第七話
その日の夕方の事、あのいわくつきの山で騒動が起きていた。
「この糞野郎!」
ガッ!!
ドサッ
車から投げられた男は、悪い男たちにぼこぼこにされたいた。
「女みたいな顔しやがって!!!」
「この山でお前も呪われてろ!」
「死ね!!!」
沢山の罵声を浴びた後、そのワンボックスカーは彼を山の中に置いて去っていった。
荷物は取られ、金も携帯機器があるわけでもない。
とりあえず、全身の痛みをこらえながら彼は体を起こした。
「痛い…でも歩けるから大丈夫…。」
そう自分に言い聞かせて、静かに立ち上がる。
「ここは…どこだろう?」
辺りは茂みと木と草しかない。
特徴的な建物があるわけではない。
今向いてる方は北なのか南なのか、全然わからない。
「あともう少しで真っ暗になっちゃう。」
とにかく前進あるのみと、彼は前を向いてる方向へ歩いた。
そもそもこんな事になったのは、下校中の目の前で同級生が車に無理やり乗せられそうになっているのを見たからだ。
因縁でもつけられたようで、彼をかばって身代わりになった。
「宇佐君!!!!」
そう叫んだ彼の顔がまだ焼き付いている。
「はあ…もういいや。」
歩いて30分くらい。
辺りは薄暗い。
宇佐はその場に座りこんだ。
明日の朝体力が戻った時に戻ればいいと思っていた。
「…火でもつけられないかなあ。」
彼は木の枝を集め始めた。
意外とサバイバルの知識がある童顔は石と気を使ってプロの真似をしようと試みる。
「確か、石で囲った窯みたいなやつ作った方がいいんだよな。」
動画ではそうだった。
見よう見まねでまだ見えるあたりを探し始めた。
「ん?」
枝が一束出来た頃、宇佐は草の上に人工物を発見した。
「ビデオカメラ?」
まだ新しく、使えそうだ。
電源を入れたが、バッテリー切れのようだった。
「USB接続すれば復活するかな。」
誰かの落とし物か?中身を確認できたら返してあげようと思い、それを大切に持ち帰ることにした。
次の日。
「ありがとう宇佐!!昨日は本当にありがとう!!」
朝、メガネのひょろりろとした彼は、教室に入ってくるなり宇佐の両手をつかんだ。
「良かった。梅島君が無事で。」
「宇佐!また庇ったのか!!」
同じような仲間が宇佐に群がる。
そしてそのぼろぼろの顔を見て羨望のまなざしを向けた。
そう、その中では宇佐は神様のような存在なのだ。
「俺達、宇佐の事は絶対見捨てないからな!!」
「お前かっけえよ!どうやったらそんな人間になれんだよ!」
「困っている人を助けるのは当然だよ。」
と、痛々しい顔で笑った。
「なんだよあいつ。」
芦屋はそれが鼻についたのか、思わず遠い席から呟いた。
「宇佐?」
芦屋の席の前に立っている皐月がチラッと宇佐を見た。
「何正義ぶってんだよ腹立つ。」
「それにしてもまた派手にやられたね。先生が虐待疑うのも変じゃないよ。」
「あほだろ。」
「それより本当に大丈夫か?今日も休んだ方がよかったんじゃないか?」
「大丈夫。派手に動かなきゃな。」
「そう。早退するときは無理しないでちゃんと言えよ。」
「ああ。」
ガラッ
「あら?今日は彼女は?」
二時限目、真っすぐ保健室に来た芦屋は早速保険の先生に疑われた。
「計ってやるよ。熱あるから。」
「見なくても分かる。だるそうね。咳は出てないの?」
「出てない。」
「喉は痛い?」
「少し。」
「のどの薬あげる。薬は持ってきた?」
「ああ。」
「早退した方がいいんじゃない?顔が真っ赤よ。」
「部屋にいてもしょうがねえし。」
「彼女に看病してもらったらいいじゃない。」
「そういう関係じゃない。」
「え?そうなの?付き合ってないの?」
「付き合ってねえよ。」
「そーなんだ。じゃあ先生が今日看病してあげるわね。」
「寝てるだけでいい。」
芦屋はだるそうにベットへ向かった。
