第十四話
「馬鹿みたいなこと言うな。これが毒だって言うのかよ。」
「分からないわ。でも確かめたいの。ただの精神薬なら私には何もないはずよ。何もないならなんでもないでしょ?」
「嫌だ。俺にメリットはねえよ。」
「あるわ。あなたのその苦しみが少し和らぐかもしれない。」
「皐月を悪く言うなよ。あいつが俺に毒?そんなわけねえよ。」
「いいから一つ飲ませて。」
「…。」
芦屋は頑なに首を横に振った。
「どうして?」
「知りたくねえよ。そんなこと。」
「そんなこと言うなんて、本当は心の奥で疑っているんじゃないの?」
「そんなわけねえだろ!皐月が言ったんだよ。これは普通の人が飲んじゃいけねえって。俺の体質に合わせた俺用の薬なんだってよ。」
「言ったもん勝ちじゃないそんなの。」
「お前はあいつが嫌いなのか?」
「そうじゃないわ。そうじゃない。」
「いくらお前でもあいつのこと悪く言うのは許せねえ。やっぱあのクソ野郎と付き合った方がいいんじゃねえのか?俺のことはもういい。これで最後にしようぜ。」
芦屋はその場から去ろうとした。
「どうしてそんなこと言うの?私は本気で心配してるのよ。それに、あなたが私の腕を引っ張り続けたんじゃない。」
「…。」
その言葉に、芦屋は立ち止まる。
「怖いかもしれないけど、確かめることも必要よ。それに、私は遊び半分で言ってない。」
「あいつしか俺を支えられない。俺は自分で立つことが出来ねえんだよ。」
「支えるくらいなら私もできるわ。」
「え?」
芦屋は思わず振り返る。
「見ようとすればなんでも見れる。あなたは彼の手の内にいるから見えなくなってるだけよ。あなたは普通の人間よ。社会でだって生きていける。」
「そうなのか…。」
「鳥籠の鳥みたい。今のあなたは。空も飛べなくなるくらい甘やかされて閉じ込められてるみたい。渡部君の籠から出たら?」
「お前、なんでそこまでして…。」
「あなたが私をこうさせたのよ。」
「俺、普通に働いて生きていけるのか?結婚とかもできるのか?」
「出来るわ。あなたは普通の人間よ。人食いじゃない。だいぶ変わった性格の人間。」
「そうか。」
芦屋の無愛想な顔にすこし光が射したように、彼は顔を上げた。
「ありがとな。神田。」
「ひっ!?」
芦屋は神田をギュッときつく抱きしめた。
「っ…もういいわよ。」
しかし、芦屋の腕は解かれることはなかった。
「お前が支えてくれるなら俺もお前を支える。」
「え?あ、あれは深い意味じゃない。」
「お前のこと好きだ。」
「!?」
耳元でそんな甘いセリフを言われた神田は、顔を真っ赤にして硬直した。
「嫌いよ!」
バシッ
神田は芦屋の胸を突き飛ばした。
「はあ?」
「あなたのその天然のそれが嫌いよ!」
「…。」
「また明日!」
神田はそう言って足早に去って行った。
「変なやつ。」
芦屋はそう言ってまだ彼女の温もりの残る自分の体を抱きしめた。
「はあ…はあ…。」
芦屋は急いで教室に戻ってきた。
机の上の椅子を下ろしている掃除グループが芦屋を不思議そうに見つめる。
「どうしたの?芦屋君。そんな汗かいて。」
さっきの女子がまた聞いてきた。
「ま、まだ皐月は帰ってきてないよな…。」
「うん。まだ。」
と、汗塗れでほうきを用具入れに片付けた時だった。
「卓。」
「!」
慌てて振り返ると、前の戸から皐月と数人のクラスメイトが入ってきた。
なんの疑いもなく芦屋に近づく皐月。
その優しい笑顔が今は恐ろしく感じた。
「どうしたの?そんな汗かいて。」
「いや、掃除頑張っただけ。」
「そんなに必死でやってたの?息切らして?」
「じゃあ風邪かもしれねえな。」
「…。」
