今後の計画
その後は手分けしてイヴァルトの有力者達を巡り、挨拶と情報収集に専念した。
しかしディーン王国より遥かに小さい都市国家とはいえ、有力者の数でも相当数だ。
アラムデッドに近しい者にはアエリアを、エルフに近しい者にはシーラを当てたりして、なるべく数をこなすようにした。
僕もイヴァルトの議員を中心に面会していくものの、結果は芳しくない。
その中では議員であるレイアーー彼女は若干ではあるけれど好意的に僕を出迎えてくれた。
エルフにしては低い身長、そして青白く影の濃い美女だ。一方、目の奥には柔和で人好きのする優しさが宿っている。
レイアにはドワーフとヴァンパイアとエルフの血が混じっているという。
年齢は30に近いはずだけれど、歳を取りづらい3種族の血が彼女を20歳前後に見せていた。
「ディーン王国からあなたが来られると聞いていましたが……なるほど、なるほど」
僕のことを知っているのですか? などと聞いたりはしない。
アラムデッド王国の出来事で、とんでもない有名人になっているのだ。
「アルマ様から手紙で自慢されたことがありますよ、『おいしそうな方が来ましたって』 確かにおいしそうな貴族様ですね」
渇いた笑いしか返せない。
「冗談です、いえ……アルマ様の手紙は本当ですけれど」
「は、いや、まぁ……でしょうね」
レイアはヴァンパイアの血が濃いのだろうか。
あるいはライラにしても、ヴァンパイアの血が駆り立てるのか。
「ここでは血には困りませんが……質を求めるとどうも……」
「貴人の血が良い、でしたか……」
「スキルを持つ方の血の方が、味が深くコクがあるのですよ。後はヴァンパイアの血は質を悪くしますね……祖父母までにヴァンパイアがおられる方の血は、どうにもおいしくなくて」
小首を傾げるが、反応に困る。
結局、ちょっとした雑談で時間が来てしまった。
ノルダールや大司教バルハ以上の情報は何も出てこなかった。
もちろん、ディーン王国への参戦要請を持ち出す雰囲気ですらない。一蹴されて終わりだろう。
とはいえ、収穫があったのも確かだった。
イヴァルトの夜は長い。
船を先導するための灯台がそこかしこに立ち、途切れることなくグラウン大河に明かりを送っている。
大陸各地から集まった人達のために、歓楽街は信じられないほど遅くまでやっているのだ。
夜の会食も終わった僕は用意された宿舎に戻り、イライザと打ち合わせをしていた。
ライラは途中で信心深い有力者に会いに行くのに別れて、まだ戻ってきていない。
チーズの欠片をつまみながら、今日得たことをまとめていく。
「追加の情報はなし……か」
「ええ、アエリアやシーラも奔走してくれましたけれど……商売を持ちかけれてばかりだったみたいですね」
イライザは同情をにじませて言った。
アエリアの勘とシーラの危機察知の鋭さは、信頼している。
その二人でも、特に怪しい人物も出来事も浮かび上がらなかったのだ。
教団とブラム王国に対抗するのに、イヴァルトの援軍はとても有用だ。
数は多くなくても、他の諸勢力も駆けつけてくれるきっかけになる。
すでに北では一戦が始まっているのだ。
なんとしても、早急にこぎつけたいのに!
実際には取っ掛かりもない。
仕方ない、別のところから進むしかない。
「あとは……カバの昔の出現だけか」
「ジル様、気になるところが?」
「カバの出現、最後は300年前でしょ? その前のカバの伝説を繋ぎ合わせると……符合していると思うんだ。《神の瞳》の行方と」
300年前に《神の瞳》はアラムデッドに封印された。
それより前にも《神の瞳》を奪いあって暗闘が繰り広げられていた。
時に教団に渡り、奪い返して封印しては、また奪われる。
その繰り返しだったと、ディーンの王宮で僕は聞かされた。
そして現在《神の瞳》のひとつは奪われて行方知れずだ。
もし失われた《神の瞳》がここにあるならば?
《神の瞳》を持つ死霊術師がカバを使役している可能性はないだろうか。
「《神の瞳》の力でカバが呼び出されている……あり得る話です」
「でも不思議な感じはするよね……。クラーケンを呼び出せるなら、そうすればいいのに。《神の瞳》が関わっているとして、どうしてカバなんだろう? こんな所で実験というのも……」
僕は《神の瞳》を造ったわけではない。
使った時も無我夢中だ。
本当のところ、《神の瞳》でどこまでできるかを知るのは教団だけだろう。
死霊術の深淵に触れない限り、わからない。
「仮に《神の瞳》がイヴァルトにあるとして、カバを操っているとしましょう。なら……さすがに操っている瞬間は魔力の波動があるはずです」
「そこを押さえれば、か……仮説ではあるけれど探してみる価値はあるかな」
イヴァルトの地図に目を落として呟く。
どのみち、今のままでは成果は望めない。
やれそうなことは、やりきる。
ガストン将軍のためにもなるし、もし《神の瞳》が見つかれば特大の成果になる。
ぐっと拳を握りこむ。
焦りと、光明ーー小さいろうそくなようなものだけれど。
だけれど挑んでいくしか、僕にはないのだ。




