尻尾
次の日、僕は起きて身支度を整えると、すぐにイライザを呼び出した。
イライザは僕より早く起きていたらしく、すぐに呼び出し場所の小会議室に現れた。
「おはようございます、ジル様」
「おはよう、イライザ」
挨拶を交わして着席を勧める。昨日とあまり変わらない魔術師の服のイライザは、すっと着席した。
なんとなく、慣れないやり取りだった。
アラムデッド王国とディーン王国にいた時も自分から出向くか用がある客が来るだけで、こうして呼び出すのは滅多にない。
アラムデッドの婚約者時代は、僕とイライザの立場は対等に近かった。
王女の婚約者とはいえディーン王国はアラムデッド王国より遥かに大国であり、正式な外交官のイライザと婚約者の僕でやっと釣り合うくらいだ。
住んでいた館の主人もイライザだったし。
今は全然違う状況にある。
特使たる僕の部下として、イライザや他の人間がいる。逆に対等なのは聖教会から派遣されたライラだ。
理屈では上である僕が呼びつけるのが正しいとわかっていても、居心地の悪さを感じてしまう。
イライザはこほん、と咳払いをした。
「失礼ですが、本題に入る前に宜しいでしょうか……?」
なんだろう、僕はとりあえず頷いた。
「……ジル様、挙動から呼び出し慣れていないのがにじみ出てしまっています。どっしりと構えてくださいませ」
「わかる? うぅ……」
「客人から目を離さないように。また、威厳を持って待ち構えてくださいませ……。宿舎の従者は信頼できる者だけとはいえ、イヴァルト人です。立場の別はきっちり示して頂きたく思います」
アラムデッドの館では、一部のヴァンパイアを除いて従者はディーン人を連れてきていた。
立場も対等で従者もディーン人の館の内では、こんなことはイライザには指摘されなかった。
イヴァルトは領土でいえばディーン王国と比べ物にならないほどの小国だ。
大国の使者らしい振る舞いをしなければならない、と出発前にイライザはしきりに気にしていた。
どうやら現在の僕は、あまり良くないらしい。
「ジル様は作法や読み書きは非常に達者ですが……いっそ、物凄く威張った方がいいかもしれません」
うえっ!? と言葉になるのをぎりぎりで止めた。口に出すと怒られそうな気がしたのだ。
「物腰が柔らかなのは貴族としてはたぐいまれな資質で、大いに活用して頂きたく思います。しかし、今は硬軟織り交ぜる必要があるかと……」
「……うん」
小さく頷くしかない。下流貴族だった僕にはやはり難易度が高いけれど。
イライザは頭を下げると、
「お呼び出し早々、申し訳ありませんでした」
「いや、気にしないで……僕も思っていたことだし」
イライザに対する反発なんてない。いちいちもっともなことしか、イライザは言っていない。
はぁ……もっとうまくできるようにならないと。
ひとしきり反省したところで、僕は昨夜の夢の内容を語った。
イライザは眉をぴくりと動かし、時折不安げな雰囲気を覗かせる。
死者と語り合うことをイライザは好まない。
だけど僕は気付かない振りをして、話を続けた。
「なるほど……極めて興味深いですね。裏は取らなければいけないでしょうが……」
「ここまでヒントがあれば、探るのは難しくないよね。情報収集の対象をレイア議員に絞ればいいんだから」
初日は挨拶回りだけで、反応によって2日目以降の動きを決める手筈だった。
残念だけど参陣に関して身のある話は何もない。
となれば、切り崩していく対象と情報を精査しないといけない。
僕達の手元には、ディーン王国が把握しているイヴァルト商人の不正や内紛の資料がある。
後はナハト大公からここまでは取引材料にしてよい、と認められた特権等だ。
これらとイヴァルト到着後に収集した情報をもとに、動くつもりだ。
「そうですね……首飾りがあるのなら、何か厳重に警備された品物の動きがあったはずです。普通では考えられないような……」
「レイア議員の病院にある、というのも理由があるはずだね。保管が病院でないといけない特別な理由が。僕の首飾りと違うのかなぁ……特別な薬品や設備が必要とか?」
後でライラに話をするときに、レプリカの首飾りの保管状況を聞いておこう。
もしかしたら、とんでもない用意が必要なのかもしれない。
「あり得ますね、似て異なる物……魔術関連の品物の動きも探りましょう。あとは人の動きですね」
「カバに関連するなら、死霊術師の出入りも考えられるね。イヴァルトは港町で出入りを捉えるのはすごく難しいけど、レイアの病院とその周囲ならぐっと範囲は狭くなる。それも探ろう」
イライザがやることを筆で書き留めていく。
「とりあえずは、こんなところでしょうか……」
「うん……あ、重要なことがあった!」
首飾りで思い出した、確認したいことがある。
「もし《神の瞳》や首飾りと同じなら、封印の血族でないと起動できない。僕は《血液操作》でクリアしてるわけだけど、持ち込まれた宝石はどうだろう? 同じ制約はあると思う?」
「……ある可能性は高いですね。首飾りの構成からすると、封印の血族の制約は根幹部分のひとつです」
実のところ、再誕教団の力であれば制約自体はなんとかするだろう。封印の血族は昔からある、血を入手していないわけがない。
最悪は僕と同じく《血液操作》の持ち主を使うことでクリアできる。
しかしそれは人目がなければ、だ。
イヴァルトで起動をしているなら、不審な動きになっている可能性はある。
「それなら封印の血族か《血液操作》……つまり制約をクリアする手段も探る対象だ」
力を込めて僕は言った。やっと、尻尾が見えてきていた。




