表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/201

ライラ③

 偶然居合わせた訳ではない。

 間違いなく、先回りされていた。


(もとから巡回などには出ておらず、近くで様子をうかがっていたーーというところでしょうね)


 私が教会から出てくるのに合わせて、移動したのだろう。教会では周囲をバルハ大司教の手の者に囲まれていたので、どうしようもない。


(さて、どう出てくるのでしょうね?)


 私もにこやかに聖堂の前に向かう。

 外から見れば、歓迎している大司教だけどーー私はさきほどよりも、はるかに警戒度が上がっていることに気が付いた。

 大司教の従者たちの肩と目元に力が入っている。身体全体がこわばりながら、私を見ている。

 バルハ大司教は、よく押さえ込んでいるーーそれでも、表情は作り笑いの気配が濃い。


「ライラ殿が教会から出立したと連絡を受け、慌てて移動してきました。聖堂の視察をお望みですとか?」


「ええ、突然のことですから歓待はいりませんわ。ありのままを見せてくだされば結構です」


「……それは中々、難しいですな。聖堂に勤める者たちは階級も低く、礼節に不安があります。中も片付いておらず、今は交代で昼食を取る時間帯です。まずは、我々も昼食を取りませんかな?」


 時間稼ぎとわかっていても、理屈は通っている。確かに、今は正午に近くなっていた。


「資料を見たりするわけではありません。すぐに終わらせます……視察が終わってから、昼食にいたしましょう」


 多少の妥協はやむを得ない。時間をかけて調べるのは、無理だ。

 まずは、ひと目見ることが重要と思おう。


 私の言葉に、バルハ大司教は眉をつり上げた。初めて不満げな仕草をした。


「ライラ殿……イヴァルトにはイヴァルトの習慣があるのです。ライラ殿が来られるとのことで、今も聖堂の中は大騒ぎなのですよ。幾人かの有力商人も中にいます。あまり中央のやり方を押しつけるのは、聖教会全体の評判によくありません」


「……私は中央の意向により、イヴァルトへ派遣されてきている高等審問官ですよ。その私が必要だと思っているのです。別に中の商人たちに用はありません。バルハ大司教の功績である、聖堂の改修をさっと確認したいだけです」


「ふぅむ…………聖堂の者の言葉遣いや態度に問題があっても、咎めはないと誓ってくれますかな?」


 ん? 誓えば見せてくれるのだろうか。


「もちろんです、片付いていなくても結構。本当に一回りするだけですから」


 バルハ大司教は、後ろに控える従者に身振りで指示を出した。私を中に入れる段取りをするのだろう。


(なんとしても私を入れないと思いましたが……あっさり折れましたね。これはむしろ、空振りでしょうか……)


 ややあって、聖堂から司祭らしき人が出てくる。様子を見るに、用意が整ったらしい。


「……祈りを捧げている来訪者もおります、どうぞお静かに……」


 バルハ大司教に先導されて、聖堂へと入っていく。中の調度品や雰囲気は教会によく似ている。

 ここまではおかしいところは特にないーー来訪者の視線を感じる以外は。


 教壇の奥にある扉から、職員専用の区画へと移動する。生活区画から先に、魔力の波動を感じ取れる。

 よく知る、さんさんと降り注ぐかのような暖かい魔力だ。


「……これは……聖宝球ですか……?」


 バルハ大司教がため息をつく。


「ええ……ここでは聖宝球の補修を行っているのです。飛行騎兵で来られたなら、船に乗せる聖宝球はご覧になられたでしょう? 大河のモンスターを寄せつけないために、聖宝球は絶対に必要なものです」


「……それは知っておりますが……」


 聖宝球の製造は中央教会の管轄で、密造は重罪である。盗難や破壊行為にも、厳罰が下される。


 しかし、一度作った聖宝球の管理と補修は各地の教会の管轄になる。

 管理絡みは現地に合うように、曖昧な法や運用が多くなる。


「教会法では、聖宝球の補修は大司教の監督のもとで行う決まりですな。本来なら私の住まう教会で全て賄うのが筋でしょうが、何せ大小多くの聖宝球がイヴァルトにはある。分担させねば、とても間に合わぬのですよ」


 バルハ大司教は首を振る。


「……機密保持の点からすれば、あまり好ましくはありませんが……」


「しかし、違法でもありますまい? ちゃんとこうして、抜かりがないように見て回っておりますゆえ」


「……確かに、そうですね」


 その後も見て回ったが、目にした範囲では聖宝球関連の作業場しかなかった。

 聖宝球の製造に携わったことのない私には、なんとも言いようがない。

 でも、歩き回るうちに違和感を覚えてくる。


(ひとつの聖堂でも、これだけの資材を置いているのですか……? 他の聖堂でも同じだとしたら、総数はかなり多い気がしますが……)


 私は頭のなかに作業員と資材の数を叩き込んでいた。戻ったら、他の聖堂の状態も確認しなければならないだろう。


 また資料とにらめっこだけれど、苦ではない。イヴァルトにある聖宝球の数と必要な保守管理工程、そして今の聖堂の設備を比較するだけだ。

 神聖魔術を使えば、なんとか残り半日で終わるだろう。


(……バルハ大司教……聖宝球絡みの犯罪は、死刑のみですよ……)


 私は胸の内で、呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