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芦屋物語  作者: 愛犬元気。
2/17

第二話

その日の夕方十六時。


周りが夕暮れに染まり始めた頃、芦屋は図書室の扉を開けた。


図書室など授業の一環でしか行かない、読書と無縁の彼は、サボりでいない図書室の受付をなんとなく通り過ぎた。


そして有名芸能人と明朝体がでかでかと載ったカラフルな週刊誌を適当に取っては、スッカラカンな図書室全体を見渡した。


偏差値レベル平均以下のこの高校では、誰もそんな生真面目な奴がいないのも頷ける。


「ん?」


だが、よく目を配ってみると一番奥の席に黒い物体が上半身をテーブルにつけて伏せっていた。


女だ。


黒髪を一本に縛った女だ。


「…こいつ。」


思わず眉にシワが寄る。

顔は見えないが、この一本縛りに心当たりがある。



「あの女だ。」


あの昼間の女だ。

確か…神田とか言ったような気がする。


昼間の嫌な出来事が脳裏によぎる。

元はと言えばこいつの発言が元でああなったんだ。


芦屋はその怪訝けげんな表情を崩さずに彼女の寝ている真正面側へと座った。


顔を伏せ、右手を机の上に投げ伸ばしている。

どうやら完全に寝ているようだ。


「…。」


怒りもどこ吹く風か、徐に持ってきた週刊誌を横に静かに置くと、その彼女の投げ出された手を観察し始まる。


「白い。…美味そう。」


その白い手を掬い、触って見る。

やはり女の手は柔らかい。



「…。」


芦屋は昼間のような、何かに取り憑かれたような目をし、気づけばその彼女の指を何本か口に入れた。




後ろの野球部の掛け声がうるさいくらいに聞こえる。


「…ん…。」


誰かの雄叫びの後、その黒髪一本縛り女が右手の違和感に気付いた。


ゆっくり目を開けると、そこには自分の右手の指が3本、誰かに食べられていた。


瞳孔がカッと開いたその刹那、彼女は近くにあった重いセロハンテープを左手で取り、噛まれていた指を思いっきり引っ込めた。


彼女の存在に気づいた時にはもうセロハンテープが芦屋の頭に直撃し、彼はそのまま椅子ごと後ろに倒れた。



「何してんのよこの変態!!!あんた頭おかしいんじゃないの!?」


「…ッ。」


「なんとか言いなさいよ!冗談でも笑えないわよ!」


彼女は興奮気味に噛まれた右手をハンカチで包んでいた。


幸い軽い噛み跡だけがうっすら残っただけだった。



「く…くくくくく…。」


芦屋は腫れた頭を利き手でおさえながら、不気味に彼女に歩み寄った。


まるでゾンビのように、ゆらゆらと笑いながら彼女を上目で睨みつける。


「お前を食ってやる。ぜってえ許さねえ…。お前に俺の何がわかる…。」



「ちょっと!気持ち悪い!本気で大声出すわよ!!!」


「お前にこの苦しみ分けてやろうか!ああ!?」


芦屋がそう彼女に襲いかかろうとしたその時


「!?」


芦屋は何かに気付いた後、強引に神田の体を自分に引き寄せた。


「いや!」


神田が何度か暴れたその時



バリーン!

