第十三話
その日の昼休憩が終わる二十分前。
「話って何かな?」
皐月は蓮本と空き教室にいた。
「宇佐川を襲ったの芦屋だろ。それにお前も気づいてんじゃねえのか。」
「急にどうしたの?なんの話?」
「お前がいつもあいつとつるんでる理由、他にあるんじゃねえかって思ったんだよ。」
「別にないよ。気があうだけ。」
「嘘つけよ。あいつが山に入り浸る理由あんだろ。あいつ、人食いなんだろ?調べたぜ。カニバリズムとか言う奴なんだろ。」
「俺たちの事調べたんだ。でも安心してよ。卓はもう神田さんに近づかないと思うから。もうそんな探偵みたいなことしなくてもいいよ。」
「いいや。俺が完全勝利するまではそんな言葉信用しない。あいつが山で人殺しながら人食ってんじゃねえか?」
「なんでそんな飛躍してるの。馬鹿みたいだよ。」
「じゃあなんで人がいなくなるんだよ!!あの山で死体も出ねえしおかしいだろ!」
「呪いの山だもの。何が起きてもおかしくはない。」
追求される皐月は余裕そうにそうかわした。
「宇佐川が後継者にされるとか言ってた。後継者って事は、そいつは日常的にそう言うことしてるって事だよな。お前も知ってんだろそれを。」
「そんなこと言われてもなぁ。」
「俺は芦屋を百パーそうだと信じてる。それについてるお前も何か知ってるはずだ。神田を宇佐川みたいにしたら承知しねえぞ。」
「妄想で喋られてもなぁ。でも、そんな勝手なイメージつけられるのも心外だよ。そんなこと言いふらしたら流石にこっちも黙ってないよ。」
「俺を宇佐川みたいにするってか?上等だ。やってみろ。」
「そろそろ戻らなきゃ。」
皐月は時計を見て空き教室から出て行く。
「俺はお前らを調べ続けるからな。」
蓮本は出て行く彼の背中に訴えた。
「どうだった?」
黙って席に座っていた芦屋が声を掛けるが、皐月はそれを思いっきり無視して自分の席に着いた。
芦屋はまたその彼の静かな憤慨にまた肩をすくめた。
「…。」
芦屋はふと反対側にいる神田を見る。
今日は一度も話してない。
こうやって目を盗んで見ているのが今は精一杯だ。
「嚙みちぎりてえ。」
誰にも聞こえない声で、芦屋は呟いた。
その日の放課後、皐月は荷物を抱えて芦屋の席の前に来た。
「卓。今日から一緒に帰ろう。」
「部活は?」
「しばらくないんだ。だから帰ろう。」
「お、おう。」
芦屋はすぐさま立ち上がり、嬉しいのと少し複雑な心境になっていた。
「神田。俺ら駅まで一緒だろ。」
教室から連れ出される時、蓮本が神田に話しかけているのが見えた。
それに思わず体を前に倒してみるが、皐月は構いもしないでそのまま彼を引きずって行く。
「皐月。腕が痛い。」
「…。」
「怒ってんのか?でも俺今日は神田と話してないぜ。お前の言う通りにしたはずだ。」
「卓のことじゃないよ。子バエがうろちょろとウザくて。少しイライラしてるだけ。」
「…。」
「ごめんね。大丈夫。今日は嬉しかったよ。言い付け守ってくれて。」
「疲れてんじゃねえの?」
「なんともないよ。早く行こう。」
と、二人は外に出た。
「え?図書館?」
一方。神田は下駄箱で蓮本にまだ捕まっていた。
「芦屋のことについて調べてえんだよ。」
「図書館と何が関係するの?」
「あの山で起きた事件、全部見てやろうと思ってよ。」
「あなたがどうして知る必要があるの?」
「お前を芦屋から守る。」
「一人で調べなさいよ。」
「行こうぜ。お前も一緒に。あいつがどんな奴かお前に見せてやる。」
「それが芦屋君とは限らないじゃない。」
「俺覚えてんだよ。あそこで起きた事件のこと。かなりうっすらだけどな。」
「蓮本君って地元だった?」
「駅だってそんな離れてねえし、俺のじいちゃんがあの山の事俺に話した記憶がある。それから呪いの山って言うようになったからな。」
「もしそれが芦屋君だったら、あなたそれを彼に言うの?心に深く傷がついているかもしれないのに。無神経よ。」
「お前も気になるんだろ。俺と一緒に新聞漁ろうぜ。」
「スマホで検索すれば出るんじゃないの?」
