第六話
「どうしたの?渡部君。もしかして芦屋君の事気になってるの?」
あのツインテール女子がニヤニヤしながら皐月の顔を見上げた。
ドッジボールを観戦する皐月の隣にさり気なく座るツインテールの彼女。
「いや、そんな事ないよ。」
「やっぱり彼氏がいないと寂しいよね。」
「彼氏?」
「野々花!!」
彼女の横の黒髪のショートの子が思わず注意した。
「渡部君はどうして芦屋君を選んだの?」
「選んだ?友達になったのかってことだよね。」
「そうそう!!やっぱり、何か特別な運命とか感じた?」
「うーん。」
皐月は苦笑いをして見せた。
「いいんだよ。渡部君。こんな奴の質問に答えなくたって。」
「どうして一緒になりたいと思ったの?」
「…運命感じたからかな。」
「ええ!?本当!?それでそれで!?」
「確かに俺達って外から見れば奇妙だよね。全然キャラも違うし。…俺この学校に来た目的も実は卓なんだよね。」
「えええええ!!!?」
彼女は興奮のあまり体育館で一番大きな声を出し、痛い視線を浴びた。
「野々花!!」
「冗談だよ。ごめん。実は先生に仲良くしてくれって頼まれたんだ。なんで俺にしたかはわからないけどね。それでその内本当に仲良くなっただけだから。」
「ええ?そうなの?でもすごいよね。あの芦屋君とずっと仲良くできるなんて。」
「まあ俺もここまで続くとはね。」
「渡部君。その傷とかって…。」
黒髪ショートの彼女がずっと気になっていたことを聞いてみた。
「ああ、これは芦屋にやられた。あいつなんか変な病気もちで精神的ストレスを抱えると噛む癖があるんだ。」
「か、噛む?」
「噛むって、渡部君の皮膚を?」
「あんた何興奮してんの。」
と言いつつその話に興味津々な黒髪彼女 。
「そう。あいつそれを隠して生きてるから友達作らず一人でいたみたいだよ。」
「そうなんだ…。私芦屋君と一年の時同じクラスだったけど、確かに誰とも話さずずっと俯いてた。しばらくして学校来なくなっちゃったけど、そんな事情があったんだ…けど、芦屋君にそこまでして一緒に理由って何?」
ツインテールを余計に揺らしながら彼を見た。
「守ってやりたいと思ったんだ。この先もあいつは俺にしか話すこともできないと思うしね。」
「そ、それって…。」
野々花は目をキラキラさせながらまた皐月を上目で見つめる。
「ほら、終わったよ。」
それを遮るように黒髪少女は野々花の手を引っ張った。
「ああーん。いい所だったのに~。」
教室に戻る廊下。
そこにもあの二人が皐月にくっついて歩いていた。
「でも芦屋君が人間らしくなってよかったよ。あんな風になったのも渡部君のおかげだね。」
「萌々香も好きねえ。ふふ。」
「やめてよもう。でも、芦屋君も恋するようになるなんてね。」
「恋?」
渡部がその黒髪ショートの萌々香のセリフにキョトンとした。
「神田さんに恋してると思うんだよね。芦屋君。話し相手がいないと神田さんの方ばかり見てるし。」
「…。」
「あー!渡部君嫉妬してる!!?」
「少しね。」
「ありがとうございます!!」
野々花はそのセリフで満タンの電池を突っ込まれたかのようなテンションになっていた。
「え、渡部君知らなかった?」
萌々香がキョトンとしていた。
「いや、それは恋じゃないと思う。一回二人の間に確執があったから。」
「そうなの?でもあの目は恋だと思うよ。とても敵対してるような目じゃないかな。」
「どうしてそう思うの?」
「女の勘かな。」
萌々香がそう言って頬を指先でかいた。
ガラッ
「あ。」
野々花と萌々香が声を上げた。
そこには神田と芦屋がすでにそれぞれの席で大人しく座っていた。
その様子は、冷え切った夫婦の茶の間のような、お互いの存在を無視するかのように座る二人がいた。
「あれ、私の勘外れてたかな。」
「かもしれないね。」
