舞う蝶のような⑤
僕は、胸元から首飾りを取り出した。
紅い宝石がちらちらと輝いている。
「……それは……? まさか、《神の瞳》ではありませんよね……?」
レイア議員が不安そうに小首を傾げた。
《神の瞳》までは知っているらしいけど、さすがにここまでは知らないか。
大きさも形も違うので、無理もない。
それでも《神の瞳》まで知っているなら、説明は早い。
「これはディーン王国にあった、《神の瞳》のレプリカですーー限定的ですが《神の瞳》の力が使えます。死霊術に対抗するための武器と思ってください」
レイア議員が、ほっとした様子を見せる。
「……そんなものがあるのですね。聞いたことはありませんが……」
「アラムデッド王国の争乱以後、古文書から発見された事実です。ご存じないのも無理はありません」
「ふむ……すぐに、そういったものが見つかるとはーーさすがはディーン王国といったところでしょうか……」
レイア議員は、まじまじと首飾りを眺めた。
初めて見るアイテムだろうけど、ディーン王国の威光は大きい。
これ以上の疑問を差し挟む気は、ないようだった。
「イライザ、ロアはーー死霊術に侵されているんだね? 発作も死霊術の影響か」
確信をこめて、僕は言った。
カバの目覚めとロアの発作は、符合している。
偶然の一致というには、あまりに奇妙だ。
死霊術の影響があったと考えるのがーー合理的だろう。
ベルモのヒントがなければ、すんなりとはわからなかっただろうしーーそもそも、レイア議員の病院にも押し掛けなかっただろうけど。
「この病室には、限られた人しか入ることはできません。流れ着く前ならわかりますが、発作まで死霊術が関係するのですか? 死霊術の使い手が、近寄れるはずが……」
レイア議員は、はっきりと困惑していた。
もちろん、そうだろう。
死霊術師が訪れていれば、ベルモが言っていた病院にあるレプリカはとっくに奪われていたはずだ。
ゆっくりと、イライザが説明する。
「魔術は接近しないと効果を発揮しません。術者から離れてはダメ、普通ならそうです……。しかし、術者が近くにいなくても、効力を発揮する魔術は存在します。先ほどの契約魔術もそうでしょう?」
契約魔術は、対象者に魔術を埋め込むーーそして埋め込まれた当人の魔力で維持される。
実際には契約以外にもシーラにかけられていたように、奴隷に対して強制力を持たせるのでも使うことができる。
ただし契約魔術は、それ自体が高度で高価な魔術であり一般的な魔術ではない。
恐らくロアを蝕んでいる現象も、契約魔術と同じーー埋め込まれた魔術的なモノがあれば、確定だ。
「……ジル様、外部からそれらしきモノが見えない以上……多分、体内にあるのだと思います」
「わかった……首飾りを使えばいい?」
「はい、死霊術に関するものであればーーレプリカに反応する可能性は大きいはずです。反応した瞬間、私が場所を特定します」
契約魔術を洗い出すのは、かなり手間がかかる。
レプリカもそうだけど、何かがなければ埋め込まれたモノは判別しがたい。
「いいですね、レイア議員?」
僕の言葉に、レイア議員は頷く。
いくぶんか顔は強張っていたけれど。
手のひらにある首飾りに、僕は血を流しこむ。
首飾りの紅い宝石がゆっくりと点滅し始める。
心臓の鼓動のように、それは段々と早くなっていく。
「……ロア……」
一度も会ったことのない女性を、助けようとしていた。
イヴァルトでなければ、こうはならなかっただろう。
クロム伯爵と最期に会ったときの言葉を、思い出さずにはいられなかった。
舞う蝶のようなーー剣の使い手、だと。
首飾りをロアの額に当てる。
直後、紅い閃光がーー僕の視界を覆い尽くした。