と、後ろから何かが破片と共に飛んできた。



その音に彼女も動くのを辞め、状況を整理する。

彼の肩越しに見える赤い床には野球ボールが転がっていた。


そして、ガラスの破片が床に沢山散らばり、校庭がざわついている。


「いっ…。」


「だ、大丈夫!?」


二人が離れると芦屋の左手の甲から血が滴り落ちていた。


「あのクソ野球部。許さねえ。」


「…保健室行きましょ。」


「は?」


「怪我してるじゃない。早く。治療しなきゃ。」


神田はその場から逃げるように図書室から出て行く。


芦屋も渋々荷物を取り、彼女の後について行った。




「うそ…。」


神田は保健室にかかった小さなボードに落胆した。


『カウンセラー室にいます。』


このボードがあると、治療はまず先生には頼れない。



「…来て。」


神田が振り向きもせず扉を開ける。


2人はそのまま保健室に入った。


「座って。」


患者と医者の席に2人がそれぞれ座ると、近くにあったボックスに手を突っ込んで目的のものを探す。


ガーゼと包帯とテープを取りだすと、ガーゼを使って芦屋の甲から流れる血の仕方に取り掛かる。


「そこまで深くはないみたいね。これならすぐ治るわ。」


と、冷え切った熟年夫婦のような淡々とした言い方であっという間に芦屋の手は綺麗に包帯が巻かれた。


「これでおしまい。」


「お前も血がついてる。」


「え?ああ、これあなたの血よ。治療中についたんでしょう。」


と、冷静に手をティッシュで拭こうとした。


ガシャン


黒い丸い椅子から急に立ち上がった芦屋は、銀の医療用のハサミをいつの間にか握っていた。


神田はまた目を丸くして彼の狂気的な猫のような目に釘付けだった。



「悪く思うな。」



逃げる間も無く、芦屋はそのハサミを持った右手で彼女の頭の上に振りかざそうとした。


ガラッ



「やめろ卓!!!」


ハサミに目を奪われていると、今度は目の前の男が突然視界から消えた。


体が硬直しながら、辛うじて窓側に避難すると、2人の男が床に倒れ暴れていた。


「離せ!!!!!ぶち殺すぞ!!!



