アエリア①
ここからしばらく、各ヒロイン目線の話が続きます。
まずはアエリアからです!
わたしの名前は、アエリア。
17歳のヴァンパイアの公爵令嬢で、今はジル様の部下になっている。
そして、あれよあれよという間に、イヴァルトにまでついて来てしまった。
ディーン王国館のメイドになってから、まさかまさかの連続だ。
普通なら娘を他国へ行かせるなんて、家が認めないだろう。
でも、わたしの家族はやっぱりちょっと違う。生家の公爵家は交易が生業だ。
一族みんな、色んな国を飛び回っている。
ジル様の近くに居たい、というわたしの願いを両親はあっさり認めてくれた。
なんなら、結婚しちゃいな! くらいの軽いノリだった。
わたしも出来ればそうしたいけれどーー心底そう思うけれど、多分、無理だろう。
ジル様の御心はイライザ様だけに向かっている。
それでも側にいたい。
ヴァンパイアの愛は軽く、薄い。でも自分でも驚くくらい、わたしはジル様に惹かれている。
ジル様にとっては大したことじゃないかもしれない。
最初はなんとも思っていなかった。
ヴァンパイアの国に、命知らずにも婿入りできた少年。
きっと、すぐに「堕ちていく」と思った。
美形揃いのヴァンパイアの誘惑に、長く耐えられるわけはないと思ったのだ。
エリス様も残酷なことに、ジル様に散々気を持たせていた。
生殺しの日々、とても耐えられないはずだった。
でも、ジル様は耐えた。
一連の事件は仕方ないとしても、わたしはジル様が気になってしまった。
ヴァンパイアであることの喜びと、他人の血に興奮するという背徳。
欲望と節制がわたしを板挟みにして、苦しめていた。
でもジル様は克服した。
誘惑、堕落をなんとか退けきった。
わたしも、ジル様のように清い人間になれるのかな? なりたいなぁ。
それが出発点の想いだった。
今では出来ればーージル様の眼で、わたしの全てを見て欲しい。
そこまで、わたしの想いは進んでいた。
そしてイヴァルトに来て2日目、朝の会議でびっくりする話があった。
単独で情報収集すること。わたしはちょっと嬉しくなった。
ついてきたからには、わたしだけに出来ることがしたいのが本音だ。
魔術ではイライザ様やシーラちゃんにはかなわない。それでも少しでもジル様の役に立ちたかった。
ヴァンパイアから情報を聞き出すこの任務は、わたしにうってつけだ。
会議が終わった後、わたしはジル様と二人きりになった。ジル様の血を受け取るためだ。
倉庫から取ってきた小さな木の筒を、何個もテーブルに置く。
完全に二人きりなのは、久し振りだ。
ちょっとドキドキしてしまう。
「では、こちらからお願いしますね~!」
ずいっと一本ずつジル様の前に筒を差し出す。ジル様は頷いてミスリルのナイフで指先を切り、血を出し始める。
本来なら水滴程度の血の貯まり方が、《血液操作》でかなりの速度になる。
もうスキルの扱いにも手慣れている。
芳醇な香りが部屋を満たしていく。
ヴァンパイアの性が疼きはじめる。久し振りのジル様の鮮血の匂いだ。
さすがにディーン王国に滞在してから、ジル様の血からは離れている。
血を飲まず、なんとか吸血衝動を押し込めているのだ。
わたしが飲むわけにはいかない……これはイヴァルトの有力者に渡す分なのだ。
あっという間に数本の筒がいっぱいになる。
貧血どころでない量だけれど、ジル様はけろりと平気な顔だ。
「これでいいかな……?」
「はい、確かに!」
あまり長い時間、ジル様の血の匂いを嗅ぐのはよくない。
欲しくなってしまう。
バッグに手早く筒を放り込むと、ジル様がちょっと心配そうな視線を送ってくる。
「アエリア、君の担当はヴァンパイアーーノルダール副議長や他のヴァンパイアの有力者だけど……気を付けてね」
「はい、わかっています。なにせスケルトンのこともあるしブラム王国とも繋がっている可能性がありますものね?」
「うん……今回の割り振りでは、多分一番危険だと思う。護衛はつけるけど、深入りだけはしないで」
優しいな、ジル様は。
「御心遣い、ありがとうございます。十分注意しますね」
一礼し、わたしは部屋を後にする。
期待に応えなくちゃいけない気持ちになる。
ぶんぶんと腕を振り回し、肩を鳴らす。
まずは筒を手土産にヴァンパイアの商人を回っていこう。
最後に、ノルダール副議長に会いに行く。
わたしの手元にはジル様から渡された色んな資料もある。
その中で、武器になる記述を見つけていた。
多分、わたし以外だと気がつかなかったはずだ。
ノルダール副議長の家系。250年前に先祖がアラムデッド王国から追放され、イヴァルトに流れ着く。追放したのはアルマ様に違いないだろう。
ヴァンパイアのわたしだからこそ、ノルダール副議長の心の底に溜まっている泥を理解できてしまう。
他の種族には、全くわからなくても。