皐月はそう言うと微笑した。
「神田さんと保健室にいたの?」
「ああ。」
昼休み。早速皐月は先ほどの話を彼に吹っ掛けた。
「居心地悪かったでしょ。」
「まあまあだな。」
「ずっと寝てたのか?」
「ああ。」
「その割に足とおしり濡れてない?」
「ちょっと外の空気吸った。」
「ふーん…。」
「なあ。」
「ん?」
「神田がもし、俺の接近禁止令を無くしてくれたら普通に話してもいいか?」
「なんで?」
皐月の飲み物を飲む手が思わず止まった。
「神田さんがそう言ったの?」
「いや、言ってない。」
「彼女の事好きになったの?」
「好き?」
「気になるの?」
「少し。」
「食べたいって事?」
「そうじゃない。ただあいつと話したいって思うだけ。」
「…。」
「ダメか?」
「辞めておいた方がいい。彼女を怖がらせるなって言っただろ。」
「…。」
「たとえお前が神田さんを好きになっても、向こうが拒絶してたら間違いなく大事になる。彼女だけはやめておいた方がいい。」
「…。」
「何しょぼくれてんだよ。よく考えた方がいいぞ。俺以外に理解ある人間に接触すること。」
「理解示したらいいのか?」
「え?」
「大事にせずに理解示したらいいんだろ?」
「そんな事したら、俺はお前と絶交する。」
「は?」
「それでもいいなら好きにすればいい。」
「…。」
「俺はそれくらいお前の事が心配なんだ。わかってくれ。」
「トイレ。」
芦屋は明らかに機嫌悪そうに立ち上がり、教室を足早に出ていった。
「認めるわけにはいかない。」
皐月はうつむきながら呟いた。
「はあ。」
芦屋は大きなため息をついた。
まさかあそこまで拒絶されてると思っていなかった。
皐月はきっと笑って二つ返事で了承してくれると思ってた。
なのに、あんな冷たい言い方されるとは。
「…。」
外は猛烈に雨が降っている。
今の心の中が外にそのまま反映されたようだった。
こういう落ち込んだ時この先をふと考えてみる。
自分はこれからどう生きていくのか、どうなっていくのか…。
この高校生活が終わって、皐月ともきっと離れ離れになる。
その時俺はどう生きていけばいいんだろう。
きっといまの生活が終わったら俺は、浮浪者にでもなって誰にも相手にもされず道端で腐るしかないだろう。
そうならないと、世の中の迷惑になる。
「もうどうにでもなれよ…。」
芦屋はそう言って屋上の三階へ向かった。
放課後
まだ皐月に意地を張ったまま帰りを迎えた。
皐月は大人の対応で、その時の芦屋にはあまり話しかけないように徹している。
今日はサヨナラの一言もなく、二人は教室で別れた。
「一回帰るか。」
残り4時間、芦屋はマンションの方へ一人向かった。
スマホには神田のメアドが。
簡単に名前だけを書いてメールを送るがまだ返事はない。
まだ雨はやまない。
皐月に傘を持って行けと言われる日は必ず持っていくから、急いで帰る必要もない。
「…。」
その間何度も時間を気にする。
時間はまだまだ先だ。
ガチャ
徒歩20分を歩き終え、自分の部屋の扉を開けた。
誰もいない部屋の電気をつけると、そこには住んで二年目とは思えないほどすっからかんな部屋だった。
雨の音を紛らわそうとテレビを見ても、ちっとも面白くない。
テレビを見て笑ったことはないが、この何もない静寂に耐えられなくなると点けたくなる。
「…。」
そういえば、今日の朝親から仕送りの手紙が来ていた。
送った仕送りの金額と、今月の家賃を払い終えたとの連絡だった。
それ以外何も書いてない。
「…。」
親と、弟には会っていない。中三の終わり、俺だけ他県を引っ越すときの別れの時から。
さぞ清々したことだろう。悩みの種を取り除けたんだから。
トラウマに暴れる俺は、弟の誕生によって完全に邪魔ものになっていた。