皐月は汗まみれの芦屋の額に手をあてた。
「全然熱くないよ。」
「多汗症なんだよ。」
芦屋はそう言って椅子を下ろす作業を手伝いに行った。
「神田!」
蓮本は嬉しそうに下駄箱前にいた神田に話しかけた。
「やっと放課後だな!とっとと喫茶行こうぜ!」
「ええ。」
「あいつらはもう先に帰ったみたいだな。」
「そうね。二人の靴がない。」
と、離れた二か所の下駄箱を見た後、二人はそのまま校門を出て神田の住む地域の駅近の喫茶店に着いた。
空いてる席に通されると、二人は椅子に着席した。
それぞれ注文すると二人の席にコーヒーが置かれた。
「なんだよ。一杯500円ちょっとじゃねえか。ケーキとか食うか?」
「遠慮するわ。二人でってことよ。それより何か有益な情報でもみつけたの?」
「なんも。俺には芦屋も愛想良くねえからな。お前は?」
「何も。ただ、私もあの薬飲みたかった。」
「やめとけよ。幻覚を見るぞ。」
「私には何が見えるのかしら。」
「さあな。襲ってくる芦屋とか?」
「薬、持ってないの?宇佐川君の。」
「まだ飲んでないのが一つ。」
「また飲むつもりなの?」
「いや、決心つかねえ。夜一人で飲んだら蛾に殺されそう。」
「…芦屋君、自立したがってる。」
「自立?」
「本当は普通の人のようになりたいみたい。」
「普通って、あいつやっぱり…。」
「渡部君はどうしてあそこまで彼を育てようとするのかしら。他人を寄せ付けないほどに。」
「だからゲイなんじゃねえの?恋愛感情あるなら納得するだろ。それか芦屋はそれに気付いてないんだよ。」
「それならいいのよ。まだ、それだけならね。」
「どういう事だ?」
「私はそれ以上にもっと違うものを感じる。勘だけど。その、洗脳って言うのがあっているような気がするわ。」
「洗脳か…生物兵器にでもする気かよ。」
「さあ。けど、彼はあのまま芦屋君を育て続けるのが目的みたいね。それは間違いなさそう。」
「明日山へ行ってみる。」
「やめなさいよ。死ぬかもしれないわ。」
「この目で芦屋見つけて捕まえれば全部わかるようになると思うぜ。言い訳出来ねえしな。」
「そんな簡単に行くと思ってる?」
「さあ。喧嘩なら負ける気がしない。」
「…私も行ってみようかしら。」
「は?それこそやめろよ!危険すぎる!」
「あなたが守ってくれるんでしょ?」
「…マジで言ってる?」
「大マジ。」
「わかった。少し危険すぎるデートだけど、お前の俺に対する態度も変わってるはずだぜ。」
「…。」
神田はまだ温かいコーヒーを一口飲んだ。
「良かった風邪じゃ無いみたいだね。」
その頃、皐月は芦屋の家で彼から体温計を受け取った。
「だからもう下がったって言ったろ。」
「でも心配だから。」
「…。」
「今日さあ、掃除が終わった後そこにいた女の子に聞いたんだ。」
「は?」
「芦屋ちゃんと掃除してた?って聞いた。それでなんて返したと思う?」
「…わりぃ。ちょっとサボってた。めんどくさくなって。」
「『俺に会いに行ったと思ってた。』なんて言ってたけど、本当はどこに行ってたの?」
と、キッチンでまた肉を捌きながら後ろ姿がそう言った。
「べ、別に。だるくてトイレで寝てた。」
「どこの?」
「いちいち覚えてねえよ。」
「ふーん…。」
「なあ皐月。」
「ん?」
「俺も社会で働けると思うか?」
「働きたいの?」
「いや、普通に自立して普通に働いて行けたらなって。」
「お待たせ。」
皐月は肉をさばいて作ったカレーを芦屋の前に持ってきた。
「いつもありがとな。」
「自立して働けばいいよ。だけど、そんな急に出来ないでしょ。」
「なら自立したら俺結婚とか、できるかな。」