「いいのか卓!!!そんな事したらあいつが迎えに来るんだぞ!!!」


あのクラスで好青年で社交性のあるメガネの渡部皐月が鼻血を出しながら声を荒げている。


いつも仲良くしている対照的な彼に馬乗りになり、ひたすら怒鳴り散らしている。


「卓!!目を覚ませ!!地獄から迎えに来るんだぞ!!!あのフードの男が!!」



皐月がそう言うと、彼の頰を殴る手が止まった。



「あいつが…?」



その瞬間、芦屋の目の前には黒いフードをかぶった男が現れた。

その男はおぞましく恐ろしく、馬乗りの下の芦屋の首を鷲掴みにしながらニヤニヤと笑っている。



そしてもう片方の手には鋭い包丁が頭の高さより上に掲げられていて、今にも振り落としてきそうだった。


その男は不気味にニヤニヤ笑いながらこう言った。



「卓。お前は俺と地獄行きだ。もう普通の人間には戻れねえ。」







それは今から9年前の事だった。



その頃から一人ぼっちになる気はあったが、今思えばその頃が人生のピークだったような気もする。

9年前の9月にかわいい近所の女の子と遊んでいた。


近くの公園だった。その女の子と初めて会ったのもこの公園だった。

名は安菜。僕の一つ年上の天使のような女の子だった。


いつも決まって夕方に遊んでいた。彼女は確か小学生ながら英才塾に通っていて、通学路の公園にいるそこでいつも一人でいる僕がずっと気になっていたらしい。

英才塾をたまにさぼるようになった彼女とほぼ頻繁に遊んでいた。



臆病すぎて友達ができなかった僕に彼女は救世主のようだった。

彼女に胸の内を明かしたとき、その天使は黒髪を揺らしながら微笑んで抱きしめてくれた。

可愛い水玉のワンピースが似合う安菜ちゃんと、この人気のない夕方の公園で遊ぶのが楽しみで日課だったんだ。





―なあお嬢ちゃん。お兄ちゃんと遊ばない?-



安菜ちゃんが車に乗せられた。

いつの間にか、変な黒ずくめのフードを被った男が公園前に黒いワンボックス車を停めていた。


先に目をつけられた安菜ちゃんが手を引かれて強引に連れていかれた。


僕も怖くなったけど、彼女の事が心配で追いかけてちゃっかり一緒に乗り込んだ。


その様子にそのフードの男は戸惑うこともな、寧ろ嬉しそうに後部座席にいる僕たちに笑いかけた。




それから一か月近く。僕はその連れてこられた山小屋に監禁された。



その男は僕たちを小屋の中に入れるなり豹変した。


その小屋は物置小屋だったのかなんだったのか、天井にある梁がだいぶ朽ち果てていた。



だがこの男が改装したのか、窓があった場所には雑に板をバッテンに張り付けられていて釘を打ち付けられていた。


ドアには南京錠と鎖が巻き付けられて、一切の出入りを禁止された。



僕たちはその狭い小屋の隅にいて、その刃物に怯えながら二人より添っていた。



「安菜ちゃん。僕たちどうなっちゃうのかな…。」


「大丈夫よ。大丈夫。誰かが気付いて私たちを助けに来てくれるわ。」


「…。」


「そんな顔しちゃだめだよ。あの人もしかしたらお金目的なのかも。私たちはその人質なんだよ。だから、うまくいけば大丈夫…。」


そう彼女は言うと優しく抱きしめてくれた。

けどその抱きしめる手も声も震えていて、その絶望にただ涙が零れた。


僕たちが監禁されて三日たった頃、男は安菜ちゃんを殺してバラバラにした。



僕はそのおぞましい光景をただ見ていることしかできなくて。

あのフードが人差し指の先を案菜ちゃんに向けた瞬間の出来事だった。



その男は慣れた手つきで安菜ちゃんの遺体を捌いた。


そして彼女の口の中の舌を引きちぎると、それを僕の口に突っ込んでおぞましい顔で笑った。


「お前、こいつ全部食べろ。そうしたら返してやるよ。三日も何も食ってないんだし余裕だろ?」



男は舌につけたピアスを光らせて、その舌を左右に揺らしながら変な色で加工した眼を向けてくる。


耳に複数のピアス。頬に入れ墨。

母親に読んでもらった絵本に出てくるどんな怪物よりも怖いと思った。




「ほら食えよ。殴り殺されてーのか!!!!」




ガバッ


「うわああ!!?」




「大丈夫か卓!」


そこにはフードの男の怖い顔ではなく、あのいつも気にかけてくれる優しい男の顔が飛び込んできた。


どうやら保健室のベットで寝かされていたようだ。

カーテンが360度視界を覆って、そこにはベットの端に座る皐月だけがいる。


いきなり体を起こした芦屋に、心配そうに顔を覗いてきた。


「ああ…。悪いな。俺またやったんだろ…。」


四の五の言う前に大体何が起こったのか分かっていた。

こういう風に頭が痛くて、全身の毛穴から汗が放出していて、皐月の顔面がボロボロなのは

また罪の数を増やしたということに決まっている。




そしてそれを見て後悔して、何をしたのか真っ青になりながら思い出してきて…。


「大丈夫。問題は解決したよ。」



「ごめんな…。またお前に甘えちまった。」


「いいって。お前の過去の苦しみに比べたら大したことない。苦しみが少しでも和らぐならそれでいいよ。」


「…いいんだぜ。友達辞めたって。そんな傷だらけで無理して俺といる必要なんかない。」


「何言ってんだよ。大丈夫だって言ってるだろ?つれないこと言うなよ。」


傾いた眼鏡を手で微調整しながら、絆創膏で貼られた痛々しい顔が笑う。


「変な噂も出てるだろ。俺がお前の弱味を握って仕方なく一緒について来てるとか、殴られながらパシリにされてるとか。」



「勝手に言わせときなよ。そいつらに俺たちの何がわかるんだよ。何も気にしないで。俺が卓を守ってあげるから。」

 


「お前って、なんでそんな優しいんだよ…。」


思わず泣きそうになった時、皐月は先ほどとは打って変わって曇った表情で深刻な話をした。



「ごめん。でも神田さんには話してしまったよ。卓の過去の事。彼女には少し迷惑をかけすぎたし、あのままなら表沙汰になるもの時間の問題だと思う。卓、しかも神田さんを図書室で襲ったんだろ。なんでそんな事…。」


