舞う蝶のような④
「川の深みより」の伏線を回収しました!
僕は服の上から、首飾りの感触を確かめた。
鳴動はもう治まっている。
「ロアがイヴァルトに流れ着いてから、意識が戻っていない……ということですか?」
「ええ、そうなります。なんとか薬を飲みこませて、信頼できる魔術師に体力は回復させていますが……。しかし、焼け石に水です。イヴァルトの医療では救えないでしょう」
レイア議員は半ば、諦めていた。
イヴァルトから即座に連合軍へと運ぶわけにはいかない。
表沙汰になれば、治療するどころではなくなる。
ここで、少なくても話が聞ける程度には回復してもらわないといけない。
そうでないと、意味がない。
助けるためにはーーまず詳しい病状を知らなければならない。
医療の知識があるのは、僕たちのなかではイライザだけだ。
シーラが使えるのは主に外傷に有効な魔術だけだ、様々な薬についての知識はない。
僕とイライザの目線があった。
考えていることは、同じだ。
イライザが胸に手を当てて、一歩前へと出る。
「……私が診察してもよろしいですか?」
イライザの申し出に、レイア議員は頬に手を当てた。
「あなたはディーンの宮廷魔術師ですね。……いいでしょう、治療記録も持参させます。ただ、治療行為をするのであればーー事前にご相談いただけますか?」
レイア議員の条件は、もっともだ。
信頼関係のためにも僕は了承した。従者が記録を取りに部屋を出る。
「……もちろん、構いません。ただーーしばらく、僕とイライザとレイア議員だけにしてもらってもいいですか?」
僕の言葉に、一同驚いていた。
イライザはともかく、僕に医療の知識がないことはみんなが知っているけれど。
レイア議員は、丁寧に僕に問い質してきた。
「失礼ですが、ジル様は医療の心得があるのですか……?」
「ロアを救う手がかりはある、と思っています。ただ……それほど多くの人間に見せるつもりはありません」
「本当ですか……?」
「……ええ、信じてもらえますか?」
迷いがレイア議員の目に浮かんでいた。
しかし、希望でもあるのは確かだーー放っておけばロアは死ぬしかない状況なのだから。
ちょうど、治療記録を取りにいった従者が戻ってきた。
治療記録は、薄い冊子にまとめられているようだった。
続々とみんな部屋を出ていき、残ったのは僕とイライザとレイア議員、そして眠るロアだけになった。
イライザは冊子をめくりながら、ロアに近寄る。
しばらく、イライザの冊子をめくる音だけがした。
「……失礼します」
イライザが手に魔力をこめながら、ロアの額に触れる。
「どう、ロアの病状は?」
「……魔力の流れが阻害……いえ、混乱していますね……」
「さすがです、短時間でそこまでわかるのですね……」
レイア議員が、ため息混じりに呟く。
イライザの手がゆっくりとロアの額から顔、上半身からへその上へと移っていく。
「記録上では、外傷は致命的ではないはず……内臓にも異常はなさそうです……ただ、魔力の流れが非常に乱れています」
「今は対処療法的に、投薬で凌いでいます……しかし、いつまで持つか……」
イライザが鞄の中から、いくつかの小瓶を取り出す。事前に準備していた検査薬だ。
テーブルの上にさっと並べて、空の瓶に様々な液体や粉末を入れて調合する。
「レイア議員、今調合しているのは魔力の乱れを特定する薬です」
「それなら無論、私たちも行いました。結果は出ませんでしたが」
「治療記録を見て、気がついたことがあるのです……不定期に発作が起きて、病状が悪化していますね?」
イライザが、僕に冊子を渡してくる。
時系列順に発作のこともまとめられている。
僕は、なんとなく……その発作の起きた日時に引っ掛かりを覚えた。
不定期ーー確かに、間隔はそうなんだけれど。
「ええ、それも原因不明ですが……」
「直近の発作は、3日前の夜ーー私たちがイヴァルトへ来る前日ですね。記録では発作が起きるときは、必ず雨降る夜」
僕は、はっとした。
冊子を見直す。そうだ、天候と時刻は同じだ。雨、夜にしか発作は起きていない。
どこがでーー同じ話を聞いた。
あれは、そうだ……ガストン将軍からだ!
カバが襲ってくるのは、決まって雨が降る夜なのだと教えられた。
「……話が見えませんが……」
「体内に、魔力を乱す原因はあると思いますーーでも、それは常に作用しているわけではない。特定の状況下でのみ、発作を引き起こしてロアを死に近づけている……その可能性もあるのではないでしょうか?」
イライザが、僕の胸元を見ていた。
僕は、言葉を続ける。
僕が言わなければならないことだ。
「普段は眠っているように静かなのに……突然、暴れだすように力を解き放つものが、あるのです」
たとえば《神の瞳》あるいはーーベルモの言っていたレプリカだ。




