シーラ②
やっと「エリスから渡された宝石」で言及した伏線を回収することができました。
エルフについて、掘り下げることができて良かったです。
材木置き場は人は少ないですが、かなりの広さです。身体強化の魔術を使いながら、ささっと移動します。
私の身体は大きくないですが、魔術のおかげで早足で行動できます。
私の護衛も身体強化に長けた人ばかりです。
あっという間に最初の訪問場所に到着します。
「ようこそ、シーラ様。お待ちいておりました」
「シーラと申します。歓迎ありがとうございますです」
警戒しながらも、6人のエルフの商人が歓迎してくれます。
いまさらながら、イライザ様の優秀さに舌を巻きます。昨日の今日で、ちゃんと話が通っているのです。
多分、朝の会議の時には知らせの早馬を走らせていたのでしょうね。
的確な指示を出せなければ、こうはうまくいかないでしょう。従者として見習うべきことはあまりに多いのです。
それに集まったのは非常に身なりの良い方々です。ここに集まったのは、回るはずだった商人達ですね。
どうやら皆まとめて私と話をして終わらせるつもりのようです。
なるほど、合理的です。私も回る手間が省けました。
頷きながら、エルフの館へと移動します。
精霊をかたどった彫刻や装飾品がエルフらしさを示しています。
豪華な客間に通され話が進んでも、ほとんど警戒が解けません。これは困りましたね。
エルフは元々、警戒心が強めの種族ですが……同族にも大差ありません。
独自の道を歩むイヴァルトに、教団の脅威はいまいち伝わっていないようです。
パラディンとなったジル様も、イヴァルトでは軽視されているようです。
しかし、これは予想できました。
貴族でも何でもない商人は、自分の利害に関わらない知識を持つ余裕などないのです。
数百年振りのパラディン! 再誕教団! と言ってもピンとこないのは当然です。
今回の戦争もブラム王国がアラムデッド王国に手を出し、それを同盟国であるディーン王国が引き受けているーーというわかりやすい構図で理解しています。
「……おとぎ話みたいな話を信じろ、というのが無理です」
「は?」
「何でもありませんです。少し内密に話をしなければなりませんーー皆さん、下がってくれませんか?」
私は側の護衛達を見上げます。
私が護衛よりもはるかに強いのは、護衛の方がわかっています。
護衛達は一瞬迷ったあと、退室していきました。
商人達の護衛はエルフだけです。これで、客間にはエルフだけになりました。
エルフの商人が目を見開き、視線を尖らせます。意図を計りかねているのでしょう。
すうっ、と息を吸って私は覚悟を決めました。これはジル様にも言っていない、私の秘密です。
「私は大樹の試練に挑んでいます。すでに種と幹は終わらせました」
ざわっと客間が殺気立ちます。
良かった、と私は安堵しました。正確に伝わったようです。
商人達のうち、最も年老いて豪華な衣をまとった商人が低い声で応じます。
この老人が一番偉いのでしょう。
「……大樹の試練に挑んだとは、信じられません。挑むには若すぎます。証を見せてください」
私は右手を前に差し出し、精霊に語りかけます。普段の無詠唱ではなく、正式な詠唱付きです。
一言一言、ゆっくりと確かめながら歌い上げます。
「我らを生みし、森の神よ。緑をもたらす、尊き神よ。我が手に聖なる樹の種を。我らが子が、永く安らぐ為に」
手のひらの上に自分と周囲からの魔力が満ちて、種のような固まりになります。
おおっ、とそれだけで商人がざわめきます。
さらに魔力を圧縮させると、種が縦長になり、長方形になります。
「これでいいでしょうか?」
「お疑いをして大変申し訳ありませんでした、またこれまでの無礼をお許しください」
老商人が頭を下げ、他の商人達も一斉に頭を下げます。
母上の言った通り、効果は抜群です。
「シーラ様、このことを他に知るものは? ディーン王国は知っておられるのですか?」
老商人が心配そうに周りを見渡します。
私は首を振ってエルフの他に知る者はいません、と答えます。
これは半分、嘘です。ディーン王国で知る人間はいなくても、アルマ様は私の奴隷時代に知っています。
彼らは私の経歴を詳しく知らないのです。
「大樹の試練を全て終えたものは、エルフを導く者となるーー言えるわけがありませんです。言っても揉めるだけですから」
「……それはようございました。試練の重みも意味もご理解されているとは」
大樹の試練を終えたエルフは、この固めた魔力を大地に放つことができます。
そうすると、そこには緑と精霊が満ちる安息の地になるーーエルフにとってかけがえのない土地になる、と言われています。
そして魔力を放った者が、その地を治める長になる。
これが大樹の試練のあらましです。
とはいえ、私はまだ全4段階のうちの2段階目の種と幹しかできませんが。
それでも商人達にとっては驚くべきものだったようですーー無理もありません。
300年生きてきたアルマ様でも、種の段階を終わらせた者は知らないほどの難易度なのですから。
エルフの隠された序列だと母上は仰っていました。一段階でも試練を終えた者には、どれほど貴人のエルフでも終わらせていない者は頭を垂れるでしょう、と。
さらさらとした金髪を触りながら、手取り足取り魔術の基礎を教えてくれた母上に改めて感謝です。
商人達の顔付きもいままでとは全く違います。
畏怖と喜悦が混じった顔になっています。
「……シーラ様、我々に出来ることはありますか?」
なんという乗り気の姿勢でしょう。
こうなるかもしれないからこそ、誰にも言えなかったのです。




