教会
ノルダールとの昼食を終えて、僕達はイヴァルトの教会へと移動する。
どうにも混雑で速度が出せないため、かなりの時間がかかってしまう。
こんな調子じゃ街中を移動するだけでも、えらい手間になる。
そう思っていると、アエリアが得意そうに語りだした。
アエリアもイヴァルトへ来た経験があるのだ。
「イヴァルトでは水路ですよ、水路」
馬車の窓からちょんと指を出して、建物の間を指していく。
まじまじと奥を見ると、木造の小舟ーーその下に青い水路が走っているようだった。
何気なく大通りを移動するだけでは見落としてしまう。
「イヴァルトは小島を繋ぎ、橋の上に建物を作った街ですからね。水路を使えば早く行けるものなのです」
「なるほど……すごい街だね」
「グラウン大河沿いの街にしか、こんなのありませんからね~」
人波をかき分けるように馬車で進み、中心街から離れた教会へと到着する。
すでに夕方に差しかかりつつある。
きらりと水路がオレンジ色になり、光の反射が美しくもまぶしい。
教会は雨風で削れた彫像、まばゆく輝くステンドガラスが不釣り合いに組み合わさっている。
教会そのものは今のイヴァルトの賑やかさに比べるとかなり小さい。
とてもイヴァルト人が入りきる大きさではない。
ライラの話では、イヴァルトにはこの教会の他には小さな聖堂しかないという。
街が大きくなると、普通は教会も建て替えをしたり増やしたりするものだ。
それがない、必要ないということはイヴァルトの信仰心が薄いということなのだ。
ライラが教会を見上げながら首を振ると、
「責任者である大司教はちゃんといるようですね……しかし、街の規模に比べると何度見ても嘆かわしい。この程度の威容しかないとは……」
重々しい扉を開けて、僕達は教会へと入っていく。中には人はいない。
すでに人払いは済ませていたらしい。
教壇の前には、きらびやかな五色の法衣を着た中年男性がいた。
「ようこそ、ようこそ! イヴァルト教会へ! 今朝連絡があったディーン王国の特使殿ですな」
説教のように良く通る声で大司教バルハは言った。
自己紹介を手早く済まし、僕達は本題へと入る。
カバのことだ。
「ふむ……それは……」
バルハは目をきらきらと輝かせる。
嫌な予感が押し寄せてきた。
「天使様ですな!」
「……はぁ」
「イヴァルトの伝承にある聖なる使い! 幸運ですな、私は見たことがありませんが!」
「いえ……あれはどう見てもモンスターでしたけれども」
「これはまた心外な……何を持ってモンスターなどと?」
「え……見た目も魔術を使うのもモンスターにしか見えなかったですけれども」
「物的証拠はあるのですかな?」
「……なるほど。伝承で決まっているから天使であり、僕達が体験したことは無関係と」
何がモンスターかそうでないか。
その境界線は、実ははっきりしている。教会が死の神の下僕と認定した動物がモンスターだ。
飛行騎兵の馬は魔力で空を駆けるが、教会はモンスターではなく家畜としている。
しかし、雷撃の魔術で焼き殺されそうになった僕達には納得しがたい。
ライラは靴音を響かせると、一歩前に出た。
「それはいつ、決まったのですか?」
「おお、ライラ殿……実にイヴァルトの創業よりの決まりごとです。千年以上昔のことですな」
神々の戦いが終わって大陸中に人間が散り、今に連なる国や街を作り出した時代だ。
当然、あまりに古すぎてほとんど記録は残っていない。
「どうしてそういう決まりになったのか……由来は承知しているのでしょうか?」
「由来はわかりませんな」
「…………」
「前回天使様が現れたと記録にあるのが300年前で、その時点で詳細はわからなくなっておりましてな。それ以前にも何度か記録はあれど、情報は我らもなく……。ガストン殿より連絡があっても、天使様の知識はわずか、知る者も少ない」
つまり引き継いだ内容だけで、あれを天使としているのか!?
というより、肝心の理由がわからなくなっているなんて。
これじゃ手詰まりじゃないか。
ガストン将軍もノルダールも言い淀むわけだ。
「ライラ殿もご存じでしょうが、先人が決めた認識を覆すのは簡単ではありませんでな。これまでの積み重ねがある……中央の方がなんと受け止められようと、教会法に反しているわけでもなく……」
言い訳めいた口上を続ける大司教に、僕は心中でため息をつく。
その後もバルハと話をした僕は、さらに失望することになった。
カバが昔々に姿を現した、消えたとかその程度のもので撃退法やらの情報はない。
とても役には立たない。
しかし話の中に少し引っ掛かりを覚えたのも事実だ。
でもそれを取り上げるのには材料不足だ。
とりあえずは一度退散するしかなさそうだった。




