大河、闇、雨⑥
監獄にまで戻った僕は、他の皆も無事なのを確認する。
これより堅牢なのは、イヴァルトでは議場くらいだろう。とりあえずの避難場所としては申し分ない。
監獄の中はすでに避難してきた名士たちで、かなり手狭だ。
潮と雨の臭いがこもり、気持ちは良くない。
窓から見ると、モンスターは溢れんばかりに上陸しつつある。ガストン将軍がどれだけ持つか、わからない。
それでも幸運ではあった。
この数日、接触してきたイヴァルトの有力者も監獄に避難している。
「あっ……ジル様、ちょっと待ってくださいね!」
アエリアが人だかりから、ノルダールを突き出すように連れてくる。
めざといーーそして、ありがたい。
今となっては、イヴァルトが戦場になってしまった。
なんとか協力して戦わなければならないがーーノルダールは異常事態に打ちのめされてるようだ。
目は虚ろにぶつぶつと、
「……なんなのだ、これは……?」
「バルハ大司教が、最期に呼び寄せたようです……ガストン将軍がなんとか防いでいますが、すぐに助けないといけません」
ノルダールの瞳に、ふっと計算高く利己的な知性が浮かんだ。
今はあれこれ、言い合いたくはなかった。
「……これは連合軍とブラム王国の……」
「そんなことを言っている場合ですか!?」
僕は声を荒げて、ノルダールの言葉を遮った。
「あのカバは何度もガストン将軍の陣を襲ったんです! 奴は普通じゃないーーここで倒さないと、何度でもイヴァルトを襲いますよ!」
神妙な顔をしたライラが言葉を継ぐ。
「聖宝球の力を受け付けない……信じがたいことですが、この意味はおわかりでしょう。……イヴァルトにとっても、存亡の危機です」
都市が存在できるのも、聖宝球の力でモンスターを寄せつけないからだ。
特にグラウン大河は広大でモンスターも多い。聖宝球を無視してモンスターが現れ続けたら、イヴァルトもいずれ荒廃するだろう。
そのことに気がついたのか、ノルダールの目が見開かれる。他の名士たちも口々に叫び始めた。
「それは……困る!」
「……なんとか……! 助けてくれ!」
とりあえず、統率を取らないといけない。僕は片手を上げて、彼らを制した。
「ノルダール副議長、あなたがここの最高位の責任者ーーということでいいのですね?」
「……ああ、多分……そうなるだろう」
「なら、軍を出してください。あのカバを仕留めなければ……」
「……追い払うだけでは、駄目なのか?」
頭を振って、ノルダールの言葉を否定する。
魔力が尽きれば、またカバは大河に帰るかもーーそれでまた数百年は現れないかも知れない。
しかし、それでは何も変わらない。
バルハ大司教は「力を渡した」と言っていた。もし力を渡すのがある程度、容易ならーーイヴァルトは襲われ続ける。
「奴は死霊術の産物、人とは相容れない怪物です。今なら、僕たちがいますーー力を合わせればきっと倒せるはずです」
「どうするというのだ……? ディーン王国の兵も幾度となく苦戦を強いられたのだろう」
ノルダールの懸念はもっともだ。
ガストン将軍が何度戦っても、決定的な勝利は得られなかった。
ライラと僕がいた時もだ。
しかし、今ならーー手がある。
とはいえ、僕たちの兵では多分無理だろう。
土地勘のあるイヴァルトの兵が必要だ。
「奴を討伐するには、イヴァルトの軍も必要です。……奴を倒すのに、どれだけの兵をすぐ用意できますか?」
「……少し待ってくれ」
ノルダールは名士のもとに行き、素早く言葉を交わしている。
上陸した他のモンスターも討たなければならない。市民の避難にも大勢の兵が必要だ。
たしかイヴァルト全軍で、1万の兵がいるかどうかだったはず。しかし大半は大河の警備やらで出払っているだろう。
イヴァルト内にいる兵はせいぜい数千。カバ討伐のためにすぐ用意できるのは、いいとこ500人くらいだろうか。
「エルフの材木商と私たちヴァンパイアの商人は私兵も出す……。雑多だが、1000人は用意できる」
「……! ありがとうございます!」
「ただ、ディーンの精兵とは比べるべくもない。ガストン将軍の3000で討てないとなると……悲観せざるをえない」
ノルダールを始めとして、イヴァルトの有力者の視線がじっと僕に集まる。
僕は一呼吸入れ、彼らに請け負った。
「ノルダール副議長……少々、手荒になりますがーー策があります」
胸元からベルモの首飾りを取り出す。
紅い宝石は眠っているかのように静かだ。
危険だけれど、やりようはある。
イライザがすでに察したかのように、目を伏せた。
「……地図を持ってきますーー早急に決めましょう。奴を……罠にかける場所を」