親はそんなことは言わないが、父親がいない昼間に暴れる不登校児に、母親は何度も何度も泣いていた。
これから先、あなたの生活は保障するから、だけどもう家に帰ってこないでと言われた。
それからはずっとここに一人。
感染症の患者の様に隔離された気分だ。
俺は誰かに触れてはいけない。
話しかけてもいけない。
ただ人間社会を生きるためにやり過ごして生きるしかない。
誰からも必要とされず、一人腐って死んでいく。
この部屋で。孤独死とかいうやつ。
ー卓、俺たち地獄行きだ。人を食ったんだからなー
「…。」
一人の時はあの時の、あいつのセリフが胸を締め付ける。
そうだ。俺は死んだ後も苦しまなきゃいけないんだ。
安菜を食べて、あいつと同じになってしまったから。
「はあ…くそ。」
だんだん動悸が激しくなってきた。
一人になると、抑制が効かなくなる。
― 卓。俺は先で待っててやるからな。死んだあと地獄からお前を迎えに来てやるから。-
「あああ…くそ…。来るなよ…。」
そんなのあるわけない。
地獄なんて。死後の世界は何もない。
「行くわけないだろ…。いるわけないんだ…。」
心の不安がどんどん大きくなる。
今そこのキッチンからあいつが出てきそうだ。
いや、向こうのクローゼットから。
そこのマンションの下に黒いワゴン車が停まっているかもしれない。
「いないって言ってるだろ!!!」
芦屋はうずくまって声を荒げた。
全身から汗が流れ、動悸の激しさが痛く感じる。
こういう状態になると嫌な事ばかり浮かぶ。
最悪なことになるとあいつが襲いに来る。
「来るな来るな来るな来るな…。」
あいつは死んだんだ。
死刑になったんだ。
本物じゃない。
殴ってこない。
「卓。」
ギシ
「!?」
誰かがこちらに来る。
今確実に玄関の床板の軋みを聞いた。
「違う違う違う…。違うんだよ…。あいつはいない。いるわけないんだよ…。」
目から大量の涙がぼとぼと零れた。
恐怖で全身が震える。
「やめろ…。やめろよ…。」
その黒い物体は芦屋を探すように目の前のリビングを徘徊していた。
さっきからずっと同じところを徘徊している。
「…。」
少し冷静になった芦屋は冷蔵庫へ手を伸ばした。
ガチャ
そこの扉を開けると、血生臭いにおいが鼻を直撃する。
その黒い物体はそれで気づいたのか、こちらへやって来た。
人型でもなく、もやのようなものが集まった黒い気体。
芦屋はそれをあの男だと信じて疑わなかった。
その中の肉の塊を一つ取り出すと、芦屋はそれを滅茶苦茶に貪った。
「食ってる…ちゃんと食ってる…。お前が望む通り…。」
泣きながら黒い物体に許しを請うように食べ続ける。
「だから地獄に連れて行かないでくれ…言いつけは守るから…許してくれ…。」
「…。」
その黒い物体に口が見えた。その口は口角を上げ歯を見せて笑った。
そして、そのままなくなった。
「…ぐっ…ううう…。」
芦屋は悶えた。
口を血塗れにして、しばらく床に頬をつけて心を落ち着かせることにした。
「…。」
午後八時。
一方神田は、制服に着替えなおし、スマホ片手に戸惑っていた。
名前だけ書かれたメッセージで芦屋と確認するが、返信をなんて返せばいいか迷っていた。
「…。」
今終わった。
と、シンプルな文面を作った。
数秒間が空いた後、ようやく送信ボタンを押した。
すると、すぐ返信が来た。
「教室で待ってろ…。」
その短い一文が来た。
「遅い。」
神田は教室で20分待っていた。
なんかあった?と送っても芦屋の返事が来ない。
「最低。どこまで人をコケにするのよ。」
と、ご立腹な神田は足早に廊下を出た。
「神田!!」
「え?」
芦屋が目の前に現れた。
だが、その姿に唖然としていた。
「びしょ濡れじゃない。傘は?」
「わりい。寝てた。」
「傘くらい持ってきなさいよ。」
「急いできたから忘れた。」
