表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
芦屋物語  作者: 愛犬元気。
16/17

第十六話

「どうしてこんな事したの?渡部君の中で何が狂ったの?」


蓮本が外に向かった後の小屋の中。

宇佐の荒い息だけが聞こえていた。




「ずっと信じてたのに…。」



「宇佐が見てた渡部皐月は偽物の方だよ。こっちが本当。」


「いったい何があったの?」


手首と足をロープで縛られた皐月に血だらけで気絶しそうな宇佐が彼に話しかけた。


「俺が卓の名前を知ったのは、八歳の時。あの頃はまだ幸せだった。俺には一つ年上の可愛い姉さんがいたから。」


「さっきも言ってたね…。」



「俺も卓もお互いその頃は何不自由無かったと思う。けど、あの事件でお互い人生が狂った。」



「渡部君がどうして…?」



「その一緒に誘拐された女の子は俺の姉の安菜だった。」



「そうなの!?あの事件の女の子が?」



「新聞には個人情報は載ってないはず。報道規制がかかったから。あまりにも凄惨すぎてね。」



「…。」


宇佐は言葉を失っていた。

まさかそんな事情があるとは微塵にも思っていなかった。


「大好きだったんだ。彼女の事。まさか、あんな若くして死ぬとはね。しかも、公園でたまたま遊んでた男の子に食べられるなんてさ…。」



「だから一緒にいようと思ったの?彼を支えたくて?」



「そうだよ。彼女を失ってから、生きていく自信が無かったんだ。最初の頃は何度も死のうと思った。そのうち俺も精神科通いになって…。でも、中学入った頃にようやく卓がどこに引っ越したかわかったんだ。だから、親に無理を言って一人でこっちに来たんだ。芦屋卓と友達になるために。」


「そんな事情があったんだね…。」


バラ


暗い闇の中でロープが千切れ床に落ちる音がした。



「渡部君!?」


「宇佐。ありがとう。」


「え?」










「芦屋君…。」



宇佐と蓮本が小屋に入ってすぐ、神田の前にフードを被った男が現れた。



そいつは足でドアを蹴っ飛ばして閉めると、持っていたサバイバルナイフを向けた。

 

「芦屋君!!目を覚ましなさい!私のこと忘れたの!?」


神田が自分の顔をライトで照らしても、芦屋は口元も変えずにそのナイフを振りかざした。


ガッ!!!



「!!?」


神田が咄嗟にしゃがむと、ナイフは小屋の木造の壁に突き刺さった。


「…。」


芦屋は無言でそれを引っこ抜こうと必死になっていると、神田はその隙にそこから地を這って抜けた。


「あなた程強引な人見たことない。あなたが私にしたこと、全部覚えてないの?都合よく忘れて殺すの?」


ナイフを抜こうとする彼の背中に神田はそう呼びかけた。



「やっぱり最低ね。芦屋君も結局その他の一人よ。」


「…。」


芦屋はナイフを取れずに振り返った。


そして、彼女に向かって歩き出した。



「殺す。」



「この変態!!」




神田がそう言って後ずさりしたその時




「キャアアアア!!」


神田はよく見えない足元の小石に引っかかり、そのまま後ろに倒れた。



「!」


神田がその下の枯葉の崖に体が傾いたその時、芦屋の手が彼女の腕を掴んだ。


そのまま前に腕を引っ張られ、神田はまた彼に抱きしめられた。



「…ありがとう…芦屋君。」


「神田?…なんで来たんだ。」


我に返った芦屋が驚きながら彼女を一層強く抱き締める。


「相変わらず抱きつくの好きね。あなたの言葉を信じて見ただけよ。」


「気づかなかったら殺してた。」


「どうしたの?その目…。」


神田が芦屋の首元にライトを当てる。彼の目の痛々しいガーゼを見て驚いた。



「渡部君に?」


「…いや、これは俺が悪いから違う。」



「もう渡部君の言いなりになる事なんかないわ。例え恩があってもこんな事されて黙っていたら殺されるわ。」


「逃げろよ。」


「嫌よ。あなたを連れて帰るまでは。」


「…。」


神田は芦屋の腕を掴んで彼の顔を見つめた。


「私たちと帰りましょう。芦屋君。学校もちゃんと行くのよ。」


「…。」


「私も、あなたのこと支えるから。」


「毎日話してもいいか?」


「いいわ。でも、あまりしつこくしないで。」



「弁当も三人で食ってくれるか?」


「渡部君がいいならね。」


「そうか。」


芦屋はニッと笑った。




「神田ーーーー!!!」


近くで蓮本の声がした。


へこんだ懐中電灯がこっちに当たると、蓮本はギョッとした。



「芦屋てめえ!神田に触んじゃねえ!!!!」


と、ナイフ片手に叫んだ。


「宇佐川君は?」



「中にいる。渡部皐月はぐるぐる巻きにしてやった。」


と、用意していたロープをピンと張った。



「とりあえず神田から離れろ。」



蓮本は冷静に二人を剥がした。


「芦屋、やっぱりあの薬は幻覚剤だ。お前はあいつに操られていただけだ。本人がさっき直接俺に言った。俺たちが来るのもわかっててここに来たんだぞ?お前に神田を殺させようとしたんだぜ!」