「頑張り次第だよ。卓の。」
「よかった。お前ならそう言ってくれると思った。」
「でも今のままでは無理だよ。社会は学校ほど甘く無い。」
「どうなったらいいんだ?」
「薬の処方が無くなったら。あの山にも一切行かなくなったら。人の指に噛みつかなくなったら。」
「…。」
「いつになるかはわからないけどね。」
「本当そうだな。」
と、芦屋はカレーを一口入れた。
「うまい?」
「うまい。」
「良かった。」
「なあ皐月。この薬ってちゃんと効いてるんだよな。」
と、胸ポケットから小瓶を取り出した。
「効果弱い?」
「違う。これってちゃんとした薬だよな。」
「神田さんに何言われようとそれはれっきとした薬だよ。」
「神田なんて俺は言ってねえぞ。」
「そうやって物を尋ねて来るの、誰かに入れ知恵されたからでしょ。やっぱり会ってたんだ。」
「おまえの勝手な解釈だ。」
「スマホかして。」
「…。」
芦屋はまたドキドキさせながらポケットから大人しくスマホを取り出した。
「ずっと前からおまえのスマホに隠しアプリを入れておいたんだ。俺のスマホと連携ができるアプリ。」
「はあ?」
「俺がいない時に、俺がスマホをいじれば勝手に盗聴も写真も撮れたり出来る。」
「汚ねえよ!そんなアプリなかったぞ!」
「隠したから。画面のどこかに。俺は既にお前が掃除の時間何やってたか把握してる。」
「…。」
「酷いな。どうしても約束守れない?」
「悪かった。」
「…。」
「ごめん。」
「やっぱりこの街を出よう。卓はもう学校行かなくていい。」
「なんでだよ。そもそも、なんでお前が俺の行動決めるんだ。自立できるって神田が言ったんだ。」
「出来ないよ。そんなもの。」
「なんでだよ!」
バシッ!!
「!?」
芦屋が反抗した刹那、皐月のビンタが炸裂した。
「いってえ…。」
「神田さんは面白いこと言うよね。鳥籠に閉じ込められてるって。でも確かに俺にとって卓は鳥籠の中の鳥だよ。だからもう明日から学校行かなくていいよ。」
「何言ってんだよ…。」
「でももう鳥籠でしか生きれないのわかっているでしょ。こんなに愛でてあげているのに、なんで他へ行こうとするか。俺が築いてきたものを他人に盗られたくないんだ。」
「いや、俺は人間だ。鳥じゃない。俺は神田が好きなんだ。あいつと結婚したい。でもお前とも仲良くしたい。それじゃあダメなのか?」
「ダメに決まってるだろ!!!!!」
皐月の聞いたこともないような大声に芦屋はまた萎縮した。
「ふざけるなよ。俺がどんな想いで今までいたと思う?」
皐月の瞳孔開ききった目が芦屋の顔にグッと近づく。
その顔は今まで見たこともないような恐ろしい顔で、何か悪いものに取り憑かれたように見えた。
「皐月…どうしたんだよお前…。」
「お前は俺の生きる糧なんだよ。手放せないんだよ。今更変えることもできないんだよ!鳥籠の鳥には羽もいらないよね。一生。」
と、いきなり芦屋の食べかけのカレーの隣にあったフォークを掴むと、それを芦屋の左目めがけ突き刺そうとした。
「なにすんだよ!!」
抵抗する芦屋だったが、体がだんだん痺れて来た。おそらくあのカレーに何かが入っていたみたいだ。
皐月は芦屋を押し倒すと、フォーク片手に左目に振りかざした。
「わ、悪かった…。た、頼むからやめてくれ…。」
「お前の顔も意思も無くたっていいんだ。」
と、抵抗できない芦屋の左目にフォークをザクッと突き刺した。
「うわあああああああああああ!!!」
芦屋の声がマンション中に響きわたる。
激痛が走ると、目の中に広がる熱い血が目からあふれ出た。
彼のまぶたの上の三つの深い穴から血が沢山溢れ出ていた。
