決断①
日中、僕は落ち着かない気持ちだった。
自分でやらないことが、心理的には負担だ。
人に任せるということを、どれだけしていないか思い知った。
どこか、上の空でイライザの話も聞いていたのだ。……すぐに見抜かれたけれども。
「ジル様、上に立つ者はどっしりと構えているべきです」
一番最初に戻ってきたのは、最後に出ていったイライザだ。彼女の担当箇所は時間もあって、だいぶ少なめにしたからだ。
「……それでも、成果はありました。やはりイヴァルトは商人の街ですね。細かな実利でも、拾おうとするのはありがたかったです」
イライザが武器にしたのは、ディーン王国との関税や薬用品、魔術品の類いだ。
他のアエリアやシーラ、ライラと比べると、より詳細な条件や数値を出せる立場にいる。
それにイライザにはもうひとつ、最大の武器がある。それは魔術だ。
シーラと顔合わせしたときにも、イライザはシーラに罠がないかどうか調べてくれた。
「あとは、鑑定魔術と契約魔術が決め手でした。……予想通りの食いつきです」
「鑑定魔術の重要性は、商人ならよくわかっているよね……。宮廷魔術師のイライザが鑑定して書類をかけば、どこへ出しても文句はないだろうし」
「ええ、鑑定の代行を申し出たら、どこでも喜んで品物を出してきました。信頼できる鑑定魔術の使い手は、少ないみたいでしたから」
あとは、契約魔術ーーイライザはかなり強力な契約魔術を使える。
もちろん、これも使い手は限られている。
「契約魔術の媒体を持ちこんで正解でしたね……」
「イライザが魔術を使って、あとは内容と名前を書けば、使える紙だっけ……。これも需要はあるだろうね」
「はい……大口の案件で使う、と。かなりの情報が得られました」
ここまで話をしていると、続々と皆が帰ってきた。全員、無事だ。
それだけでほっとしてしまう。
(アエリアは、ちょっと顔色が悪いような……。シーラはうまくいったのかな? ほんのちょっと嬉しそうだ。ライラは首を傾げて、納得していなさそうな顔つきだ……)
全員揃ったところで、晩餐にしながら情報を集約する。
イヴァルト産の魚料理をつまみながら、一人ずつ話を聞いていく。
「アエリアの話からだと、船員をどうにかしないとダメそうだね……」
「……はい……条件を満たさないと、ノルダール議長は動かないと思います」
「それでも、前進だよ。ナハト大公がブラム王国の切り崩しをすると仰っていたし、船員についての調査も頼んでみるよ。アラムデッド王国の件も、王宮から言って貰えればスムーズにすむだろうし」
アエリアが嬉しそうな顔になる。
「プライドの高いヴァンパイアですから、口にした言葉は守ると思います。ありがとうございますっ!」
シーラの話は、ちょっと不思議だった。
どうやらさしたる条件なしに協力を引き出せたらしい。
皆、目をぱちくりさせている。
「ほ、ほんとうにこちら側についてくれるって話になったの?」
「はいです……。できるだけ早く、細かいところを詰めた方がいいかと思いますです」
「それはそうだけど……」
シーラが嘘をつくとは思わない。
だけど、なにか行き違いがあるのでは……という考えが頭をよぎる。
シーラは自分の金髪を触りながら、
「この髪が役に立ちました……イヴァルトでは、金髪の持ち主は少ないみたいです。母上から、血筋は良いとは聞きましたが……」
ライラが、シーラのあとに言葉を続ける。
「そうですね……イヴァルトでは、特別に大きな意味があったということです。エルフ以外から見ると不思議ではありますが、まずは明日にでもシーラの言うとおりに動きましょう」
「……わかった、そうだね。シーラ、ありがとう。大きな助けになったよ」
いつもは無表情なシーラが、照れながら目を伏せる。
次はすこし剣呑な目つきをしたライラだ。彼女の話からは、バルハ大司教への不信感がありありと感じられた。
なんだろう、戻ってきたときよりも苛立ちを募らせているみたいだ。
「……バルハ大司教の身辺は、もっと詳しく洗う必要性があると思います。教会法に反している可能性がありますから」
「それは、わかるんだけど……」
ライラの調査で、不審な点が出てきたのはわかる。
でも、現時点では動きようがない。
バルハ大司教の身分は、聖教会の法と制度に守られている。ディーン王国から干渉するにしても、簡単にはいかない。
しかし、ブラム王国との繋がりが見えてきた件でもある。
つつけば、こちらに振り向かせることができるかもしれない。
「……明日からは、アエリアやシーラもライラの任務につけよう。なるべく早く、バルハ大司教の周囲を調べて欲しい」
「感謝します……それと、イライザさんの後でもう一度発言させてもらってもいいでしょうか? 情報が揃ってから……大切な話があります」




