢に来る! 掃討戦だ、少しの辛抱だ!」
「わかりましたですじゃ、ジル様!!」
そこから先、港の軍勢は終始一方的にモンスターを倒していった。
まもなく広場の兵も港の戦いに加わっていった。
士気旺盛な兵たちが殺到したので、さらに勢いは膨れ上がる。
それでも入り込んだモンスター全てを討ち、戦いを終えるには数時間かかった。
隅々まで感知魔術を使いモンスターが全滅したのを確認できたのは、昼になってからだ。
港には僕たちを始めとして、主だった者が並んでいる。
港での重傷者はすでに運び終えている。
ボロボロだけど港にいる全員が、顔を高揚させていた。
見渡した皆が、僕の言葉を待っているのだ。
息を吸い込み、高らかに宣言する。
「……よし、僕たちのーーイヴァルトの勝利だ!!」
全員が片腕を突き上げて、声を上げた。
勝利の雄叫びだ。
『イヴァルト万歳!! 連合軍万歳!!』
そんな大歓声の中、ノルダール議長が馬車を何十台も連れて港に現れた。
「ノルダール副議長……? その馬車は……」
「……勝利には美酒が必要でしょう?」
「ぬおっ……!? わかっておるのう!!」
馬車に連れ立つ従者たちが、港の兵に食事と酒を振る舞っていった。
薄日が差す中で、宴が始まろうとしている。
この辺りの世渡りは、さすが商人だ。
「むぅ、ちゃっかりしてるな……」
僕の呟きにイライザも小声で答える。
「まぁ、受け取っておきましょう……これもイヴァルトなりの関係改善でしょう」
「そうだけどさ……現金なもんだねぇ」
とはいえ、僕もお腹は空いていた。
もぐもぐとパンを食べているとーー見事な白馬に乗ったレイア議員が現れた。
なにか、あったのだろうか。
大慌てで息を切らせて僕の前に乗りつける。
「ジル様……!! 妹が……!」
「どうかしたの!?」
「目を、目を覚ましました……!!」