「マスクする?乾燥してない?」
「いらねえ。」
芦屋はそのままジッとしていると、いつの間にか眠っていた。
だが、その快眠を邪魔する音が眠りから目覚めさせる。
ガラガラ
「あの…。」
声がカーテンの向こう聞こえた。
先生ではない。あの若い先生はいつの間にかいなくなっていた。
芦屋はその何をするかわからない不安げな声が鬱陶しくて仕方なかった。
「誰もいないのかな…。」
しかもその声が聞こえるたびにイライラしてくる。
そいつの声が嫌いなあのカマ野郎にそっくりだったからだ。
芦屋の眉間に皴が寄り、もう少しで舌打ちが出そうだ。
「…しょうがない。待つか。」
「チッ。」
芦屋はしまったと思った。
その発言に舌打ちが自然と出てしまったのだ。
「誰かいるんですか?先生どこに行ったか知りませんか?」
カーテンの外から声がする。
明らかに声はこちらに向けて呼びかけている。
「あのー…。」
「うるせえんだよ。」
「え?あ、その声は芦屋君?」
「やべ。」
つい出てしまった。
でもうざくてしょうがなかった。
「先生知らないかな。」
「今日はいない。」
「そうなの?でも朝見かけたような気もするけど。」
「…。」
「ごめんね芦屋君。僕この間変な事言ったよね。」
「…。」
「渡部君が一昨日の体育で君の事言っててさ、その気持ちが本当なんだってわかったんだ。本当に友達同士だったんだなって。」
「…。」
「でも、そういう病気なら渡部君だけじゃなく僕たちにも言ってくれればいいのに。絶対助けになってあげられる。」
「うるせえんだよさっきから!!頭が痛えんだよ!!」
「ごめんね。」
宇佐はそんな罵声が聞こえてもハハッと笑い飛ばしていた。
「芦屋君は霊とか呪いとか信じる?」
「人の話聞いてたか?」
「あの山の出来事どう思う?」
「知らねーよ。」
「そう…。昨日僕山にずっといたんだけどね、昨日真新しいビデオカメラを拾ったんだ。」
「…。」
「気になって、今日早朝家に帰った時にパソコンでバッテリーを復活させて中身を見たんだ。」
「面白いもの映ってたか?」
ガラガラ
「あれー?宇佐君どうしたの?顔がすごい痛々しい。」
いいタイミングであの保健の先生が戻ってきた。
「また世直しごっこして怪我したんでしょ。駄目よそんなんじゃいくつ命があっても足りないわ。」
「そうですね。でも体が勝手に動いてて。」
宇佐の話は完全に先生との会話に持っていかれていた。
芦屋はそのカメラの話がすごく気になったが、自分から聞き出すのが悔しいとも感じた。
周囲の説得から、怪我のためやはり早退する話を聞いて、芦屋はまた寝始めた。
お昼。
いつものように二人で一つの机を使う芦屋と渡部。
芦屋の顔はなにか思い詰めていた。
「悩み事?」
「いや。」
「今日はどうするの?」
「何が?」
「帰り。神田さんと帰るの?」
「さあな。お前はどうせ部活やってくんだろ。」
「うん。これだけはどうしてもやめられなくて。」
「…。」
「なんだよ。そんな顔して。」
「別に…。」
「そもそも神田さんはどんな男が好きなんだろう。」
「あいつ一生独りだろ。あんな愛想のない女誰がもらいたがるんだよ。」
「それ君が言う?でも神田さん美人だから。今は思春期みたいなのもあるのかな?社会人になればもっと落ち着くと思うんだよね。」
「美人ねえ…。」
「彼女のどこがいいの?」
「生意気なところ。」
「え?」
「生意気でむかつくところ。」
「そこ好きになるかな普通。けど、似てるよね卓と神田さん。」
「似てる?」
「冷淡で何考えてるかわからないところ。」
「確かに何考えてんだろうなあいつ。」
芦屋は窓側の神田を見た。
相変わらず一人でご飯を食べている神田。
誰が誘っても従うこともなく、一人でいることに苦痛を感じていない。
孤高の華。皆のイメージは大体そんな感じだ。
