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レプリカ

 イヴァルトの宿舎は豪華、といって良かった。

 アラムデッドで住んでいた館ーー将来の王族が住まう館と同レベルだ。


 少なくても、イヴァルトは僕を王族並の扱いにしてくれている。

 パラディンになることはまだ公表されてはいない。公的には単なる特使なんだけれども、パラディン就任も知られていると思って間違いないだろう。


 すでに深夜、館から人の気配は消え去りそうなほどに薄くなり、灯台の光だけが時折窓から差し込んでくる。

 天候は優れず、月や星は全く輝かない。

 数日ぶりのふかふかのベッドで大の字になりながら、僕はこの待遇と昼間の対応の差を考えないわけにはいかなかった。

 敬意は払われても、要望は通らず。

 一線を引かれてしまっている。


 正直、汗を流すほど焦っていた。

 つけ入る隙がない。

《神の瞳》について調べることだけが、今か細い可能性としてあるだけだ。

 それさえ時間が足りるのかわからない。


 イヴァルトの有力者のうちの幾分かはブラム王国に与しているはずだけれど、話をしている限りは全然わからない。

 元々商人らしく、本音を隠すのがうまい。

 16歳の僕を煙にまくことなんて、簡単なことなんだろう。


「……ブラム王国、か」


 僕は枕元にあるレプリカをたぐり寄せる。

 クロム伯爵の魂と接触した後に流れ込んできた情報に、僕は精神の中でふたをしていた。

 その後も《神の瞳》と共鳴して得たものは、最小限しか気にしないようにしていた。


「このレプリカはーーどこまで《神の瞳》に近いんだろう」


 ゆっくりと指先から血を出して、レプリカの宝石に触れさせる。

 レプリカを手にしてからまだ日が浅い。

 今のところ、レプリカの成果はーーカバを激怒させたことだけだ。


「元々の由来が違うらしいけどね……」


 ため息をつきながら、僕は手の中にある宝石へ意識を集中させる。

 何度も使った《神の瞳》と同じ感覚。


 藁にもすがる、とはこの事だろう。

 例え禁忌に一歩近づいてもーー空振りよりはずっと、いい。

 今もヘムランではディーン王国の兵士が、ブラム王国と教団と戦い死んでいる。

 これは、正義だ。

 僕は自分に言い聞かせていた。



 ◇



 僕の魂が落ちて、落ちて、落ちていく。

 これは、夢だ。《神の瞳》で見る夢だ。

 夜空から飛び降りたかのように、ずんずんと身体が落ちていく。


 だけれど、恐怖も不安もない。

 あまりに周囲が綺麗だからだ。

 小粒の宝石が散りばめられた闇の中を、僕は落ちていく。

 原石ではない、磨きあげられた宝石達だ。

 星の光を何倍にも濃くすれば、こんなきらめきになるかもしれない。


 美しい。こんな魅力的な風景は《神の瞳》ではあり得なかった。

 アラムデッドやディーンで目にしたあらゆる装飾品よりも、輝いている。


 首をあちこちに回しながら落ちていったが、そろそろ終わりのようだ。

 徐々に減速していく。

 下を見ると巨大な円形のガラスが宙に浮いていた。

 どうやら、あれが足場になるらしい。

 もうちょっと落ちていっても、いいくらいだったのに。

 そのくらい、もったいない景色だった。


 ふわりとガラスの上に足をつける。

 宝石の光を反射して、これまた目を楽しませてくれる。


「楽しんでもらえたかい?」


 闇の奥から、背の低い女性が進み出てきた。

 くしゃりとなった赤茶色の紙に、かなりがっしりとした体格ーードワーフだ。

 面白がっている様子がありありとわかる。

 顔はかなり整っている。見た目的には僕とあまり変わらない年齢か。

 とはいえこの世界での見た目にどれくらい意味があるのかは、わからないけれど。


 彼女の服装は青と赤、長袖で飾りがなく厚手だ。

 貴族が着る服ではない。職人が工房で着る服装のように思える。


「ああっと、自己紹介はイイさーーわかってるからね。あたしの名はベルモってんだ。見た通り、ただの職人だよ」


 手を広げ、服の裾をベルモはひっぱった。


「……この首飾りを作られた職人ですか?」


 本人の前でレプリカ、とは言いづらい。

 僕は手の中にある首飾りを掲げて見せた。


「そうさ……懐かしいねぇ。いやはや、まさか1000年を超えて残っているとは嬉しい限りだ」


 ベルモは小走りに近づいてくると、首飾りを覗きこんだ。

 目には涙が溜まっている。


 僕には想像もできないほどの年月が、彼女と

 首飾りの間にはある。

 少しして、僕は小声で彼女に尋ねた。


「あなたは……もう死んでいるのですよね?」


「ああ、とっくに死んでるよ。今のあたしは首飾りに宿る精霊のような者さ。防衛機構といってもいいかなーーあたしが認めないと、首飾りの力は発揮できないから」


「なるほど……」


「首飾りを通して、あんたのことは見ていたよ。封印の血族以外に、首飾りの力を使える者が出てくるとは思わなかったけどね」


「僕自身も、そうです……」


「あはははっ、そりゃそうだ! もしかしたら神様の考えにもなかったかもな!」


 ばんばんとベルモは僕の背中を叩いて笑った。陽気な人だ。


「さて……あたしが現れたのは、わかるだろうね。あんたの助けを求める声に応じたのさ……ただ、大した助けにはならないだろうけど」


 ベルモはよいしょ、とガラスの床に座った。彼女はのびのびと足を伸ばしている。僕も彼女の隣に腰を下ろした。


「あたしは本当に職人だからねぇ……魔術も政治も伝承もとんと知らない。でもイヴァルトに来て、感知できたことがある。あたしのもう一つの役割というかな……そんなもんさ」


「……何がわかったのでしょう、ベルモさん」


 ベルモは宝石光る闇を見上げた。


「同類さーーあたしの、ね」

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