「…。」


「あんなやつと付き合うのやめろよ。あいつはお前を利用して人殺しする危ない奴だ!」




「悪く言うな。あいつの事…。」


「目を覚ませよ。お前が思ってるほどあいつはいい奴じゃない!!」



蓮本がそう説得していたその時



「そいつの言うこと信じるの?卓。」


「!」


皐月の声が暗闇から聞こえる。

ライトを当てると、彼が血まみれの宇佐を後ろから抑えてナイフ片手にこっちを見ていた。



「俺を置いて神田さんの元へ行くの?」


「皐月…。」


「あいつ、殺してもいいか?」


蓮本がナイフを構えた。


「二人ともやめて!」



「芦屋。神田さんを殺して。今すぐ。」


皐月は冷酷にそう芦屋に言い放った。



「…。」




「早く。」


「お前、それをさせるために今日ここに来たのか?」


芦屋が彼の怖い命令に口を震わせながら言った。



「そうだよ。お前を邪魔する奴らがわざわざ来てくれるって言ったからね。」


「神田を殺すなんて…。」


「いつものように獣みたいに襲って殺せよ。お前が好きな女の肉だろ。」


「いつもって、お前いつもいたのか?」


「お前のために木に矢印描いたのも、死体の血や臭いをごまかすために小屋を真っ赤にスプレー撒いたのも俺なんだよ。金曜日の都市伝説をネットで広めたのもお前のため。自殺遺体を作ったのも俺。全部お前のために…。」



「なんだと?」


蓮本も神田も驚愕していた。


「この際だから言うよ。卓のその異常行動は全部俺の薬のせい。お前があの頃のフードの男を見るのもこの幻覚剤のせい。これでお前を調節して、俺から離れないようにしてたのは事実だよ。」


「嘘だそんな話!!皐月はいつだって優しい顔で俺には微笑んでたろ?あれ嘘なのかよ!」


「嘘だよ。」


あまりにも残酷に即答した。



「あははははは…笑えるよね。俺はこのままでよかったのに。こんな事になるならすぐさま監禁して縛っておけばよかった。少しでも同情した俺が馬鹿だった。」



「…。」


蓮本も神田も芦屋も皐月の変わり様に怯えていた。



「お前はなんで、俺に近づいたんだ…なんでそんなことしようと思ったんだよ!なあ!!俺の過去を知って傷つけるのがそんなに楽しかったのか!?」


感情的になった芦屋を神田は後ろから強く抱きしめた。



「姉さんが死んだ後、精神科通いになって見かねた父が俺に薬を使った。夢の中でいつでも会える薬を。それがこの薬。」



「なんの話だよ…姉さんって…?」


芦屋は静かに混乱していた。



「でも、その幻想も薬の耐性がついてついに会えなくなった。だから、芦屋卓に直接会いに行って彼を姉さんと見る事にした。彼の腹には彼女が宿ってるから…。」



皐月は今までのうっぷんを晴らすように、狂ったように話し出した。


「だからね、俺はそれで幸せだったんだ。だって、姉さんとご飯食べたり、迎えに言ったりできている様な気がして。噛みつかれても、酷いこと言われても我慢できた。姉さんが卓のお腹にいるから。」


「お前…安菜の弟か…。」


ドサッ



芦屋は膝から床に崩れた。


「そうか…じゃあ俺が今まで見ていた優しい渡部皐月はただの虚像だったんだな…俺の目玉をぶっ刺したお前が、本当のお前なんだな…。」


と、地面にへたり込んで子供の様に泣きじゃくっていた。


「ずっと友達だと思ってたあいつは、朝迎えに来てネクタイ直すあいつは…アホなこと言ったら呆れて笑うあいつは…薬を作ってくれるって言ったお前も全部全部全部…。」




「幸せだったよ。姉さんとその日々を過ごせて。ご飯作ったことも、病気で看病したことも…冗談で笑ってたことも。でももう終わり。これで何もかもね。」


「お前は俺のこと、一ミリも見てなかったんだな…。」

 

芦屋は力なくそう答えた。


「ごめんね。芦屋卓。残念だけど地獄へは一人で逝って。俺は君のお腹の中の姉さんと一緒に天国へ行くんだ。」



ドサッ


と、動かない宇佐川を横に捨てた。





「人の言う事を聞かない器は割るだけだ。」


皐月は中華包丁を目の前に出して来た。


それに蓮本が小さな果物ナイフで威嚇する。



「こんな残酷な話聞きたくなかった。お前はどれだけの人間の心潰せば気が済むんだよ…。芦屋になんでそんな酷い事言えるんだよ…お前らを見ていた俺の目が偽物だったのか?なあ!」



「どいて。君には用はない。」


「芦屋は殺させねーぞ!!お前の思い通り死なせてたまるかよ!!」



ガッ!!!