「まだ気持ち断ち切れないの?」
「…決めた。俺あいつと一度でーとする。」
「は?」
皐月が菓子パン片手に府抜けた声を出してしまった。
「それで徹底的に嫌う。」
「デートじゃないんじゃないのそれ。デートって何するかわかる?」
「男と女が歩いて飯食えばデートだろ。」
「解釈が杜撰すぎないか?」
「それであいつとは今後話もしなくていい。」
「どういう理論?」
皐月は首を傾げた。
「なあいいだろ?あいつを嫌うためのでーと。」
「いいだろ?って、神田さんが了承しないと。」
「了承したらいいんだな?友達辞めるとか言ったらぶっ殺すからな。」
「なにもかも本末転倒だよ。」
「変な事言うんじゃねえよ。決めた。俺あいつの顔面にコーヒーでもぶっかけてやる。」
「…。」
皐月は苦笑いをしてた。
それに心のどこかで軽い気持ちで見ていた。
まさか、あの神田さんがそんなこと了承するはずないと。
「メアド交換したの?」
「ああ。」
芦屋は指を何回も上下左右動かして文を打つ。
「なんて書いたの?」
「でーとしろ。」
「それはダメだろ。」
「じゃあなんて書けばいいんだよ。」
「うーん…。と言うか、デートで押し切るつもりなの?」
「でーとだろ。」
「絶対変なテレビ見ただろ…。好きなように送れば?」
芦屋はそれを聞いた途端、送信ボタンを押した。
そして二人はこっそり神田をさり気なく観察する。
すると、震える鞄からスマホを取り出した。
「…。」
指を何回か動かし、目が画面を読む。
神田はすぐ芦屋の顔をちらっと見た。
「…。」
そして真顔で返信を返したようだ。
「きた。」
芦屋がそのメールを開いた。
「なんて?」
皐月もそれとなく覗いてみる。
「嫌。」
「一文字で帰ってくるメール始めてみたよ。」
「…。」
芦屋はまたメールを送る。
でーとしろ。
そしてまた返信がすぐに来る。
嫌。
「もうやめなよ。十分距離あるからデートしなくていいよ。」
「腹立ってきた。」
「何考えてんだよ。ストーカーは法律に引っかかるぞ。」
「今日だ。今日あいつの顔面にコーヒーかけてやる。」
「ええ?停学になる事はやめろよ。」
「…。」
芦屋の我儘はだれにも止められない。
一度決めたことは果たさないと気が済まない性質 (たち)なのだ。
「…。」
神田はもう返事の帰ってこないスマホを終うと、おにぎりをかじった。
放課後。
皐月は理研部の部室へと消えた。
ものすごく心配していたのに、普通に行ってしまった。
「…。」
芦屋は神田の席を見る。
もう荷物がない。
さっさと練習に行ってしまったようだ。
「どうするか…。」
芦屋はとある一つのルールだけは頑なに守っていた。
それは放課後の帰りまで神田に話しかけない事。
それを破ったら彼女の本当の堪忍袋を破ってしまうと考えていたからだ。
人前で話しかけてほしくないのは気持ち的にわかってしまう。
皐月に最初に話しかけられた時もそうだった。
今は放課後。話しかけるのにはあと4時間かかる。
4時間短縮できる方法はないのか?
「そうか。」
そうだ、なら部活を止めればいい。
芦屋の思考回路は単純明快だった。
「神田先輩!!今日も凛々しくてカッコいいですね!!」
「ありがと。」
一方、神田は弓道に勤しんでいた。
一年の女の子達が神田の完璧な構えに興奮している。
「あーカッコいい。神田先輩って的を射るのも完璧だし、フォームも綺麗だしあこがれる。」
「そうだよね。完璧…。」
一年後輩の女子たちが羨望のまなざしと固唾を飲んで見守る中、静かに的に狙いを定める。
一年後輩だけではなく先輩も同級生も見惚れる程美しく感じる。
そして、神田が矢を放とうとした時だった。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!!