「…。」
芦屋の歩く道に水滴の足跡が残る。
シャワーの後何も拭いてない状態という感じの芦屋は、無言で神田の隣を歩く。
「メールで言えば私一人で帰るのに。風邪ひくわよ。」
「ひいたっていい。」
「寒そうね。唇青いわよ。」
「死にはしないだろ。」
「これあなたに意味あるのかしら。」
神田は自分の大きな傘を広げた。
そこに芦屋が中に入り、相合傘で帰ることになった。
「お前家どこなんだよ。」
「こっち。」
「真逆だな。」
「近いの?」
「徒歩20分。」
「そう。なら送ってあげる。」
「でも帰りお前ひとりだろ。」
「いつも一人で歩いてるわ。」
「この前不審者出ただろ。」
「あなたより危険な人物私は知らないわよ。」
「…着いたら傘持ってくる。」
「気持ちだけでいいわ。」
「…。」
「ありがと。」
「え?」
「歩きましょう。」
二人はようやく校門を出た。
「こんだけ遅くなって親は心配しないのか?」
芦屋は早速話題を吹っ掛けた。
「親とは今一緒に住んでないの。」
「俺と一緒だな。」
「そうなの?生活はどうしてるの?」
「仕送り。金は全部向こうが。」
「そう。私もそうだわ。」
「親と仲悪いのか?」
「今はもう和解した。だからお金送ってもらえるのよ。」
「ふーん…。」
「芦屋君は?」
「俺はもう絶縁した。家族とはもう関わらない。」
「…。」
「神田は将来の事とか考えてるか?」
「別に…。やりたいこともないわ。」
「どうすんだ?」
「普通に仕事して普通に結婚でもできたらいいんじゃない?」
「普通だな。」
「普通が一番よ。」
「…。」
「芦屋君はどうするの?」
「俺は…。」
「何も決めてないの?」
「何にもなれねえよ。このまま親の金で死んでくだけだ。」
「…。」
「向こうがいつ切るかもわからねえし。俺は金が無くなったら終わり。働くこともできねえ。」
「治療できないの?」
「精神科に通ったけど無理だった。もし皐月がいなくなったら今の俺も全てなくなる。」
「依存してるのね。」
「あいつが彼女とか作って結婚したら、俺は存在を消す。それが幸せな道なんじゃねえかな。」
「そんな死に方したくない。他人の幸せを羨みながら死ぬなんて。」
「結婚したいやついるか?」
「いない。私もずっと一人かもしれないわね。」
「お前は普通だろ。俺くらい不安になることはない。」
「まあ、そうね。」
「じゃあな。」
「ええ。お休み。」
マンションの下で手を振る神田。
芦屋はその後ろ姿を見送った。
「…。」
びちゃびちゃの芦屋は体を縮ませてエレベーターに乗った。
「…風邪ひいたな。」
火曜日
朝の登校。
「頭痛い。」
「なんだよ。部屋戻れよ。」
皐月はダルそうな芦屋の肩を掴む。
そしてそのまま芦屋の部屋に逆戻りした。
「制服新しいの出したの?」
「ああ。昨日ずぶ濡れになったからな。」
「昨日傘持ってただろ。とりあえず熱計ろう。」
意識朦朧とした芦屋は、再びそのまま飛び出したままのベットに逆戻りした。
「学校遅れるぞ。」
「そんな顔真っ赤なのに置いていけない。」
皐月はすぐさま体温計の計りを探し当て、芦屋の口に突っ込んだ。
「なんで学校行こうとしたんだ?」
「いけると思ったんだよ。」
「お前、俺を見てる目線が上むいてたぞ。」
皐月は呆れながら芦屋の家の冷蔵庫を開けた。
「相変わらず…豚の肉の塊なんてどこで買ってくるんだよ。」
「8度。」
「病院行くか?」
「いい。寝てる。」
「昨日どこか行ってた?」
「なんで?」
「なんかあったのかなって。」
「なんも。」
「神田さん関係だったりして。」
「は?」
芦屋は思わず体を起こした。
「図星なんだ。」
「ち、違う。」
「おかゆ作ってあげるから寝てていいよ。」
「…。」
芦屋の顔は一気に神妙になった。
皐月のその態度を見ると、芦屋からは怒っているように見える。
