ベルモ
「今のベルモさんと、同じ存在ーー精霊ということですか?」
ベルモは自分を精霊と言ったけれど、僕が知る限りでは喋る精霊なんて存在しない。
精霊は魔力を受けて、仮初めの姿を与えられる。命令には従うけれど、それは魔力を与えた魔術師がそう形作っているからだ。
しかしベルモは手を軽く振って否定した。
頬をかきながら、もごもごと言い始める。
「ああ……いや、今のあたしみたいな存在のことじゃない。ごめんね、あたしと同じような首飾りさ。《神の瞳》を模して作られた宝石さね」
「それはベルモさんが作られた別の首飾り、ということですか……?」
僕が手にしている首飾りは元々ディーンの王都にあったものだ。
他のところにベルモ作の首飾りがあっても不思議じゃない。
「いんや、それも違う……あたしが作ったわけじゃない。死霊術師が作ったものだ」
「ど、どういうことです?」
「あたしの首飾りの由来は知っているだろう? 《神の瞳》を元に当時の人達が作ったって」
「ええ、だからーーあ!」
気が付いてしまった。
首飾りはベルモが作った武器だ。
無意識に僕は決めつけていた。ベルモ以外の誰にも同じものは作れない、と。
でも違うのだ、《神の瞳》の模造品である首飾りは作れてしまうのだ。
死霊術師も同じものを作れる、それがベルモの言いたいことだった。
「死霊術師も、ベルモさんと同じように《神の瞳》を模して作れるんですか? この首飾りと同じようなものを?」
「正確には紅い宝石部分だね、金属部分は本当に飾りだから。1000年前からこっち、首飾りの力も死霊術師は目にしてきた。当然さーー自分達も作ろうとするのはね。それでもあたしの作ったものとは似て異なる……当然だけど死霊術そのものの力はないからね」
「《神の瞳》から2系統の模造品がある……ベルモさんと死霊術師と、よく似た2つの宝石……」
僕は首飾りの紅い宝石を、指先で撫でた。
「そうさ、そしてあたしは感じ取ったんだ……このイヴァルトに同類がいるってね」
「……ちなみに、場所は詳しくわかるんですか?」
今日回ったからわかるけども、イヴァルトは広い。立体的に建物が積み重なり、時に迷路のようになっている。
闇雲に探すのは、結構厳しい。
「わかるよ、レイアって人に今日会ったよな? あんたが会いに行った、まさに同じ建物に紅い宝石があるよ」
「は、はぁ……!?」
「あたしの認識力はぼやけてて、あんたが会った人間と紅い宝石くらいしかわからないけど……」
レイアと面会した建物、それは病院だ。
イヴァルトの議員は全員、公共施設や生活の基盤となる事業に携わっている。
レイアの扱う商品は薬関係で、富豪向けの病院も経営している。
僕の訪問は日中だったので、レイアの仕事場である病院に行ったのだ。
こめかみを押さえて、思案する。
記憶では病院にはほどほどの結界は張ってあったけど、それくらいだ。
厳重に守られているわけでは、決してない。
どういう経緯で、紅い宝石があるんだろうか。
「ま、詳しいことはあたしにはわからない。明日からあんたが調べるんだね。……あぁ、最後にもう一つだ」
ベルモは立ち上がり、僕を見下ろした。
「紅い宝石を作るには《神の瞳》が必要さ。逆に言えば《神の瞳》がある限り、紅い宝石は作れてしまうーー敵さんはどんどん増やすだろうね」
「それじゃ、僕の持っている、これは……」
作れる人はいないんですか? と、口にしようとして止まってしまった。
封印の血族でないと、僕の首飾りは何の反応も示さない。
僕はいわば抜け道的に使えているだけなのだ。
ふっと見上げて、僕は息を飲み込んだ。
ベルモからゆっくりと白い粒子が少しずつ飛び、姿が薄れていく。
ベルモは発光し闇に溶けていく腕を透かして見た。そしてやや寂しそうに、僕の肩に手を置いた。
そこに暖かさはあるけれど、重さはない。
「残念だけど、今のあたしにはわからないね……ごめんよ、今の大陸の事情はわからないんだ」
僕は立ち上がり、ベルモに礼をした。
別れの時間が近づいているのだ。
「いえ、本当にありがとうございます! 助かりました……」
「……いいってことさ。これも子孫のためだからね」
舞い上がる粒子が激しくなる。
光に包まれた彼女の輪郭がぼやけていく。
はにかみながら、ベルモは手を振ってーー白い光になって消えた。
最後までベルモは笑って去っていった。
宵闇に浮かぶ宝石の光が一つずつ小さくなり、明かりが消えていく。
そして、僕の意識もゆっくりと遠ざかっていくのだった。




