ライラ③
偶然居合わせた訳ではない。
間違いなく、先回りされていた。
(もとから巡回などには出ておらず、近くで様子をうかがっていたーーというところでしょうね)
私が教会から出てくるのに合わせて、移動したのだろう。教会では周囲をバルハ大司教の手の者に囲まれていたので、どうしようもない。
(さて、どう出てくるのでしょうね?)
私もにこやかに聖堂の前に向かう。
外から見れば、歓迎している大司教だけどーー私はさきほどよりも、はるかに警戒度が上がっていることに気が付いた。
大司教の従者たちの肩と目元に力が入っている。身体全体がこわばりながら、私を見ている。
バルハ大司教は、よく押さえ込んでいるーーそれでも、表情は作り笑いの気配が濃い。
「ライラ殿が教会から出立したと連絡を受け、慌てて移動してきました。聖堂の視察をお望みですとか?」
「ええ、突然のことですから歓待はいりませんわ。ありのままを見せてくだされば結構です」
「……それは中々、難しいですな。聖堂に勤める者たちは階級も低く、礼節に不安があります。中も片付いておらず、今は交代で昼食を取る時間帯です。まずは、我々も昼食を取りませんかな?」
時間稼ぎとわかっていても、理屈は通っている。確かに、今は正午に近くなっていた。
「資料を見たりするわけではありません。すぐに終わらせます……視察が終わってから、昼食にいたしましょう」
多少の妥協はやむを得ない。時間をかけて調べるのは、無理だ。
まずは、ひと目見ることが重要と思おう。
私の言葉に、バルハ大司教は眉をつり上げた。初めて不満げな仕草をした。
「ライラ殿……イヴァルトにはイヴァルトの習慣があるのです。ライラ殿が来られるとのことで、今も聖堂の中は大騒ぎなのですよ。幾人かの有力商人も中にいます。あまり中央のやり方を押しつけるのは、聖教会全体の評判によくありません」
「……私は中央の意向により、イヴァルトへ派遣されてきている高等審問官ですよ。その私が必要だと思っているのです。別に中の商人たちに用はありません。バルハ大司教の功績である、聖堂の改修をさっと確認したいだけです」
「ふぅむ…………聖堂の者の言葉遣いや態度に問題があっても、咎めはないと誓ってくれますかな?」
ん? 誓えば見せてくれるのだろうか。
「もちろんです、片付いていなくても結構。本当に一回りするだけですから」
バルハ大司教は、後ろに控える従者に身振りで指示を出した。私を中に入れる段取りをするのだろう。
(なんとしても私を入れないと思いましたが……あっさり折れましたね。これはむしろ、空振りでしょうか……)
ややあって、聖堂から司祭らしき人が出てくる。様子を見るに、用意が整ったらしい。
「……祈りを捧げている来訪者もおります、どうぞお静かに……」
バルハ大司教に先導されて、聖堂へと入っていく。中の調度品や雰囲気は教会によく似ている。
ここまではおかしいところは特にないーー来訪者の視線を感じる以外は。
教壇の奥にある扉から、職員専用の区画へと移動する。生活区画から先に、魔力の波動を感じ取れる。
よく知る、さんさんと降り注ぐかのような暖かい魔力だ。
「……これは……聖宝球ですか……?」
バルハ大司教がため息をつく。
「ええ……ここでは聖宝球の補修を行っているのです。飛行騎兵で来られたなら、船に乗せる聖宝球はご覧になられたでしょう? 大河のモンスターを寄せつけないために、聖宝球は絶対に必要なものです」
「……それは知っておりますが……」
聖宝球の製造は中央教会の管轄で、密造は重罪である。盗難や破壊行為にも、厳罰が下される。
しかし、一度作った聖宝球の管理と補修は各地の教会の管轄になる。
管理絡みは現地に合うように、曖昧な法や運用が多くなる。
「教会法では、聖宝球の補修は大司教の監督のもとで行う決まりですな。本来なら私の住まう教会で全て賄うのが筋でしょうが、何せ大小多くの聖宝球がイヴァルトにはある。分担させねば、とても間に合わぬのですよ」
バルハ大司教は首を振る。
「……機密保持の点からすれば、あまり好ましくはありませんが……」
「しかし、違法でもありますまい? ちゃんとこうして、抜かりがないように見て回っておりますゆえ」
「……確かに、そうですね」
その後も見て回ったが、目にした範囲では聖宝球関連の作業場しかなかった。
聖宝球の製造に携わったことのない私には、なんとも言いようがない。
でも、歩き回るうちに違和感を覚えてくる。
(ひとつの聖堂でも、これだけの資材を置いているのですか……? 他の聖堂でも同じだとしたら、総数はかなり多い気がしますが……)
私は頭のなかに作業員と資材の数を叩き込んでいた。戻ったら、他の聖堂の状態も確認しなければならないだろう。
また資料とにらめっこだけれど、苦ではない。イヴァルトにある聖宝球の数と必要な保守管理工程、そして今の聖堂の設備を比較するだけだ。
神聖魔術を使えば、なんとか残り半日で終わるだろう。
(……バルハ大司教……聖宝球絡みの犯罪は、死刑のみですよ……)
私は胸の内で、呟いた。




