表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/201

舐められ、撫でる

 アルマ宰相は返事を聞かずに、小さくも豪華な鞘から刃を出した。

 青白い刃から、魔力の波動が伝わってくる。

 恐ろしく高価な純ミスリルのナイフだ。

 故国でも王族やそれに準じる大貴族しか、持つことはできない逸品だ。


 血を分けること自体は、日課としてアエリアにもしていることだ。

 アルマ宰相の頼みならば、なおさら断れない。


「あ……でも、小皿がありません」


 そうだ、銀の皿はアエリアに渡したままだった。

 普段なら洗われて夜に戻ってくるのだ。

 困ったな、粗末なもので出すわけにもいかない。


「……皿など、いりませんわ」


「はぁ……? しかし……」


「いいから、こちらに」


 アルマ宰相が、ちょいちょいと手招きをする。

 どういうことだろう。僕はすぐそばへと行く。


 アルマ宰相は、近寄った僕の右手を優しく手に取った。

 器用にナイフは持ったまま、柄が触れることはない。


 整えられた指先はなめらかで、ひんやりとしている。

 そのまま僕の指一本一本を確かめるように、撫でまわしていく。


 少しくすぐったいが、我慢だ。

 ますますアルマ宰相が、艶めかしく見えてくる。


「指を、いいかしら」


 すっと僕の手を、アルマ宰相は口の高さまで持ってくる。

 もしかして、直に舐め取るのでは……。


 冷気が、手から腕へと上がってくる。

 反面、指先でも直接吸血されるのは初めてだ。


 身体の先からであれば、吸血とはみなさないらしいけど。

 それでも、頬が熱くなるのを自覚する。


「は、はい……アルマ様」


「くすっ、二人きりの時はアルマでいいですわ」


 冗談めかしてそう言うと、僕の右手人差し指を愛おしそうに触った。

 アルマが濡れた瞳で指をつまみ、ナイフを一閃させる。


 毛筆のような、さらりとした感触だけだった。

 痛みはなく、人差し指の第二関節から血がじわっと流れる。


「……頂きますわ」


 すでに陶然として、アルマは僕の指を口に含む。

 アルマの口の中は、川の水のように冷たい。

 舌が爪先をなぞり、血を舐めている。


「ん……ちゅ……ふぅ」


 あえてそうしているのか、アルマは音を立てて吸っていた。

 いや、血だけじゃない。

 指全体をいやらしくだった。


 見惚れていると、アルマはゆっくりと指を口から一旦離した。

 唾液が陽光に照らされ、線を引く。


「あまり……味に変わりがないようですわ」


 若干、がっかりしているようだ。

 そうだ、スキルを使っていなかった!


 一瞬躊躇したがどうせアエリア経由で、第二スキルのことは知られている。

 変に隠し立てしても、つまらない。


 とりあえず、僕は念じ始めた。

 甘くなれ、甘くなれ。

 とろけるように、やみつきになるように。

 ……エリスが、虜になるほどに。


 前は、これで良かったはずだ。

 意識を向ければスキルは発現する。

 神の贈り物を使うのは、簡単なのだ。


「ん……ちょっと、匂いが変わりましたわ」


 指からは新しい血が流れてくる。

 アルマは流し目をして、舌を出して血をすくう。


 そのまま、すくった血をじっくりと舌で味わう。

 きらりと、アルマの目が輝いた。


「おいしいですわ……! 信じられないほどまろやかで、味が深いですわ」


 僕に血の味はわからないんだけども。

 グルメだろうアルマも認める程度には、おいしいらしい。


 少しの間、指から舐めるのにアルマは専念していた。

 水音だけが室内に響く。


 まるで、現実感がない。

 一国の宰相に、ひたすら指を舐められるなんて。

 僕はその間、立っているしかない。


「ジル様、手が寂しそうですわね」


 言うや、アルマは僕の空いてる左手を取り、自身の髪に差し込んだ。

 不意の行動に、僕は息を飲む。


「撫でてください、ジル様」


「そっ、それは……」


「私は髪を触られると、落ち着くのですわ」


 アルマの髪は、まるで上質の羽毛だった。

 硬いようでいて、ふわふわとしている。


 小ぶりな耳が、心なしか赤くなっている。

 思う存分触りたい衝動がわき起こるが、後が怖い。


 それでも、文句を言われない程度には撫でてみる。

 鳥に触れているように、気持ちいい。


 とはいえやり過ぎると何を言われるか、わかったもんじゃない。

 そもそも、なぜ血を吸われるのも謎だった。


「ふぅ……んっ……」


 ひとしきり舐めると、アルマはついに舐めるのをやめた。


 唾液まみれになった指を、アルマは丁寧にハンカチで拭いていく。

 金の刺繍がされた、これまた高そうな品だった。


 アエリアが普段持っているものと同じく、治療魔術が施されている。

 指から血の流れる感覚がなくなっていく。


 僕もアルマの髪から手を放した。

 アルマは頬も薄く桃色に染まっている。

 白髪との対比で、余計目立ってる。


「ごちそうさまですわ。とっても、美味しかったですわ」


「……はい」


 まさか本当に、血を飲みに来ただけだろうか。


「ジル様……血をありがとうございましたわ」


「いえ、これくらいならなんでもありません」


 アルマはぴんと背筋を伸ばして、椅子から立った。

 間近だと僕よりも背が低いので、目線が下がる。


 アルマはぎゅっと僕の手を握りしめ、ひらりと背を向けた。

 手を繋いだまま、ゆっくりと歩き出す。


「是非ともお礼をさせてくだい、ジル様」


 それが、本題か。

 僕を連れ出す口実作りだったのか。


 回りくどいと思ったが、ヴァンパイアらしくもあった。

 僕の血が欲しかったのも半分は本当だろう。


 どのみちアルマの申し出は、非常に重いのだ。

 拒む選択肢はあり得ない。

 企みがあっても、小細工が必要な立場ではないはずだ。


 つばを飲み込み、僕はアルマに付いていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