風習
思わせ振りなノルダールの言い方に身を乗り出しそうになった。
しかし、それは慎まないといけない。
これは揺さぶりだ。
簡単に乗ってはいけない。
僕はゆっくりと余裕を持って、
「その辺りの誤解を正すために、私は来ました。諸国からの援軍も続々と集まります……それさえも議会は座視すると?」
「連合軍が集まれば、議会も態度を変えるとは思いますが……はてさて。今の所はブラム王国の外交が先行しているようです」
ノルダールは僕の顔を興味深そうに見据え、
「ブラム王国の策謀は相当前から進んでいた、そういうことですよ。かなりの金品を撒いて味方を増やしている。本来であれば……戦争にもならないはずなのに」
そう、死霊術を大々的に用いて聖教会を敵に回すことはそういうことだ。
ブラム王国の徹底抗戦などあり得ない。
そのはず、なのだ。
しかし実際にはすでにディーン王国のヘムランにも侵攻している。
現在もかなりの戦略性でブラム王国は動いている。ナハト大公もその点を懸念していた。
「連合軍の思いもよらない切り札、ブラム王国がそれを握っている……と」
「要はそういうことです……何せ我々は商人、用心深い。ブラム王国は一見して無謀、ゆえに裏があると考える」
つまり実利と不安、それが議会の動きが鈍い理由か。
実利はまだ、ディーン王国からも金品を渡せば覆せるかもだけれど。
連合軍の不安材料なんて、少なくても僕は知らない。
僕達の知らない何かを議会は掴んでいるーー言外にノルダールはそう示唆しているように思える。
そして、その内容はノルダールも知らない?
彼が連合派というのが本当ならそうだろう。彼も警戒され、動けない。
僕達がなんとか議会を説き伏せる、あるいは情報を探し出すしかない。
「出来れば……あまり長居はされない方がよいと思いますよ。あなた方を歓迎するのは、イヴァルトでは半分もいない」
「ご忠告、感謝いたします……」
「ご足労頂き申し訳ないが、これが現状でしてね……」
すでにノルダールの前の皿は空になっていた。
僕達も話しながらそこそこ食している。
元々昼食会だ、量も多いというわけではない。
侍従達も新しい皿を持ってくる様子はない。
会食は終わりに近づいている。
ノルダールは僕達の身の安全も心配している。あるいは協力的でない者が、それほどいると言っている。
ナハト大公も無理はするな、と言っておられた。
でもあと一つ、聞いておかなければならないことがある。
「……ノルダール副議長、昨夜のことなのですが……」
僕はかいつまんで、全てではないがカバの件をノルダールへと聞いた。
ノルダールは一瞬、目を見開いてすぐに閉じた。
眉を寄せて、考え込んでいるようだ。
「それは……難しい出来事ですね。ある程度は私にも知識がありますが……」
「……カバを知っておられる?」
やはりガストン将軍の話し通りなのか。
ノルダールはかすかに頷くと、目配せをした。
ささっと食堂の侍従達が退出し、部屋には僕達とノルダールだけになる。
「イヴァルトの聖教会に行けば、お分かりになるでしょう……私も正直、言葉にし難いのです。申し訳ありませんが予備情報なく、行かれた方が宜しいかと」
ライラがやや不愉快そうに、
「……独自の見解がある、ということでしょうか」
ノルダールが椅子に深く腰かけて、言った。
「ライラ審問官、どうか落ち着いて下さい。聖教会の支部によっては稀に、特殊な風習があることはご存じでしょう?」
僕も聞いたことだけはある。
僕の知る限りのディーン王国やアラムデッド王国にはなかったけれど、地域によっては変わった儀式やらが行われていると。
聖教会の支部は大陸中にあり、総本山が統制しているーー表向きはだ。
しかし実状として、仮にディーン王国の教会支部にディーン人以外の聖職者が来ても歓迎されない。
排他的な地域の場合は、ずっとその地域の聖職者が責任者に選ばれる。時には、世襲が延々と続く。
その中で、中央の教義に引っ掛かる内容が引き継がれることもありうる。
実際にその地域に住んでいないと、分からないだろうが。
ライラなら当然、豊富な知識があるだろう。
独自風習の中には地域の微妙な感情や歴史に触れるのも、ある。
ノルダールが人払いをしたのは、むしろ侍従を思ってのことだろう。
ライラはノルダールの言葉に茶色の耳をぴんと立てる。
多分この中で僕だけがわかるサインだった。まずい、結構な不機嫌さだ。
意外とライラは辛抱がないのかもしれない。
「……あのカバが?」
「わ、わかりました……まず行きましょう、イヴァルトの教会へ。ノルダール議長、ありがとうございます!」
僕はぱっと、会食を打ち切った。
ここで神学議論を始めても、どうにもならない。
ノルダールもカバについて知ってはいるが、あえて言いたくはないのだ。それを汲もう。
今のところはーー彼は多分、味方だ。