「うわっ!!?」


蓮本の果物ナイフがとんだ。


流石に中華包丁には勝てない様だ。


「どいてくれる?」


「あんな話聞いてどけるかよ。お互い気の毒だ。お前ら悪くねえよ。けど、芦屋もお前もまだ生きてる人間だ。妄想語ってんじゃねーよ!」


「うるさい!!!」


「やめて!」


神田が無防備な蓮本を守る様に、中華包丁めがけ自ら持っていたライトを投げた。



ライトは横に落ちると、視界は何も見えなくなった。



「うお!!」


暗闇で皐月に一発蹴りを食らう蓮本。



ダダダダダ



蓮本から皐月の気配が消えると、一直線はどこかに走る足音がした。



バッ!



「おい!!」


蓮本がボコボコの懐中電灯をあわてて照らすと、皐月が芦屋ごと後ろの崖にまさに突き落として落下していくのが見えた。



「芦屋君!!!!!」



神田が叫ぶと、蓮本は慌てて下を照らした。


だが暗闇一面に二人の姿が見えない。


「クソ!!どこだ!!かなり下に落ちたぞ!」


「駄目!飛び降りるのは危険よ!」


蓮本の男気を見たが、神田は腕を引っ張る。


「周っていきましょう。死んだら元も子もないわ。」


「あいつらまず生きてんのかよ。」




蓮本と神田はライト片手に下へ遠回りに降りる事にした。






「うっ…。」



皐月はボロボロに額から血を流しながら体を起こした。


突き落とし一緒に崖を転がった芦屋は、彼の下で虫の息だ。



皐月が彼の頬の深い傷を撫でると、芦屋は目を覚ました。


「皐月…?」



静かに芦屋の服をめくると、そこに中華包丁の刃先を当てた。



「いままでありがとう。卓。」


「なあ、置いていかないでくれ…。頼むから…。俺も一緒に…。」


「ごめんね。でもそれは無理だ。あの時から、公園で遊んでいた時からお前は邪魔だったんだよ。」


グサッ!!!



「!!?」


芦屋のへその上に中華包丁がドスッと刺さった。


血がドクドクと流れ、裂けた皮膚から口から血があふれ出た。


「あ…がっ…。」


「待ってて。今出してあげるからね。」


中華包丁をノコギリのように使って芦屋の腹を肉ごと切っていく。



その壮絶な痛みに、芦屋も彼の腕を爪を立てる程掴んで抵抗していた。

それでも刃は徐々に芦屋のへその下までを血を溢れさせながら切っていく。


「死に…た…ない…。」


死んだらあいつが迎えに来る。

地獄からあいつが笑って手招きして、またあの地獄の日々を永遠…。

 




かつての友達が、目を見開いて己の腹を切り裂いていく。

腸が裂いた真ん中から飛び出していた。



芦屋は必死に首を横に振っていることしかできなかった。


「姉さん…おかえり。」



皐月は返り血を浴びながら、芦屋のお腹の裂け目を血まみれの手で優しくなぞった。


「もしあの時君が姉さんに食べられていたらよかったのに。」


彼はボソッとそう言った。


空を見上げたその表現は、すべてが終わったような、とても安らかな顔をしていた。







「芦屋君!!!」




すると、ライトを持った神田が二人を照らした。




「あいつなにやってんだよ!」



蓮本は慌てて二人のもとへ走り、芦屋の腹を切った皐月を横に突き飛ばした。




「なにこれ…。」


腹を裂かれた芦屋を見た神田は、口元を押さえて泣いていた。


血まみれの彼に駆け寄ると、神田は彼に抱きついた。


「死んじゃ駄目よ芦屋君!お願い死なないで!」



神田は大粒の涙を流しながら意識のない彼を必死に呼びかけた。







「くるな。」


皐月は芦屋から離れた後、血まみれの中華包丁を蓮本に向けた。



「姉はいたのかよ。」


「見えたよ。天に昇ってく所。キラキラした光の粒子がね。」


「やっぱりお前も薬で馬鹿になってんだな。」


「もう卓には用はない。あいつが地獄で苦しもうが俺にはどうでもいい。あとは、俺が姉さんを追いかけて、あの前の日からやり直すんだ。」



皐月は半笑いで、中華包丁を自分の首元に持ってきた。



「やめろ!」


「巻き込んでごめんね。でも、もう苦しむのは嫌だから。俺も卓も。…待っててね。姉さん。」



頚動脈にあてた中華包丁を思いっきり引くと、皐月は首からおびただしい量の血を吹き出して倒れた。



「うっ…!」



蓮本は思わず目を背けた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