悲観
ノルダールは僕達の前にくると、恭しくお辞儀をした。ゆったりと深く頭を下げてくる。
「空の旅、お疲れ様でございました……ようこそ、商業の国イヴァルトへ。私はサーネス・ノルダールと申します。過分にもイヴァルト議会の副議長を拝命しております。……滞在中に何かあれば、遠慮なくお申し付けください」
ヴァンパイア特有の憂いを持つ美形の紳士だ。顔を上げたノルダールの、軽く撫で付けられた金髪が目を引く。
僕達もそれぞれ自己紹介し挨拶を交わす。
僕達の来訪は連絡済みだし、イヴァルトは大陸中に情報網を持つ。
僕達のプロフィールなんて筒抜けだ。
ノルダールは僕達一行の名乗りに、何の驚きも示さない。
一人一人の顔と名前を確かめたノルダールは頷きながら、
「さて……少し早いですが昼食会などを企画しております。大河の珍味を食しながら、如何でしょう? 本題に入るというのは」
意外だった。僕達の来訪理由はイヴァルトの参戦を促すことだ。
当然、今もって乗り気でないイヴァルトは、のらりくらりと僕達をいなすつもりだと思っていた。
それがいきなり、イヴァルト側から本題を切り出してきた。乗らない選択肢はない。
「ありがたくお受けします、ノルダール副議長」
「快諾、感謝いたします。それでは行きましょう」
案内されながら僕達は広場を出る。
一歩、広場を出るとイヴァルトの熱気に僕は圧倒された。大通りには見渡すばかりの人の山だ。
遠目でもわかってはいたけれど、間近だと度肝を抜かれる。
服装が全く統一されていないのだ。
あまりに色とりどり、その鮮やかさは無秩序でさえある。例えるなら、綺麗な花を片っ端から並べた花園だ。
ディーン王国ではあまり見ない、大陸北部に住む褐色人もちらほらと歩いている。
背が低くがっしりとしたドワーフや部族単位で暮らすことを好むエルフ、獣人もいる。
ごちゃ混ぜの人間がわいわいと歩き、道端で露店を開く様はディーンの王都を凌ぐ。
さすが商業都市だ。
ほどなく大通りに面した会堂の前でノルダールは足を止める。
艶のある大理石、入口は20人が横に並んでも一度に入れる大きさだ。
読んだ地図では、第二会堂だったと思う。
それでも彫刻の高級感や外壁の品の良さは、ディーンでも王宮以外には見当たらない。
改めて、イヴァルトの財力を思い知る。
「こちらです、どうぞ……」
会堂の警備も最敬礼で僕達を迎えてくる。
広間は宝石を配したシャンデリアの明かりと、薔薇の香りに満ちている。
中央には彫像が一つ、置かれていた。
右腕を上げて槍投げの構えを取る、太陽の神の彫像だ。
ゆったりとした布地に身を包み、男とも女ともいえる中性的な体つきをしている。
これは大陸中で見かけることができるモチーフだ。
死の神との戦いで、太陽の神は幾つもの勝利を槍投げによって得た。
この彫像はよくそのモチーフを活かしていた。
僕は感嘆しながら、
「本当に、見事な造りですね」
「お褒め頂き光栄です……ディーン王国の方にそう言って貰えれば、先人も恐悦するでしょう」
金糸の絨毯が敷かれた階段を登り、食堂へと到着する。
香木のテーブルに銀の燭台が置かれていた。
席に座るとまず杯が差し出される。
祈りを捧げて乾杯すると、料理もすぐに並び始める。
貴族同士だと長い文句もあるが、さっと始める様は商人らしい。
白く濁った酒は舌に含むと、とろりと上品な甘さが喉ごしを過ぎた。
飲みやすい。けれど、知らない酒だ。
ノルダールは僕の顔を見て、
「フランジェリコというアルコールです。ヘーゼルナッツから作られたもので甘く、高級菓子にも使われます」
「へぇ……初めて頂きました」
なんというか、あまり酒に慣れていない僕向きだった。
料理もディーン王国ではあまり見ない貝やエビを使ったものが多い。
珍味に舌鼓を打ちながら、僕はいよいよ本題を持ち出していった。
「ノルダール副議長、イヴァルト議会は……何ゆえブラム王国征伐の軍を出すのに消極的なのでしょう?」
「……率直に申し上げて宜しいでしょうか」
「ええ……もちろん」
「勝てないからですよ。ディーン王国ではブラム王国に」
ノルダールはナプキンで口元を拭きながら言い放った。衝撃的な発言だった。
それが聖教会も含めての話なのは、明確だった。
イライザの手が一瞬止まり、近くのライラがぞわりと殺気立つ。
「聞き捨てなりませんね、副議長。それは……死霊術を用いたブラム王国を許容しているとも取れる。大陸に住まうものとして……いかなるお考えによるのですか?」
ノルダール副議長は肩をすくめる仕草をした。
「誤解しないでください。私はあなた方の味方ですよ……今のはイヴァルト議会の大多数の意見です。私としてはディーン王国に積極的に兵を出すべきと言っているのですがね……しかし、議員の大半は戦争の行く末を悲観している。それが、現実なのです」