「いや、何がどれかわかんねえんだよ。それに通信制限かかってるし。行くぞ。」
蓮本はそのまま彼女を図書館に連れて行った。
「いつだ?子供を監禁した事件。俺が七歳くらいだったはず。」
蓮本は新聞が挟まれた束をごっそり持って来た。
今から約六年前あたりから遡る事にした。
「確か、秋だったような。9月だったかもしれねえな。」
「…。」
神田は適当に近くにあったファイルの様に閉じられた新聞を一枚一枚めくっていた。
「そっちはあったか?」
「無いわ。」
「そうか。こんな膨大な量だからな。すぐ見つかるわけないよな。」
と、ため息をつきながらめくり続けた。
「これじゃねえか?」
探し始めて数時間。蓮本のテンションがマックスに上がった。
「神田!見つけたぞこれだ!」
「え?」
「見ろよ。このニュース。山で子供二人監禁。だってよ!」
「あまり詳しくは載ってないわね。」
「名前とかは載ってねえな。」
紙面には名前は載っておらず、ただ年齢と性別だけが載っている。
「…被害者の子供に人の肉を食わせていた。だってよ。」
「正気の沙汰ではないわね。」
「これが芦屋だったら…。年齢もドンピシャだ。」
「もうやめなさいよ。こんなデリケートな事突っ込まない方がいいわ。」
神田はそう言って立ち上がった。
「待てよ!お前の好きなもの奢ってやるからもう少し待ってくれ!」
「いらないわ。そんなもの無いもの。」
神田は先に帰ってしまった。
「…もう少し調べてみるか。」
蓮本はそう言ってまた紙面をめくった。
「芦屋はいつもこれ何にして食べてる?」
皐月は芦屋の家のキッチンで人の腕くらいの肉の塊を握っていた。
「幻覚見たときに生で食べたり、たまに切って焼いたりしてる。」
「今日は何食べたい?」
「濃いやつ食べたい。甘いタレのやつ。」
「照り焼きにしようか。」
皐月はそう言ってそれをまな板の上に乗せた。
「お前はそれ触るのに躊躇ないのか?」
「今更だよ。今まで触ってたしね。それに大きさ的にも全然豚じゃないってこともわかってたし。」
「じゃあ今までわかってて触ってたのかよ。」
「まさか。」
と、ロールケーキくらいの肉を捌き始めた。
「神田さんって料理得意なのかな。」
「さあな。」
「俺も食べてみようかな。」
「やめとけよ。それに食料調達するの大変なんだよ。」
「そっか。」
皐月はそう言いながら血だらけのまな板を洗い始めた。
「美味しい?」
皐月は芦屋の食べる姿を見て思わず微笑んだ。
「うまい。」
「良かった。なあ卓。もし、この先追われる身になったら一緒に逃げような。」
「どこへ?」
「海外とか。」
「海外?俺パスポート持ってねえぞ。」
「今度作りに行こうよ。少し値がはるけど持ってて損はないと思うよ。」
「そうなのか。お前に任せる。」
「うん。じゃあ今度作りに行こう。」
皐月はそう言って微笑んだ。
「もう落ち込んでないよね。神田さんのこと。」
「…ああ。」
「蓮本が今日俺たちのこと聞いてきた。神田さんをどうにかしたくて、お前を陥れるつもりだよ。」
「神田の話題はもういい。俺も頑張ってあいつの存在を消す。」
「もし辛いなら学校へ行かなくてもいいよ。」
「いい。普通にしてくれよ。お前だって部活行けよ。俺に気を使うなって。」
「体調は大丈夫?」
「ああ。多分な。」
「卓は幸せになれるよ。俺が保証する。」
「ありがとな。」
芦屋はそう言って頬を掻いた。
次の日
「宇佐川。分かったぞ。」
「え?なにが?」
次の日、蓮本と宇佐は人気のない学校の図書室で二人話していた。
「芦屋の過去が。」
と、切り取った新聞の端切れを制服のポケットから取り出した。
「これ、どうしたの?」
「図書館の奴取ってきた。」
「ええ?ダメだよそんなことしちゃ。」
「細けえこと気にすんな。けど見ろよこれ。この記事によると、犯人の男が誘拐したガキに人肉食わせてたらしいぜ。しかも、その人肉は一緒に誘拐してきた少女って書いてある。」
「そんな事件があったんだねあの山に。残酷だね。」
宇佐はその胸糞悪い記事に傷つき、胸をおさえた。