「おまたせ。豚の肉の出汁入りおかゆ。」
「さんきゅー。」
芦屋はそのおかゆの乗ったお盆を膝の上に乗せた。
「昨日神田さんと帰ったんでしょ。」
「な、なんで知ってんだよ。」
「当てずっぽ。」
「…そんな怒るなよ。」
「彼女はなんか言ったの?」
「一緒には帰ってくれるとは言ってた。」
「ふーん…。」
「…。」
「いいよ。神田さんと仲良くすれば。けど俺はお前とはもう仲良くしない。」
「何でだよ!!!」
「彼女じゃお前を支えることできないだろ。」
「支えるって、そういう仲じゃねえよ…。」
「時間の問題。俺だけでいいんだ。お前を支える人間は。」
「だけど…。」
「神田さんを傷つけたくないだろう?」
「傷つけるわけじゃ…。」
芦屋は悲しそうな顔をして口を閉じた。
「これを見ろ。」
と、皐月が己の傷だらけの手を芦屋の目の前に
置いた。
「神田さんにこの傷をつけるつもりか?」
「…。」
「つけたいなら勝手にすれば。何度も言うけどお前のために言ってるんだ。」
「何も考えたくねえ。」
「…今日は一緒に居てやるよ。」
「学校行けよ。」
「また暴れるだろ。」
皐月は部屋に入りながら真新しい壁の傷を見つけた。
「誰かいれば安心するだろ。そこのコンビニで何か買ってくる。何か食べる?」
「任せる。」
芦屋は目の前の朝飯を食べ始めた。
ガチャ
マンション下のフロント。
数十分後、皐月は栄養剤やわざわざ薬局で買ってきた薬を片手にマンション下まで来ていた。
芦屋から無言で借りてきた、マンションのオートロックのカギを回し、エレベーターで五階に向かう。
「ただいま。」
ガタガタ!!!
「!?」
芦屋のいるリビングから激しい物音がした。
その異音に靴を脱ぐことも忘れて突撃すると、芦屋はベットから落ちてもがき苦しんでいた。
近くにあった芦屋の机の椅子はなぎ倒され、教科書の入ったカバンもキッチンの方へ投げられ、筆箱の中にあるはずのシャーペンや消しゴムがあちこちに床に散乱していた。
「どうした!!!発作か!?」
「ぐっ…。うううううう…。」
人を知らない野良犬の様に唸り、歯を食いしばっている。
これはあのいつもの症状だと確信した。
「大丈夫。お前の全部妄想だから。一時的に病んで心が弱ってるだけだから…。」
皐月はそう言ってうずくまる芦屋の背後から優しく抱きしめた。
「はあ…はあ…。」
「落ち着いたか?これ飲んだから大丈夫だ。」
「…ああ。」
「この薬、薬の研究してる父の特別な薬なんだ。精神安定剤のもっといいやつ。」
「落ち着いてきたみたいだ…。」
芦屋は再びベットに寝かされた。
先ほど作ったおかゆも床の上で無残なことになっている。
「悪いな…。」
「いいって。寝てていいよ。」
「…。」
「俺さ、将来お前のために薬を開発しようと思ってるんだ。」
「俺のために?」
「お前のその症状を無くす薬。そうすれば、社会でも生きていける。」
「…。」
「きっと今のこの事も未来には笑い話にできるくらい、とびっきりいいものを作る。」
「俺に人生捧げていいのかよ。何の得もないだろ。」
「もしこれが開発できたら、他の違う中毒患者にも使えるかもだろ。」
「飲めねえよ。絶対まずいだろ。」
「ははは。今のところ被験者は芦屋しかいないからね。そこは我慢してもらわないと。」
「さっきので考えちまった。確かに俺は神田に近づかない方がいいのかもな。」
「…。」
「近づけば近づくほど大きな傷つけちまうんだよな…。」
「大切に思うのなら彼女の幸せを願ってみたらどう?治ってからでもいいと思うけどな。」
「治るのかこれ…。今まで何やっても駄目だったけどな。」
「治るよ。絶対。俺が大学に入ってもっと勉強したら。」
「何年かかるんだよ。…期待してるぞ。」
芦屋はそう言って、布団の中に頭を突っ込んだ。