舞う蝶のような②
第一章の「伯爵、消ゆ」の伏線をやっと回収いたしました……。
レイア議員が、眉をわずかに寄せた。
微笑みはもう、張りついた作り物になっている。
「……ずいぶんな物言いかと思いますが……」
「……こちらも、それほど選んでいられる状況ではないのです。すでにブラム王国と戦争は始まっていますーー決して後戻りできず
、負けられない戦いが」
「…………」
「協力していただければ、もちろん相応の代価をお支払いたします。ディーンでしか手に入らない薬の材料も、安価にお渡しできるでしょう」
これは、薬のルートを洗い出しているというサインだ。
レイア議員の目が、用心深く僕を探るようになっていた。
「どうあっても……やり遂げるおつもりですか? もう、十分な情報は手に入れたでしょうに」
「流れ着いた人物たちについて、どうしても調べたいのです。ブラム王国に対抗するために……ひとつでも、情報が欲しい」
「ふぅ…………なるほど、決意は固いようですね」
レイア議員が、天井を仰ぎ見ている。
心中で、なにかがぶつかり合っているようだった。
「……たとえば、ブラム王国から流れ着いた人間がいるとして……その者は、罪に問われませんか? いかなる立場であったとしても?」
「人物と状態によりますが……イヴァルトにいる限り、ディーンの法で裁くことはできません。教会法でも、あえて捕まりに出てこない限りは……」
ライラも僕の言葉に力強く頷く。
これは、僕とライラとイライザで決めたことだ。
強権を行使する前であれば、離反者やレイア議員を罰したりはしない。
もとろん、表沙汰にならない限りーーではあるけれど。
処罰を全面にすると、それこそイヴァルトは荒れるだろう。
僕たちの目的は交渉と情報探索であって、本当にイヴァルトを責めることではないのだ。
「…………それに、二言はないですね? 契約魔術に誓えますか?」
「そこまで、ですか……」
これも、ある程度は予想していた。
赦免を願い出るなら、契約魔術で縛るのが一番だからだ。
しかし、イヴァルトで契約魔術の解除はできなくても、ディーン王国では可能だろう。
つまり、僕たちは後で一方的に契約魔術を破棄できる。
そのくらいは、レイア議員もわかっていると思うけれど……。
レイア議員は、僕たちの考えを知ってか知らずか、
「契約魔術には、ディーン王国やブラム王国への通報の制限を設けます……これならある程度、知れ渡るのに時間がかかるでしょうね。いずれ契約魔術を解除するにしても」
「ただの漂着者や逃亡兵には似つかわしくないくらい、厳格ですね……」
僕のつぶやきに、レイア議員はため息をついた。
「……仕方ありません。ここにいるお探しの人物の命は、もうすぐ尽きます。私は彼女を助けたいーーけれど、私ひとりの力では無理と認めざるをえません。匿うことも、救うことも……です」
なるほど、そこまで状態が悪かったのか。
イヴァルトの医療で手に負えないなら、後は三大国か聖教会しか助かる道はない。
そして、レイア議員と逃亡者の関係は、思ったよりも深そうだ。
ブラム王国の離反前から、面識があったーーと考える方が自然だろう。
「……彼女の命を助けることに手を尽くすこと、それが案内する条件です」
イライザとライラをちらと見る。
ふたりとも、軽く頷き返してくる。
いずれにせよ、話を聞ける状態にならなければ意味はない。
それに、「彼女」に対して誠実である限り、レイア議員は僕たちの側につくだろう。
「わかりました、出来る限りのことはしましょう」
その後、手早く契約魔術で僕たち一行とレイア議員が束縛された。
文言の詳しいところは、イライザが監督してくれた。
さすが、宮廷魔術師。
儀式が終わると、僕たちは隔離病棟へと案内された。
ここに、くだんの人物がいるという。
静かで、室温も低く感じる。
先頭を歩くのはレイア議員だ。
「……くれぐれも、よろしくお願いいたします」
病室の扉の前で、レイア議員が頭を下げる。
いったい、誰がいると言うのだろう?
緊張しながら、僕は扉を開けた。
広い病室の中央に、天蓋付きのベッドがある。
「……そんな」
ベッドに眠る人物の顔を見て、僕は後ずさった。
「私、この方を存じませんが……ジル様は、お会いしたことがあるのですか?」
問いかけるイライザの声が、遠い。
正確には、会ったことはない。
ただ、知っているだけだ。
短い黒髪の、どことなく野心的な顔つきの女性。
クロム伯爵の妹ーーリヴァイアサン騎士団のロア団長が、そこにいた。