「名前書いてねえけど、もしこれが芦屋なら合点しねえか?これのせいでああなったとかよ。」
「だとしたら、芦屋君物凄く可哀想。僕にはわからない痛みを抱えているんだね。」
「けど、それでまた誰かを襲うのは違うだろ。それはそれだ。あいつのやってる事は悪いことだ。」
「そうだけど。でも悪いことしちゃったな。なにも知らずに土足で…。」
「もうこれ以上はわかんねえな。」
「まだ掘りすすめるの?」
「ああ。でも俺は芦屋よりも渡部皐月の方が気になる。あいつ、優しい顔して裏がありそうなんだよ。絶対何かある。」
「まだ憶測だからね。本当にこの男の子が芦屋君だとは限らないし。」
「そうだな。まだ憶測だ。」
蓮本はまた腕を組んで考え始めた。
「…あ。」
二時限目の数学の授業中、芦屋はノートを見てハッとした。
自分が無意識に落書きしていた場所を見ると、
神田
と書いていた。
それをシャーペンでぐしゃぐしゃに線を引くと、窓側を見た。
「…。」
目の前にいるのに、手が届かない。
一昨日辺りまであんなに楽しかったのに、今は気持ちが沈みに沈んで仕方ない。
「はあ…。」
分かってる。分かってるが、気持ちは変えることができない。
芦屋は未だペン先をノートにトントン叩きながら気を紛らわしていた。
あの男が憎い。あんな奴に取られるくらいなら、もういっそ…
「食べてやる…。」
芦屋はそう言って落書きしたノートの端っこの神田にシャーペンを突き刺した。
「…。」
授業が終わってすぐ、芦屋は教室から近いトイレから出た。
その帰りの道中、一階へ下りる皐月と宇佐を見かけ、なんとなくそれを追ってみることにした。
芦屋が見つからないように警戒しながら二人を追いかけると、一階と二階の間の踊り場にいた。
芦屋が追いつくころには、宇佐は瓶に入った錠剤を受け取っていた。
「…。」
芦屋は一足先に教室に退散すると、二人はすぐに戻ってきてそれぞれの机の椅子に座った。
「…。」
そういえば、あのカマ野郎の目の下にクマがうっすらできているように見える。
何と言うか、以前より元気もなく、生気を吸い取られたような風になっている。
あれから俺にも話しかけてはこない。
あれが余程聞いたのか。
「ざまあねえな。」
あの蓮本とか言うクソ野郎も同じ目に遭わせてやろうか。
どうせ神田と話せなくなるなら…。
「なあ、皐月さっきカマ野郎に何渡してたんだ?」
お昼、芦屋は買ってきた弁当をつつく皐月に質問した。
「見てたの?人気ないところに移動したのに。」
「いや、たまたま。なんか怪しかったから。」
「薬だよ。芦屋と同じやつ。」
「あいつ精神病んでんのか?」
「うん。俺があげた薬全部服用しちゃったみたいでさ。また渡したんだ。」
「あいつも俺みたいに悪夢を見るのか?」
「らしいね。でも、今の状態だと芦屋より酷いのかもね。」
「ふーん。」
と、廊下側を見ると、昼ご飯も食べていない宇佐を見つける。
周りに心配されても、力なく頷いているだけだ。
「治るのか?あれ。」
「わかんない。宇佐の頑張り次第かな。精神的な問題だからね。」
「ふーん。」
「今までよりも強いから、少しは良くなるかもね。」
「早く治るといいな。」
「露骨に棒読みだな。」
皐月はそれに苦笑いをした。
「芦屋、スマホ貸してくれる?」
「ん?ああ。」
芦屋は素直に胸ポケットからスマホを取り出した。
「今日忘れたのかよ。」
「連絡先どれくらい入れてる?」
「お前と神田くらいだ。」
「少ないね。」
「さっきから何してんだ?」
と、芦屋が画面を覗いた時だった。
「あ!お前…。」
芦屋が思わず声をあげると、神田の連絡先は真っ白に消えていた。
「いらないでしょ。」
「…。」
「なんで落ち込むの?俺に約束したでしょ。」
「…わかってるけどよ。」
「メール、最近はしてなかったんだ。」
「なんでメールも見てんだよ!」
芦屋がスマホを取り上げようとしたが、皐月がそれをスルッとかわした。
「メール消さないとアドレスを消したとは言えないから。」
「…。」
「約束でしょ?」
「鬼。」
芦屋はそう言ってひどく落胆した。