芦屋はそのまま気絶してしまっていた。
翌日
「宇佐川!今日山へ行ってみようぜ!!」
朝、蓮本は廊下で宇佐川に早速話しかけていた。
「本当に行くの?」
「ああ。てか少し顔色良くなったか?」
「うん。蓮本君の忠告通り少し薬減らしたらね。」
「捨てろよそんなもん。」
と、宇佐の胸ポケットに入っていた小瓶を勝手に取り出し、それを廊下の窓を開けて適当に放り投げた。
「ああ!!!」
「今日家帰った後22時集合な。神田も来るからよろしく。場所は学校前。」
「神田さんも?」
「ああ。俺の株を上げてやるつもりだ!」
「なんかお気楽だなぁ…。」
教室
皐月は教室の戸を開けた。
「おはよう渡部君!あれ?今日芦屋くんお休み?珍しいね!」
「うん。ちょっと風邪ひいちゃって。」
「今日はラブラブできないね!」
「そうだね。残念だな。」
「きゃー!!」
皐月の冗談にツインテールを揺らし朝からテンションマックスの野々花。
「珍しい。本当渡部君だけなんて。いつも二人でいないのにね。」
と、萌々香が続けた。
「そうよね!確かにそう!本当は痴話喧嘩とかかもね!」
「…。」
少し離れた席の神田も、その珍しさに皐月の背中を見つめていた。
何か嫌な予感がする。
彼はもしかしたら、昨日会っていたのがバレて何かされたのかもしれない…。
相変わらず渡部皐月は変わらない。
彼以上に感情を読み取れない人はいない。
「なあ、今日あいつ休みじゃねえか。」
二時限目前の休み時間。宇佐と神田を教室から連れ出すと人気のない図書室で早速会議が始まった。
「無駄足になるかも。けど、神田さん本当に行くの?」
「行くわ。私は個人で知りたいの。」
「最悪の事もあるよ?いいの?」
「覚悟の上よ。」
宇佐の言葉に神田はそうはっきりと答えた。
「で?行くのか?まあどうせ明日休みだしな。やらないよりはやって損した方がいいだろ。」
蓮本のその意見に二人は頷いた。
「…。」
その頃芦屋は自分の部屋のベットで眠っていた。
呆然と部屋着のまま窓の外の漂う雲を見ている。
左目にはガーゼが当てられ、ゴミ箱には赤い血のついたティッシュやガーゼが捨てられていた。
左目に光を感じない。
少し開けても、視界は真っ暗だ。
あの後正気を取り戻した皐月はまたいつものような優しい友達に戻った。
優しく抱きしめて来たあいつは、目玉をぶっ刺したあいつじゃなかった。
昨日の事件で、射した光に暗雲がかかった。
それも、一生晴れないような厚い暗雲が。
皐月は悪くない。ここまで来たのはあいつのおかげなのに、あいつになら一生捧げても惜しくないと思ってたのに。
恵まれた環境になって、調子に乗ったんだ。
そんなの許されないに決まってる。
あいつを傷つけたのは俺だ。
俺が全部悪い。
「悪いのは俺だ…。」
泣くと左目に激痛が走る。
でも、涙がとまらない。
こんな目玉一つ惜しくない。
俺はあいつにたくさん助けられて来たのだから。
「…。」
リリリリ!リリリリ!
「!」
ベットの下に無造作に置かれたスマホが鳴った。
それを取ってみると、皐月からメールが入って来た。
−昨日はごめんね。どうかしてた。お詫びに美味しいもの持って帰るから待っててね。今日ちょっと付き合って欲しいんだけど。歩ける?卓次第ではすぐ終わると思うんだ…。−
「なんだ…?」
俺次第ってなんだ。
また何かしてくるのか?
−俺も悪かった。もう高望みはしない。用事ってなんだ?−
すると、すぐ返信が来た。
−美味しそうなご飯を狩りに行くんだよ。明日の朝には新鮮な肉が手に入るよ。−
「ああ…。」
山の話か。
それにしても、あいつなんでこんなに躊躇無いんだ?
