婚約破棄
ノクスノベルス様より4月12日発売決定!
今後とも宜しくお願いいたします!
晩餐会のことだ。
いつもより銀髪の婚約者エリスは興奮していた。
肩にかかる銀髪を揺らし、きれいな顔を紅潮させている。
ドレスに強調された豊かな胸を揺らして、歩き回り早口で喋り続けていた。
ヴァンパイア族である彼女と、人間の僕では細かな気質に違いがある。
些細だけれど、幾度も喧嘩になってきた。
いつもは低血圧のヴァンパイア族がこうである時は、あまり良くない。
何かあったかなぁと気を揉んでいると、エリスは突然宣言をぶちあげた。
それは度肝を抜くものだった。
「お集まりの方々! 私アラムデッド王国第三王女エリス・アラムデッドは、ディーン王国のジル・ホワイト男爵との婚約を破棄いたします!」
はぁ!? 名指しされた僕――ジル・ホワイトは椅子を蹴倒し、立ち上がる。
いきなりのことにわけがわからない。
しかしエリスの話はまだ終わらなかった。
「あわせて、新たにブラム王国のクロム・カウズ伯爵とエリス・アラムデッドとの婚約を決定したことをご報告します!」
立ち上がった僕はそのまま凍りついてしまう。
婚約破棄と……何だって?
会場もどよめきと戸惑いが広がっている。
つややかな銀髪の美少女エリスは、得意満面だ。
いきなりのことに、目の前が真っ暗になる。
没落貴族の僕に訪れた天からの恵み、王女との婚約はいきなり終わりを告げられたのだ。
口を開く前にエリスは髪をかき上げて僕宛に言葉を続ける。
「あなたよりも、よいスキルの持ち主が見つかりました。あと爵位も背も高いんですもの」
エリスの声はいままでに聞いたことがないほど艶がある。
そんな彼女の隣ににやにや顔の黒髪のイケメンが現れた。
20代の半ばくらいだろうか。背格好は僕よりも高い。
絵になる男、というのが悔しいがピッタリだ。
着こんでいる服も装飾品も僕より上等品だった。
「初めまして、紹介させてもらったクロム・カウズだ。二度と会うこともないだろうが」
なんて嫌味な男だ。
ムカつく顔はそのままに、嘲笑いの色を濃くしていく。
「俺のスキルは≪血液無限≫、君の≪血液増大≫よりも格上だ」
僕は足元から崩れ落ちそうになる。
ヴァンパイアに血を吸われても大丈夫な僕のスキル、≪血液増大≫。
15歳で神から授かった≪血液増大≫のおかげで、僕はヴァンパイア族の王女の婚約者になれたのだ。
どの国の貴族でも15歳になれば、神官を通じてスキルを一つ得られる。
しがない男爵に過ぎず武功も金もない僕だ。
スキルがあるからだ、と陰口を叩かれても静かに我慢してきた。
可愛い妹の為ひいては国の為だ。
エリスのわがままにもひれ伏してきた。
手を繋ぐことも許されず、逆らわない玩具として日々を暮らしてきたのだ。
ヴァンパイア族の王女は、吸血に耐えるスキル持ちとしか結婚しない。
古い掟らしいが、それでなんとか婚約者になれたのだ。
最近では、あからさまに不機嫌なことが多かった。
結婚式が近づくにつれて、僕と結ばれるという事実を受け入れたくないようだった。
それが――なんということだ。
確かにクロムの≪血液無限≫は、僕のスキルより上位に聞こえる。
ざわめきも非難だけではなくなる。
驚きと感嘆の声が混じり始めた。
掟のことは晩餐会の参加者なら周知のはずだ。
僕がスキルと最低限の爵位で、婚約者になったことさえだ。
エリスに好かれていないとわかっていても信じられなかった。
「さぁ、何か言うことはあるかな? 元婚約者君」
口の中が渇いていく。
ブラム王国は僕の故国と同格だった。
そのうえ爵位も向こうが上なのだ。
立ちくらみがする。認めるしかなかった。
勝てるところが一つもないのだ。
