表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
芦屋物語  作者: 愛犬元気。
10/17

第十話

「お前、昨日騒ぎ起こしたらしいじゃねえかよ。」


「しかも神田がどうこうって相田が言ってたぜ。」


「うるせえなあ。」


昼間の体育館裏。

服装が乱れたヤンチャな男子学生が3人たむろしていた。


「優也お前童貞だろ?」


「はあ?童貞じゃねえし。」


「神田ってあの不愛想な女だろ。可愛げもねえ。」


「顔はいいんだけどな。俺も最初はいいなと思ってたんだけど。」


「…。」


蓮本は不良座りで煙草をふかしていた。


「もしかしてまだ好きなのか?」


「そんなわけねえだろ。」


「弓道部に入ったのもどうせあの女目当てなんだろ。」


「ちげーわ。入ったのは気分だ気分。」


「けど殴っちまったのはいけねえよな。」


「…。」


「芦屋にとられんぞ。」


「ふん。あんな変な奴に惚れる女なんかいらねえよ。」


「俺らが手回しするか?」


「手回し?」


「誤解といてやるよ。お前がそんなつもりじゃなかったって。」


「無理だろ。殴った女なんかどうにもできねえよ。」


「やっぱり好きなんだなお前。」


「てめえ鎌かけたな!」


「じゃあいいのかよ。そのまんまで。」


「それは…。」



「任せな。」


その二人はハイタッチをして眩しく笑った。










その日の放課後





「渡部君!!」


これから教室を出る皐月に、宇佐が手を振って近づいてきた。



「宇佐、今日はバイト?」


「うん。渡部君は部活だよね。」


「そうだよ。何か用?」



「昨日のビデオカメラ届けてくれた?」



「うん。知合いに渡しといた。」


「ありがとう。それだけ!じゃあまた明日!」


「じゃあね。」



渡部はそのまま反対の校舎に向かった。




「…。」


宇佐はチラッと教室を見る。

芦屋は教室にまだ残っている。



「あれ、今日は一緒に帰らないのかな。」


窓際の神田の席には荷物が乗っかっている。

彼女は今日退部届を出したと噂を聞いた。


もう一緒に帰れるはずなのに

彼は荷物をまとめて教室を出て行こうとしている。



「行くのかな…。」



ガタッ



「じゃあね芦屋君!!」


女子の声に相変わらず反応せず、そのまま出ていく芦屋。


宇佐はそれを見ると慌てて追いかけた。







「…。」


宇佐が教室を出て言った数分後、神田がどこからか戻ってきて教室に入ってきた。



「芦屋君ならさっき帰っちゃったよ。」


するとすかさず、おせっかい女子たちがそうニヤニヤしながら彼女に声をかけた。

それになんも反応を示さない彼女も又、荷物を肩にかけて黙って教室を出て行った。





「神田さん。」



「!」



彼女がロッカーに着いた時、二人の背の高い不良が二人手を振っていた。


彼女はそれに警戒する。


「あのさあ、話がしたいって奴がいるんだけど一緒に来てくれない?」



「靴を返して。」


その一人の手には神田の靴が二足。

彼女はさらに眼を鋭くさせた。


「いや別に取って食おうとかじゃねえよ。本当に話がしたいって奴がいるだけで。」


「そうそう。謝りたいって。」


「もう話すことなんか何もないわ。先生呼ぶわよ。」


「いいから。話だけでも。」



「!!」


神田はそのまま強引に肩を二人に捕まれた。



「ちょっと!もうわかったわ!行くから離しなさいよ!!」



「逃げたら承知しねえぞ。」


「…。」


不機嫌そうに靴に履き替えると、その二人の後をついていくことになった。


「どこへ行くつもりなの。」



「体育館裏。」


「金盗ろうとかじゃねえから。」


「蓮本君でしょ。」


「そうそう。」



「すぐ終わるから黙ってついて来てくれよ。」



校舎を抜け校庭にある端っこの体育館裏に着く。


そこにはあの男がポケットに手を突っ込んで立っていた。




「ほら。蓮本。」


「連れてきたぜ。」



その声に彼は振り向いた。



「…。」


神田はその姿を見た瞬間にまた一段と目が鋭くなった。



「お前らあっち行ってろよ。」


「はいはい。」


「ごゆっくりー。」



蓮本の一言で、二人はそのままどこかへ行ってしまった。



神田は居心地悪そうに不機嫌な顔をして目をそらしている。

蓮本もまた同じように目を反らして落ち着きがない。


「か、神田…来てくれて嬉しいぜ。」


「無理やり連れてこられたの。」


「悪かった。殴って。あれは本当に反射っていうか…お前の顔を本気で殴りたくて殴ったんじゃねえんだ。俺は普段から女殴ったりしねえし、びっくりしてああいう癖があるっつうか、とにかく悪かった。この通りだ!!」