一緒に山へ行くなんて、そういう事だろう。
と、疑問に思うだけでそれ以上は怖くて聞けない。
右目を潰されたら食料調達すら出来なくなる。
俺にはもう拒否権は無い。
−わかった。−
それだけ返信を返すと、メールは来なくなった。
「またどうしたの?」
皐月は呆れてていた。
その日の昼休みの終わり時、空き教室に呼ばれていたからだ。
「お前に話がある。」
蓮本はそう強気に皐月を睨んだ。
「なに?」
「お前ら二人、正体を掴んでやる。」
「そう。」
「あとこれ、お前飲んでみろよ。」
と、手のひらハンカチで包んだ一粒の錠剤を彼に見せた。
「飲んでみろ。」
「その薬、ただの精神薬だよ。」
「だから飲んでみろよ!俺には悪夢が見えた。宇佐にもな。あの芦屋だって服用してんだろ。俺は、お前があいつを操ってでかい企みしてんじゃねえかって思ってんだよ。」
「その薬飲んで頭おかしくなっちゃった?」
「はあ?」
蓮本はさらに喧嘩腰になった。
「貸して。」
皐月は笑って手のひらを彼の胸の前に突き出した。
蓮本は予想外の展開に、少したじろぐ。
「あんな大量に飲むからだよ。そりゃあどんな薬でも沢山服用しすぎたら薬も毒になるし、服用の仕方間違ってる。舌の下に溶けるまで入れておくのが正解。それやった?」
「いや、丸飲みだ…。」
「じゃあ、服用の仕方が間違ってるだけよ。その効果もプラシーボ効果のせいなんじゃない?」
「なんだよそれ。わけわからんカタカナ使うな!」
「こうやって。」
皐月は蓮本の手のひらから薬を取ると、それを口に入れた。
「あ。」
本当に飲むと思っていなかった。
まさにそんなリアクションをしてしまった。
「…ほら、なんともない。」
「そ、そんな効果すぐ出るかよ!」
「いいよ。授業サボってあげるから一時間見てくれてても。変わらないとおもう。」
「上等だ。」
「保健室行こうよ。またあの保健の先生ズル休みでしょ。」
「ズルしてんのか?あいつ。」
「前ホストクラブで見たことある。確か夜は風俗で働いているから起きれないんじゃないかな。男生徒には優しいのに、女生徒には一部キツめにあたることで有名だったけど。」
「なんでそんな詳しいんだよ。」
「行こうよ。授業始まっちゃう。」
二人はそのまま保健室へ向かった。
「あの女、そんなことしてんのか。」
廊下を歩きながら、蓮本はまだ保健の先生の裏事情の事で頭がいっぱいだった。
「若くて綺麗な先生だよね。少し丈の短いスカート履いてるから、たまに校長先生に怒られてるのを見たことある。」
「へえ…。」
ガラ
二人は保健室に着くと誰もいない二つのベットを陣取っていた。
蓮本は隣のカーテンは開けたまま、ベットであぐらをかいて彼を観察していた。
「寝てていい?」
皐月はすぐにベットに横になった。
「何ともないなら寝てろよ。」
特に焦ることもなく、いつも通りに微笑んでいる。
今まで接することが一切無かったのもあるが、こいつが顔を崩した所を見たことがない。
いつもニコニコしてる。
その顔が普段の顔だ。遠目に見てるやつでもその印象はついている。
「お前ってゲイ?」
蓮本は胸につかかっていた聞きづらい事を聞いて見た。
「俺が?」
「そうだよ。芦屋の事そう言う意味で好きなのか?たまに、なんか騒いでるクラスの女いるだろ。それなのか?」
「あれはネタでしょ。本気にしてる?」
「じゃあ、何であんな奴と一緒にいるんだよ。」
「確かに卓の事は好きだけど親友かな。」
「指を嚙みつかれてもずっと一緒にいるって奇妙だな。」
「宇佐は本当お喋りだね。でも、君たちが卓を傷つけるのは許さない。たとえそれがクラスメイトでも。」
「どういう意味だよ。」
「事実無根の噂を流すこと。俺たちをこれ以上嗅ぎまわる事。」
「お前の最終的な目的ってなんだ?」
「卓とずっと一緒にいること。」
「はあ?」
「もう十五分経ったね。」
皐月はそうニコッと笑った。
「まだだ。本当になんもないのかよ。」
「ないよ。どんな薬だって処方を間違えれば命の危険に陥ることだってある。」
「…。」
蓮本は何も言い返せなかった。
「君もそこまでして何になるの?こんな事せずに黙って神田さんと仲良くしていたらどう?卓はもう学校には来ないから。安心して独り占めにできるよ。」
「は?それどういう意味だよ。」
「そのまんまの意味だよ。」
「…違うんだよ。神田、俺と話してるときすごくつまらなそうなのに、芦屋の話題になると真剣に聞いてくれるんだ。今それがなきゃ話も成立しないし、スマホ使えないなんて嘘ついて図書館行ったりできないからな。」
「それで俺たちを犠牲にして自分たちは楽しんでいたって事?それは酷くない?」
「神田に下心全開でお前らを調べていくうちに環境も変わったし、宇佐川だって生きるのに一生懸命だし、もうタバコもやめて頑張ろうとはなった。けど、俺が今知りたいのはお前らの事だ。楽しんでいるわけじゃねえ。神田は本気で芦屋の事救ってやりたいと思ってんだよ。お前からな。」