僕は膝から砕けそうになった。
「待たれよ」
重々しい声が広間の奥から聞こえてくる。
静かだが威厳があり、よく響き渡った。
「お父様……!」
「これは…………国王陛下!」
声の主はヴァンパイアの王、カシウ・アラムデッドであった。
筋骨たくましく風格に満ちた壮年の王様だ。
髪も髭も白くなっているが、いまだ精力的な王である。
カシウ王は足音を鳴らしながら僕たちに近寄ると、厳しい目で二人を睨んだ。
その様子に広間の全員が息を飲む。
「貴様……クロムとか申したか。嘘をつくでないわ!」
雷のような怒声が鳴り響いた。
てっきり婚約破棄の件と思いきや、違う理由で激怒していた。
「《血液無限》だと!? 貴様のスキルは《スキル詐称》ではないか!!」
「お父様!? な、なにを仰るんです……神官の証明書もありますのよ!」
「そ、そうです!」
明らかにうろたえる二人にカシウ王は深く眉を寄せる。
僕も面識があるが、こんな様子は初めて見た。
「書類など神官に金を握らせれば、どうとでもなる!」
「そ、それだけじゃありませんわ! クロムは血をいくら吸っても大丈夫ですのよ!」
なっ……!? 僕は絶句した。
ヴァンパイアにとって、吸血は単なる栄養摂取ではない。
特に相手に歯を立てる本来の『吸血』の意味は重い。
それは寵愛や性的な契りと同義なのだ。
もちろん僕はまだエリスに血を吸われたことはなかった。
娘の告白を聞きカシウ王はさらに燃え上がった。
体面を捨て怒鳴りつける。
「エリス、この者の血をもう吸ったのか!?」
エリスは一瞬しまったという顔をしたが、すぐに開き直ることにしたらしい。
場違いなほどすまして返事を返したのだ。
「ええ、確かめるついでに血を吸いましたわ」
「この愚か者めが!!」
カシウ王、素早くエリスの頬を打つ。
エリスも含めて広場の誰も予期していない行動だった。
そのままエリスは床へと倒れていく。
「エリス、余のスキルは何だ!」
「は、はぁ……!?」
「忘れたのか、余が神より授かった力を!」
ものすごい剣幕のカシウ王に、頬を押さえるエリスは矢継ぎ早に答えるしかない。
「《夜の召喚》……ですわ」
「それは偽りだ。余のスキルは、別にある」
僕も含めて広場の全員が悟った。
真に高位の人間はスキルを偽るという話は聞いたことがある。
より箔をつけるために伝説上のレアスキルを所持しているとうそぶくのだ。
ところがカシウ王は箔を自ら投げ捨てたのだ。
一国の王として恐ろしい決断だった。
「余のスキルは《絶対看破》! 余の眼には、その男の嘘がはっきり見えておる!」
「……!」
クロム伯爵の顔が一瞬で青ざめた。
その様は、カシウ王が真実だと認めるようなものだ。
絶対系列は、あらゆるスキルの中でも最も強力だった。
それこそ伝説級と言ってもいいだろう。
まさかそんなスキルを持っているとは、夢にも思わない。
「お前たち二人は余の許しもなく、古い掟をも踏みにじった! 覚悟せよ!」
カシウ王はきっぱりと宣告すると、今度は僕に歩み寄ってきた。
情けない僕を叱りに来たのだろうか?
思わず身構えてしまう。
「まことにすまぬ、ジル殿」
いままでとは打って変わり、沈んだ声だった。
一国の王が僕ごときに謝罪したのだ。
それだけで僕は恐縮してしまう。
「……この償いは必ずしよう。今は、部屋へと戻ってくれぬだろうか?」
心の底から、ありがたい申し出だ。
気がつけば僕の心も煮えたぎっていた。
そして今にも爆発しそうだったのだ。
近衛兵に丁重に送られる僕は、崩れ落ちた哀れな二人を見下ろした。
エリスは呆気にとられて、クロムはぶるぶると床を見つめている。
二人の未来は暗いものになるだろう。
ほんの少しだけ、僕の気は晴れたのだった。