蓮本は潔く彼女に土下座した。

砂地に額を擦り付けて、神田も目を丸くして驚いている。



「あの時すぐ謝ればよかった。けど、俺が弱かった。人前じゃそんなことも出来ねえヘタレ野郎なんだ…。」



「いいのよ。私も殴っちゃったから。もう頭を上げて。」


「…。」


蓮本はゆっくり頭を上げた。



でこにさらさらした砂がべったりくっついている


「けどお前が好きなのは本当だ。なんなら今でも。」


「…。」



「俺と付き合ってくれないか!」


「本気で言ってるの?」


「ずーっとお前が好きなんだ!!またこうやって喋れたのも嬉しくてしょうがねえし、俺ずっとずっと転校してきた日から好きだったんだよ!」



「そう。でも無理よ。あなたとは付き合わない。」


「いろいろ恨んでるのか?」


「当たり前でしょ。もう弓道も今日で退部してきたし。」


「なんでだよ。部停なんて一週間で終わるだろ!」


「もういいのよ。いいきっかけだったし。」


「芦屋か?芦屋が好きだから部活辞めたのか?」


「そうじゃない。あの人は関係ない。」


「あんな奴のどこがいいんだよ。」


「そもそも付き合ってないし。」


「本当か!?」


蓮本が水を得た魚のように目をキラキラさせた。


「みんなが勝手に勘違いしてるだけ。」


「そうなのか!!!なんだ!そうだったのか!!」


「けど蓮本君、芦屋君の前で私に話しかけたら大変なことになるわよ。」


「どういうことだ?」


「そのまんまの意味。もういい?蓮本君とは付き合えないわ。」


「最後に一つ聞いていいか。お前は芦屋の事が好きなのか?」」


「好きよ。」


「え!?」


「友達として。」


彼女はそう言うとそのまま立ち去った。




「はあ…。」



蓮本は膝の砂をはらいながら大きなため息をついた。




夜22時




「はー、終わった。」



宇佐はバイト終わりの夜道を歩いていた。


バイト先は学校の近くの喫茶店。

駅から少し遠めで、学生との遭遇は比較的少ない。



「…。」


バイト疲れの宇佐の体の向きは、あの山の方向だった。

ただ歩いていくのはとてもじゃないが、しんどいことは前の苦い経験でよくわかっている。




「おう、宇佐。」


「あ、店長。」


この地元に住んでいる40代の店長が、大きなワゴン車を店前で停めた。


「本当に行くのか?あの山に。」


「はい。」


「何があっても知らないぞ。何かあっても困るけど。俺は麓ギリギリまでしか行かないからな。」



「ありがたいです。足がなかったので。」


「なんであんなところ行くんだ?」


「昨日行ったときに大事なもの忘れちゃって。」


「別に夜行かなくても…。」


「明日雨っぽいので。」


適当に噓をついて助手席に乗ると、独特の香りが鼻をくすぐった。



シートベルトをすると、ダンディーな店長はそのまま車のアクセルをゆっくり踏んだ。




「山に連れていかれたんだろ。」


「え?」


「その新しい殴られた痕がそうだろ。」


「ははは…。」



「笑い事じゃない。ウチはいいけど母ちゃん心配するだろ。今日だってこんな夜に呪いの山に行こうとしてるし。」


「…。」


「まあ目を瞑ってやるけど。」



店長は片手でハンドルを握りながら、窓を少し開けて煙草をふかしていた。






「ありがとうございました。」


宇佐は頭を下げると、店長は笑って手を振った。



「0時までに連絡くれるなら迎え来てやるから。気を付けて。」



「はい!ありがとうございます!」



白いワゴン車はそのまま行ってしまった。



「えっと、帰り道は何となく覚えてるんだけどなあ。」


ついでに借りてきた店のライトを借りて、闇の中を光の球一つを頼りにして挑む。



「あった。」



しばらくすると、立ち入り禁止の看板が工事現場の看板のように置かれていた。


その古ぼけた看板にさえスプレーで少し落書きされていて、あまり管理をしてないようにも見える。



「結構放置されてるんだな。自殺者が出たのにこんなものなのかな…。」



ぶつぶつ言いながらその森林の中を歩いていく。


人がたくさん来ている話は本当か、草の生えてない一本の道が何となくできているのがわかる。



「ここだ。僕が出たところ。」



足元をライトで照らす。

道はあれど、何にも見えないためにやはり小さなライト一つじゃ心細い。



「これあったな。」



大きな木を照らすと、誰かが落書きしたスプレーが。

ご丁寧に赤い矢印マークが描かれている。


「小屋までの道のりかな。」


みんな遊び半分で来ているんだろう。

こうなると呪いの山なんて建前でしかない。




その後も木を照らしながら山へ進む。

それにしてもこの矢印はいつつけられたものだろう。




ゲラゲラゲラ…


「ん?」


誰かの笑い声が聞こえた。


