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奴隷の館へ

 僕はあっけにとられてしまった。

 覗きこむと、玩具をみせびらかす子どものような顔をしている。


「……奴隷ですか?」


 ディーン王国でもブラム王国でも、当たり前のように奴隷制度は存在する。

 それでも他国の貴族から奴隷を受け取るのは、少し軽率だ。

 いつ背を襲われるか、わからないのだ。


「心配することはありませんわ。ちゃんと契約の魔術で縛っていますもの」


「ただの奴隷にですか!?」


 契約の魔術は、裏切り防止としては最上の手立ての一つだ。

 ただ、大掛かりな儀式が必要になる。

 しかも他人に渡す奴隷に使うのは、かなり奮発していた。


 契約の魔術を行使すれば主従間においては、絶対服従だ。

 イライザに調べて貰えれば、真偽はわかるはずだった。


「それだけ手間をかけているのですの。ただ右から左に、売るわけじゃありませんわ」


 馬車が王都の大通りから、森の中の道を走り始める。

 塔よりも高く、見上げんばかりの大樹の森だ。


 葉が濃い緑に染まっており、陽光を通すことはない。

 温度も、少し下がったような気がする。


「どういう……つもりでしょうか?」


 僕は両手の指を組み、アルマの方を見る。

 異常であり普通のお礼の仕方ではない。


「……個人的に申し訳ないと思ってますわ、エリス王女様とのことですが」


「あれは……その……」


「おとなしくしていて下されば、あれほど才溢れ美しい方もおられませんのに」


 アルマは呆れた、というように肩をすくめた。

 表情の上では、本当にそう思っているようだ。

 とはいえ僕に本心を見透かされるほど、間抜けではないだろうけど。


「その埋め合わせ、とも思ってほしいのですわ。非公式ではありますが……」


「お受けしかねます、アルマ」


「ふむ……ま、そうですわよね。でも、一目見るだけでもどうでしょう? 執事や秘書として置くだけでも構いませんわ」


「……ですから、私は」


 いきなり、アルマは僕の太ももに手を置いた。

 そのまま、ゆっくりとさすっていく。


 まるで、恋人同士のやりとりだった。

 馬車の中でなければ、飛び跳ねてたかもしれない。


「アルムデッドは誘惑が多いでしょう。男の方には、色々お辛いのではなくて?」


 アルマが、肩も顔を寄せてくる。

 舞い散る雪色の髪が、僕の胸にかかる。


 ほのかなバラの甘い香りが、僕の鼻をくすぐる。

 本能に、訴えかけてくる。


「そ、そんなことは……」


「ジル様は、真面目で純粋ですのね。王家に入る方としては、安心ですわ」


 まだ、僕のふとももをさすさすしている。

 お遊びのつもりだろうけど、どきどきとしてしまう。


「でも……王家に入るなら、重要な務めがありますわ」


「子ども、ですよね……」


「その通りですわ。後継ぎに憂いがなくなってこそ、国も安泰ですわ」


 アルマが、ちょっと腰を浮かせて僕の顔に頬を近づける。


「今のジル様で、エリス王女様を惹きつけられますか?」


「……っ」


 そう言われると、ぐうの音も出ない。

 いや、むしろ言葉にしてほしくはなかった。


「でも、エリスは僕との婚約を――」


「だからこそ、ですわ」


 アルマは顔を離して、僕を見据える。

 真剣な瞳だった。


「エリス王女様を繋ぎ止める、良い練習と思ってくださいな。お抱きになるにしろ、あるいは話し相手にとどめるにしろ」


 一理は、ある気がする。

 エリスとのことだけじゃない。


 たとえエリスとの婚約が本当になくなっても、僕は別の人と結婚することになるだろう。

 貴族である以上、家を続けなくてはならない。


 ただ、結婚の後どうなるかは当人次第だ。

 円満な愛ある生活を送るか。

 貴族にありがちの、名ばかり夫婦となるか。


 エリスに婚約破棄されたのは、自分には魅力がないからじゃないのか?

 思えば、貴族らしい華やかさとは無縁の僕だ。

 イライザやアエリアは立場があるし、ただの雑談相手や女心を知る相手にはふさわしくない。


 奴隷に手を出したりはしないけど、女心をつかむ練習はしておいてもいい。

 それに、信頼のおける執事や秘書が必要なのも事実だった。


 家回りを任せられる有能な人材は、いずれ絶対に必要なのだ。

 たとえ、エリスと離れてディーン王国に戻るとしても。


 お金に余裕ができたら次は妹の為にも、家を立て直さなければならない。

 契約の魔術が施されているなら、安心なのも間違いない。


「エリス王女様を抜きにしても、損のある話ではありませんわ」


「……はい」


 僕はため息をついてしまう。

 言いくるめられた感は否めない。


 奴隷といっても、様々な事情がある。

 一度受け取ってから、解放して自由にしてやればいい。


 とりあえず、一目合おう。

 そうでないとアルマは納得しそうにない。


 馬車の滑る感覚が、唐突に終わる。

 暗い森を通り抜けて、目的地に到着したようだ。


「さ、着きましたですわ。気に入らなければ、お手を付ける必要もありませんし。執事としても十分すぎるほど有能なのは、保証しますわ」


 降りる時は、さすがに手は繋がなかった。

 目の前には、赤茶で染め上げられた縦長の館がある。


 周りは壁で覆われており、兵が何人も守りについていた。

 森の中を切り開いて建てられたようだ。


 この建物が、そういう用途なのはすぐにわかった。

 置いてある彫像が、女性の裸体像だらけなのだ。

 遠慮することなく、建物にもよく手入れされた庭にも置いてある。


 ごくりと喉を鳴らす。

 館は見るからにいやらしく、退廃的な雰囲気を放っているのであった。

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