アエリア④
わたしの言葉に、ノルダール副議長はこめかみを押さえた。
なんとも言えない、気まずい空気が流れる。
ややあってうめくようにノルダール副議長が口を開いた。
「あなたは交渉向きの性格をしておりませんな……。辛抱強く、条件を積み上げて合意していくのが交渉です。あなたの言動は交渉ではない。貴族らしいとも言えませんね、優雅さが欠如している」
わたしはごくりと喉を鳴らす。
確かにわたしの言動は、ちょっと過激だった。ノルダール副議長にそう評されても文句は言えない。
ただ、問題は結果だ。今のやり取りで何が起きたか、なのだ。
「あなたを単独行動させたのはジル様ですか?」
「……はい」
「やれやれ、ジル様はよほどの愚か者か……大器か。判断に悩むところですが」
額から手を離したノルダール副議長は、わたしを見据えた。ノルダール副議長はふっきれたように、紅茶を一気に飲み干す。
「……しかし、心に響かなかったと言えば嘘になりましょう。同族だからこそ、共有できるものもあります。同じ事をジル様に言われても、受け入れはしなかった」
「では……!」
「大筋として私はあなたの提案に乗りましょう。……ただ、口約束では困ります。あれだけのことを言ってのけたのです、しかるべき証文を取る宛はあるのでしょうね?」
「もちろんです、ミザリー宰相から証文を得ます」
ディーン王国から働きかければ、アラムデッド王国もすぐに動く。
イヴァルトの案件はすでに飛行騎兵を使う重要性だ。証文を得るのにも使わせてもらえば、早ければ一週間で合意に達するはずだ。
ノルダール副議長も満足そうに頷く。
彼の視線が次の話題をとらえていた。話はこれで終わりじゃない。
「これで私も引き返せなくなりました。強硬な親ブラム王国派への対処も、私がいたしましょう。乗りかかった船、精一杯やらせていただきます」
「ありがとうございます!」
わたしの言葉に、ノルダール副議長の瞳が鈍く光った。
あ、なんか嫌な予感がする。
「……一つ、頼みごとがあります。イヴァルトで味方を増やすつもりなら、有効な話題になるでしょう。すぐに結果が出る話ではないでしょうが」
「是非ともお聞かせください」
多分、厄介ごととセットの話だ。
よくよく聞いておかないとまずい。
「実は、数年前より断続的にブラム王国から上級船員の派遣依頼が来ております。船長や操舵士といった役職ですが……」
「……それ自体は普通では? イヴァルトはどの国に対しても、船員派遣をしていると記憶しています」
イヴァルトを含む独立商業都市は操船についても大陸最高レベルだ。他国が船を増やす場合は、船員教育を担う人材を独立商業都市に求めることが多い。
普通の上級船員では礼儀が非常に怪しいし、引き抜かれる恐れもある。
イヴァルトでは信頼できる人材を、要請に応じて派遣する船員組合もある。
直接関わったことはないけれど、ディーン王国やブラム王国、アラムデッド王国でも船員派遣は利用しているはずだ。
「その通り、船員派遣自体は要請があれば行いますが……少し奇妙なのです。期間が長すぎるのですよ」
操船は一朝一夕には教えられない。
船の種類や大きさによって、教育にかかる期間はまちまちだったはずだ。
「通常なら数ヵ月から一年程度ですよね……」
「よくご存じだ。複数の船を組み合わせての教育でも一年程度で終わり……それがブラム王国に派遣した船員で、最も長く滞在している者は3年になります」
「長すぎます! 無事なのでしょうか?」
「定期的に手紙は送られてきますし、密偵の調査でも問題はありません……金銭もちゃんと支払われています。派遣契約が延長され続けているだけで、表面的には何も違反行為はないのです」
「ふむふむ……それだと強硬には出られないですね」
「ただ、上級船員は貴重です。それに今や、相当数の船員を派遣しています。あまり独占されてしまうと、他に不義理をすることになる」
なんとなく、飲み込めてきた。
派遣船員は身分は保証されているだろうけど、ブラム王国に滞在している。
派遣船員を司る船員組合としては、あまり表立って連合軍に肩入れできない状況なのだ。
人質みたいになってしまっている。
派遣船員についての有益な情報があれば、状況は変わる。イヴァルトへ戻ってくるのが、一番なんだろうけれど。
「わかりました、わたし達も動いてみます」
「ええ……ブラム王国に船員を派遣している商人は20人を超えます。かくいう私も、その一人です」
薄く意味深に、ノルダール副議長が笑う。
わたしの背中がきーんと冷える。
「イヴァルトに住むヴァンパイアの寿命は短い……大体60年です」
アラムデッド王国の貴族なら、120年くらいは生きる。それに比べれば遥かに短い。
「長命は誰もが望むこと……ですが仕事を残したり、部下を見捨てるのは卑しいことです。その程度の恥は知っています」
わたしは悟った。
派遣船員の件が進展しなければ、ノルダール副議長は適度な所で手を引くつもりだ。
一旦は受け入れてくれたけど、条件を上積みされてしまった。舌を巻くしかない。
「わかりました……良き知らせを持ってこられるよう、誠心誠意努力します!」
いいよ、やってやるぅ!
一人で気合いを入れていると、ノルダール副議長がまじまじとわたしを品定めする。
身体を見られてる……?
なんだろう、まだ話があるのかな。
「ところで、あなたは独身かな?」
「はぁ……そうですけれども」
意図が読めず、ありのまま答える。
「……甥か息子の嫁になる気はないか?」
……たくましい!
そういう根性は、わたしにはまだない。
でも、丁重にお断りさせてもらおう。
わたしにはジル様がいるのだから。