「あいつに昼間キモイって言われたのが腹立った。けど、あいつの新鮮な温かい手を見てたら疼いた。その後、血を見た時にはもう我慢できなくなってた。」


「もう学校では問題は起こすな。それと神田さんにもう関わっちゃダメだ。過去の事話したら彼女も黙ってくれるって言ってくれた。でもそれは芦屋の今後の態度による。また変なことしたら次はないと思って。俺に誓えるか?」



「ああ。誓う。もう、学校では大人しくしてる。」


芦屋はそう言ってまだぐるぐるする頭を抱えた。



翌日。



「あれ?どうしたの?渡部君顔に痣があるよ。」



男にしては顔の可愛すぎる男、宇佐川洋吾うさがわようご通称宇佐と呼ばれている男が話しかけてきた。


なにかと正義感が強く、他人の問題に突っかかっては返り討ちにされる男である。

余りのウザさに絡んだ不良もたじろぐレベルだ。



そんな彼が朝一番、教室に入ってきた二人のもとへやって来たのだ。



「ちょっとね。ぶつけちゃったんだよ。」


そんな会話をしている間に、芦屋はすぐに自分の席へとそそくさ行ってしまった。



「待って渡部君。君さ、もしかして芦屋君に何か弱味でも握られてるの?」


「へ?どうして?」


「渡部君高校入学の時は違うグループで楽しそうにしてたのに、二年になってから芦屋君と一緒にいるから。それで、いつも体のあちこちに傷つけてるでしょ?もしかしてと思って…。」


「いじめとかじゃないよ。またいつもの考えすぎじゃないの?」


「でも、昨日見ちゃったんだよ。芦屋君が君の指に噛みついてるの。きっと買ってきたご飯が気に入らなくて、それだけで君に八つ当たりしたんでしょ?」


「考えすぎだよ。」


「この指。まだ絆創膏に血が滲んでるじゃないか。その頰の痣も…僕なら渡部君の相談にも乗るよ?それと芦屋君に言えない事があれば僕が言ってあげる!」


「そ、そう。でも本当に何でもないから。じゃあね。」


皐月は逃げるように宇佐から離れた。



「おい宇佐。お前あそこはタブーだぜ?」


すると、それを見ていた宇佐の友達が肩に手をのせてきた。



「けど、今もああやって怯えながら芦屋君のもとへ向かって行ったんだよ。」


「だから触れるなよ。芦屋ってだけでも近付きたくないのに。けどそれともう一つ変な噂があるの知ってるか?」


「何?」


「芦屋が人を殺してるって噂だ。」


「ええ!?」


宇佐の驚き用に一瞬みんなの視線が集まった。


「声大きいぞ。」


「ごめん…。けどなんなのそれ。本当なの?」



「嘘だと思うけど、あの芦屋だからな。何考えてるかわかんねえし、やりそうっちゃあやりそうだしな。」


「どこからそんな噂が?」


「いや、なんか俺の友達が心霊同好会のメンバーでさ、ここの先にある大嶽山おおだけさんあるだろ?そこの麓の樹海が有名な心霊スポットなんだ。それで、芦屋を見たって言うんだ。」



「ええ?」


「真意のほどはわかんないよ。芦屋に似た男ってだけだしな。そいつが血まみれで人を殺してたらしい。けど見たのホラ吹きの内田一人だったから90パー嘘だな。」


「…。」






「はあ。」


皐月は芦屋の席の前でため息をついた。しかしその顔は少し笑っている。


「宇佐って本当おせっかいが好きだよね。いい奴なんだけどさ。」


「誰?」


「嘘だろ?俺に話しかけてきた女みたいな顔の男。」


「ああ、さっきのやつか。」


「お前が俺をいじめてるって言ってた。」


「そいつか?変な噂流してるやつ。」


「いや、宇佐はそれに踊らされてるだけだと思うよ。あんな調子だと厄介ごとに巻き込まれて死んじゃうんじゃないかって思うこともあるよ。」





ガラッ


教室の扉が開く音に芦屋の目がそっちに持っていかれた。


その人物は芦屋と同じくらいの 冷淡なイメージが強いあの女子生徒だった。



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