商業都市イヴァルト
その夜は酒精が入ったこともあって、ぐっすりと寝ることができた。
翌朝目覚めると、まだぽつりと雨は降っていた。
それでも薄い雲の向こうから、朝陽がうっすらと照らしている。
イライザを始めとして、魔力はちゃんと回復したようだ。
今日はいよいよイヴァルトへ乗り込む日である。雨具をまた着込み、僕達はガストン将軍の陣から飛行騎兵で飛び立った。
ただ飛行騎兵のうちの二人は、報告のために王都へと戻らせている。
カバと聖宝球の不調の可能性について、ナハト大公へ指示を仰がないといけない。
ガストン将軍も急使を出しているけれど、恐らく飛行騎兵の方が早い。
「それでは……お気を付けてくだされ」
整列するガストン将軍の兵に見送られながら、僕達はイヴァルトへ向かう。
風も和らぎ、薄日のグラウン大河がくっきりと望める。
濃い青の水流が視界いっぱいに広がり、対岸に何があるか見通せない。
南に進路を取り、空からグラウン大河を下っていく。
少しすると、新緑の旗を立てた船団が見えた。数本の帆柱を立てたガレオン船だ。
イヴァルトの紋章ーー緑の下地に三ツ又の槍の旗を掲げて勇壮に川上りをしている。
船の数は10、甲板にも荷物を積み込んで上流へと進んでいる。
遠目からでも、船の側面には細かく魔術文字が刻まれているのがわかる。
船首の多くは、太陽の神ーー長い髪をもつ中性的な麗人で槍を持つ像を備えていた。
中央の母船には他に、大きな光柱が設置されている。ガストン将軍の陣でもあった移動式の聖宝球だ。
これにより、モンスターは船団へは近付けず安全に航行することができる。
イライザが大河の先を指差し、
「もう一団、来ますね……すごいです」
同じような船団がもう一つ続いて、上ってきている。
ディーンにも湖や川はあり船もあるが、これほどの船を動かせる貴族は、ディーン王国にはいないだろう。
陸軍国内のディーン王国では考えがたい規模だ。
あれらの船に積まれた交易品は大陸中を巡ることになる。
水軍ではイヴァルトに優位があるのは間違いない。
言うことを聞かせるほどの軍事力の差がないのだ。ゆえにディーン王国や聖教会からの参戦要請にもすぐに応じないのだろう。
2つの船団とすれ違いながら、僕達はいよいよイヴァルトが近づくのを感じた。
彼方の湾に、灰色と緑の綺麗な建物が見えてくる。大河には緑の旗を立てた数十の小型船が行き来していた。
イヴァルトの街は湾の小さな島を覆い尽くすように並んでいる。
他にも赤や紫、黄の色鮮やかな旗の船がひしめいている。イヴァルト以外の独立商業都市の船だ。
「そろそろだね……」
改めて緊張してきた。
アラムデッド王国へは婿として行った。僕の立場は保証されていたのだ。
イヴァルトへは特使だ。しかも恐らく、イヴァルトの立場では歓迎せざる使者だ。
小雨のなかで鮮やかな船が浮かぶ大河を横切り、イヴァルトの小さな広場へと飛行騎兵を寄せる。
事前に打合せしていた降下場所だ。
近寄るにつれて、イヴァルトの賑やかさを再確認する。
段々と見えてくる人達は思い思いの服を着ている。大陸中から集まっているかのようだ。
その人通りの多さ、色彩の豊かさはディーン王国の王都に勝るとも劣らない。
芝生の敷き詰められた広場に降り立つと、すでにイヴァルトの役人が待ち受けていた。
緑のゆったりとした制服に身を包み、畏まっている。
「ようこそ、イヴァルトへ……歓迎いたします、ディーン王国の使者の方々。雨のなか、よくぞ来られました」
目配せをしながら、イヴァルトの役人は挨拶をしてくる。
僕達も挨拶を返し、イヴァルトの街へと案内される。ちらちらとこちらを見る目には、若干の険しさと不信感があるように思える。
とはいえ、儀礼的には特に差をつけられているわけではない。
連れられて広場から出ようとする僕達の前に、黒い傘を差した一団が近付いてくる。
先頭の一人は黒服で、背が高い紳士だ。
青白く冷たい視線を投げかけてきた。
イライザが小声で教えてくれる。
「イヴァルト議会のノルダール副議長ですね……今回の交渉での肝になる人物がいきなり登場してきました……」
ノルダールの歳は30くらいだ。僕は彼の目付きに見覚えがあった。間違いなく、ヴァンパイアだ。
 




