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父の死

 軽く炙ったチーズやベーコンを食べながら、夜は更けていく。

 ガストン将軍はビールをがぶがぶ飲みながら、ディーン王都の話を聞きたがっていた。


「わしは王都で生まれ育ちましたからのう、戦場暮らしとなってからはあまり戻れませぬが……懐かしいですわい」


 目を細めガストン将軍は思い出にひたっていた。

 聞けば、もうガストン将軍は60歳になるという。

 それでも壮健、いまだに一軍を預かって最前線に立っている。非常に立派なお人だ。


 僕は亡き父の話をしたかったけれど、そんな雰囲気ではなかった。

 和やかに故郷を懐かしむガストン将軍に、死んだ者の話をすることができなかったのだ。


 侵攻してきたフィラー帝国との大戦は、痛み分けに終わったとされている。

 でも実際は多くの貴族や騎士が犠牲になり、押し返しただけだ。


 父もディーン王国を守るために死に、ディーン王国の財政も大きく悪化した。

 獲得した土地もなく、つまるところ両国の死者が積み上げられただけなのだ。


 ガストン将軍はその生き残りでーー決して亡き父の話は愉快な物語でない。

 ガストン将軍はフィラー帝国との戦いの際は、父を含む貴族軍を補佐する立場にいた。

 恐らく父の死に様を一番よく知っている人間なのだ。


 そして今も一軍を預かるガストン将軍は、イヴァルトには同行しない。

 何か動きがない限り、ガストン将軍はこの陣を離れられないのだ。


 もしかしたら、ガストン将軍とゆっくり話せるのは今夜が最後かもしれない。

 それでも楽しそうに飲むガストン将軍に、切り出せなかった。


「……何か聞きたそうですのう、ジル様。遠慮はいりませんですじゃ」


 ゆっくりと大きな杯を下ろしたガストン将軍が、問いかけてくる。

 僕は酒精のせいだけでなく、顔が赤くなった。


 見抜かれている。

 僕はそう、直感した。

 どうしようかと思ったが、衝動は止められなかった。

 僕も知りたいし、フィオナも知りたいだろう。


「僕がしたいのは昔話でーーしかも多分、面白い話ではないのです」


 歯切れ悪く、僕は答えた。

 ガストン将軍とイライザが少しだけ、僕の顔を見た。


「それは……お父上の話ですかな、ジル様?」


「……そうです」


「ふむ……騎士に過ぎぬわしが、男爵殿の最期を語っても良いですかな」


 ガストン将軍はやや遠慮がちに言った。

 あくまでガストン将軍は立場としては補佐だーーしかし実力的には並の貴族とは比べ物にならないのは周知の事実だった。

 陸軍だけでなく、グラウン大河に陣を敷いている通り水軍も扱えるのだ。

 僕は身体を前に出して促すように、


「人伝には聞いていますし、ガストン将軍から葬儀の時にもお聞きしました……。でもそれは通り一辺倒というか……構いません、もっと詳しく知りたいのです」


 僕が聞いた話では、後退する味方を守るために前線に出て戦死したと聞いている。

 実はそれくらいしか、聞いてはいないのだ。

 名誉ある死ーーだったとは言われてたけれども。

 僕の目線にガストン将軍は目をこすり、


「ジル様……お父上はフィラー帝国の精鋭部隊との戦いの最中に、深手を負われたのじゃ」


「それは……初耳です」


「とはいえそれは致命傷ではなかった、とわしは思う。十分助かるはずじゃった……すぐに前線を離れて治療を受ければのう」


「……父はそうしなかった、と」


「そうじゃ……わしらは敵の精鋭の集中攻撃に晒され、後退せざるを得なかった。お父上は果敢にも自ら的になり……敵を引き付けられたのじゃ」


 もし敵にスキル持ちの精鋭部隊が現れたら、同じ精鋭部隊をぶつけないと止めることさえできない。

 一般兵では損耗が大きくなりすぎるのだ。

 これは大軍同士での戦争では基本中の基本だ。


 父はその基本戦術を踏襲するのに、犠牲になったのか……。

 生還を諦め、味方の盾となることを選んだのだ。


「無論、わしは止めた……しかしお父上は頑として聞かず、飛び出して行かれた。こちらの精鋭部隊が到着した後、反撃に出たが……間に合わなかったのじゃ」


 ガストン将軍はぐいっ、と杯をあおった。

 彼の目には涙が浮かんでいた。


「お父上のおかげで時間を稼ぎ、体勢を整えて戦線を大きく押し戻せた……うむ、それは間違いない……間違いないが……」


 白い髭を触りながら、ガストン将軍は呟いた。


「……死なせとうはなかった。ジル様もフィオナ様もおられるのに、のう」


 寂しげなガストン将軍は、言葉を切る。

 彼の心は沈みつつあった。

 父だけでない。多くの人間があの戦いで死んだのだ。

 僕はこれで、この話は終わりだと悟った。


 戦死した父の詳しい状況を聞いたのは、初めてだ。

 確かに意味のある死ーーだった。

 国の為、生き残るよりあえて死地に進んだのだ。


 それがわかれば、十分だった。

 僕は話題を変えた。ガストン将軍に話をさせてしまったことに、罪悪感があった。


 その夜、僕は久しぶりに結構な量の酒を飲んだ。

 ガストン将軍はとことん付き合ってくれたーーあるいは僕が付き合ったのかもしれないけれど。

 アラムデッドの王宮でもディーンの王宮でもないほどに、僕は酔えたのだった。

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