「きゃ!?何!?」
弓道部の皆がその突然のけたたましい音に耳をふさぐ。
神田も思わず弓と矢を床に置いて耳をふさいだ。
「きゃー!!?見て!!!」
一年女子が入り口まで行って叫ぶ。
「ここの通路先の空き教室が燃えてるわ!!」
なんと、帰るための通路の先の教室から煙が出ていた。
「行ってみよう!」
その先輩の一声で神田以外の野次馬たちがその場から消えた。
「…。」
その緊急事態で放心状態でいたその時。
「きゃ!!?」
神田は突然誰かに手を引かれた。
「芦屋君!」
いつの間にか、違う扉から中に入ってきた芦屋が無言で彼女の手を引く。
「どうしたの?」
「これで弓道ができなくなったろ。」
「何が言いたいの?」
「どっか行こうぜ。」
「本気で言ってる?」
「本気だ。」
「…。」
神田の眼はどんどん鋭くなった。
この騒ぎも彼なんだろうと、すぐわかった。
「すごいことするわね。こんな事して…。」
「俺はお前を嫌いになるために。」
「…はあ。」
神田はため息をついた。
怒る気力すらない。
「メール見ただろ。」
「見たわ。話も聞こえてたわ。デートって私を嫌うことが目的なの?」
「ああ。お前を心の底から嫌うことにした。別れだ。」
「…いいわよ。」
「本当か?」
「これで終わりなら。いくらでも付き合ってやるわ。」
神田は荷物をまとめ始めた。
しばらく神田の着替えを待っていると、二人は裏口からひっそりと学校を出、裏道からどこかへ歩き始めた。
「本当に火をつけたの?」
「落ちてた火のついたシケモクをたまたま見つけて煙焚いただけだ。そこのゴミ箱にトイレットペーパー投げてタバコ吸う奴のやらかしたボヤってことにした。」
「行動力あるわよね。芦屋君って。」
「まあな。」
「それで?私に何をしたいわけ?」
「お前を嫌いたい。」
「勝手にしていればいいでしょ。」
「出来ないからこうなったんだ。」
「…渡部君のため?」
「あいつ、俺がお前と仲良くすることにえらい反対しててよ、なんかしらねえけどキレてて。お前を嫌わなきゃ絶交させられる。」
「友情を取ったのね。」
「けど、訳わかんねえ。お前と仲良くして何が悪いんだよ。理解できねえな。」
「私を傷付けないためなのかもね。」
「それも聞いてる。けど、仲良くするのもダメなのか?」
「私か彼なら間違いなく彼の方がいいわ。その心配もわからなくもない。」
「…。」
「あなたが大きなワニを飼ってたとして、見ず知らずの人間に簡単に触らせる?」
「…そう言うことなのか?」
「そうよ。」
「俺はワニなのか?」
「渡部君は大切なワニを殺処分されないように必死で過保護に守ってるのよ。誰かに噛み付かないために。」
「…。」
「それで?どうしたら嫌ってくれるのかしら?」
「俺の家来るか。」
「それ本気で言ってる?」
「そこらの喫茶でもいいけど手持ち無い。」
「なんで誘ったのよ。嫌いとか言って殺すつもり?」
「何でだよ。嫌か?俺の部屋。」
「…。」
神田は喫茶店の中を見ると、同じ制服の学生が二組いる。
それに
「大丈夫?芦屋君。」
「あ?ああ。」
「…。」
彼の体調が優れない。
風邪をひいていたのはわかっていたが、本当にこの人は何も計画性がないのがよくわかる。
「あなたの家へ行きましょう。」
結局行くことになってしまった。
芦屋と神田がまた並んで歩く。
雨の日以来またこの道を二人で通った。
遠回りの末30分くらいで着くと、芦屋は自宅の扉を開けた。
ガチャ
「入れよ。」
「お邪魔します。」
神田は辺りを見渡し、後について行く。
「そこ座れよ。」
神田は言われた通りテーブルの隣に座る。
「なんか飲むか?」
「お気遣いなく。」
「…。」
「…。」
芦屋はそのままリビングに戻ってテーブル越しに彼女の対面に座った。
まるでお見合いでコミュ障を発揮している男女のように沈黙が続く。
「やっぱりなんか飲むか?」
「いいわ。いらない。」
「…。」
芦屋はそっぽを向く彼女の顔をまじまじと見る。
「帰ってもいい?」
「まだ駄目だ。お前を嫌えてない。」
「私に躊躇しているんじゃない?嫌えないから。」
「…お前の顔面にコーヒーぶっかければなんとなると思った。」
「やりなさいよ。嫌いになれるなら。」
「…。」
「私がかける?」
「…。」
「芦屋君?大丈夫?」
バタッ
芦屋は突然後ろに倒れた。
神田は慌ててすぐに近づこうとした。
「助けるな…。」
「…。」
「駄目だ。もうこのまま帰れよ。」
神田は迷ったがそのまま荷物をまとめて帰ろうと鞄を持って立ち上がった。
「やべえな…。」
去り際に、芦屋のか弱い声を聞いて玄関前で立ち止まる。
その荒い呼吸がどうしても気になる。
「ここで殺しておくべきかしら。」
「ん…。」
芦屋はいつの間にかそのまま気絶していたが、何かの物音で目を覚ました。
見ると、ベットの布団が体にかけられていておでこに熱さまシートが貼られていた。
「…。」
体を起こしてあたりを見ても神田はいない。
さっきの物音は神田が玄関の戸を閉めた音だったようだ。
そしてメモ書きがテーブルにあった。
-あなたの事嫌いだけど、見殺しにする程ではないわ。-
「なんだよ。あいつ。」
ムカつくが、そのメモを捨てることはできなかった。
「駄目だ。あの女には敵わねえ。」
芦屋はその暖かい布団に潜った。