どうやら先客が来てるらしい。




「出来れば見つかりたくないな…。」


宇佐は警戒心を一層強めた。



矢印と笑い声を頼りにひたすら登山する事約四十分。


その笑い声の集団のおかげで小屋の場所を把握できた。



どうやらその人たちは先に山小屋についてやんや騒いでいるらしい。



「…。」


宇佐はその状況をただ遠くから眺めている。

満月の明かりのおかげでうっすらと小屋が見える。


ライトを消し、自分の存在を消すことに努めた。




「いつまで待ってようかな…。」



しばらく木の陰に息をひそめていると、その集団は帰るようだった。

雰囲気は何かあったようには見えず、パーティー帰りの余韻に浸っているような余裕さえ感じられる。



だが、その雰囲気もその中の誰かの一言で変わる。



「あれ?りねちゃんは?」


「りね?りねー!!」



小屋からだいぶ離れた途端、そんな騒然とする声が聞こえた。


どうやら男女混合するグループのようで、その子を呼ぶ声が聞こえる。


だがそのりねちゃんという子は何も返してこない。


「え?まじで?」


「やばくない?さっきまでいたよね?」



そのグループがあわあわしていると、何人かが来た道を戻っている。

三つの丸い灯りが走っていく。




「おい!小屋にいねえぞ!!!」


「りねちゃん!!!!」


「嘘だろ?まさか霊に連れてかれたのか?」



女子が悲鳴を上げる。



宇佐はその様子をただ見ているしかできなかった。




そのグループは散々捜した後、そこを離れる様だ。



先に降りたんだ。朝になればなんとかなる。


そんな声が聞こえた。




山に静寂が戻った後、宇佐はようやく木から身を出した。




「…。」



宇佐の眼は小屋に奪われていた。


もぬけの殻なのかもしれないが、一応確かめてみたくなったのである。



「…。」


心臓が高鳴る中、小屋に近づく。

確かに小屋の外壁は赤いスプレーで滅茶苦茶な落書きが施してある。


ところどころ朽ちたドアも、窓だった場所も容赦ない。




「お邪魔します…。」


足元を照らしながら中に入ってみる。



「すごい…。」


やはり落書きだらけだ。

真っ赤なスプレーが床や壁にびっしりと。



宇佐はその落書きだらけの外壁に夢中になっていたその時


背後に何かの気配を感じたが、振り返る間もなかった。



「!?」



宇佐の後頭部に強い痛みが走った。


鈍器で殴られたようだ。



木の床に前から倒れると、その後頭部の痛みで頭がジンジンと痛んで動けない。



「だ、誰…?」



顔を横にして見ても真っ暗で何も見えない。

かろうじて見えるのは目の前の誰かのスニーカーだ。



「臭い…。」


何か臭う。

元から臭ってはいたが、その臭いは一層強くなった。


完全に血の臭いだとわかる。



何か物音がするのが聞こえる。



重いものを床に置く音。




「芦屋君…?」


宇佐がそう呼んだ時だった。



ガッ!!!



「うあ!?」


宇佐の背中が誰かに踏まれた。


痛くて体を横にすると、宇佐の脇腹に強い蹴りが入った。



「うぐっ!!…っ…痛い…。」


そのあまりの痛さに悶絶していると顎を手でつかまれた。


見えないそいつが馬乗りになって、弱った宇佐の顔を正面に固定すると、口当たりに液体が一滴垂れた。



それが口の中に垂れると、鉄の味が広がった。



「な、なに!?血!?何してるの!?」


流石にパニックになる。

これはなんだ。

血と、そのぺらぺらな何かが頬や口にあたる。



「嫌だ!!!やめろ!!」


嫌な予感がする。

それはなにかの生物の一部だと思う。


こいつはそれを僕の口に入れようと口を探している。


力が凄く強くて、頭がグワングワンしているせいか、両手でその頰に立てられた爪を剥がそうとしても太刀打ちできない。


そいつのひんやりと冷たい手は液体に塗れて僕の鼻をつまんだ。

その鼻にも謎の液体が入ってきて、中で落ちて口の中に血の味が広がる。


やはり血の味だ。

これは生物の血。



口が開くと、そこに血塗れの生ものを突っ込まれた。


無理やり口を手で押さえつけられ、それを飲み込めと催促される。


これは何だ。

鳥の生肉?一口サイズの何かが嫌でも味を感じる。

血生臭くて生肉のようなぐにゃぐにゃとした味。舌が痺れるような赤肉の味。


小さい頃、母親が作った、まだ生のままの失敗した唐揚げを食べてしまった事を思い出した。




「人の肉だ。」


「!!!?」


男の声がそう言った。



そう聞いた瞬間、涙が止まらなかった。

ショックがおおきすぎて、一層パニックになった。



なかなか飲み込まない宇佐に痺れを切らしたそいつは、彼の鼻をつまんで空気を遮断した。


すると、宇佐は間もなくその口の中の肉をゆっくり飲み込んだ。




ゴクッ



喉がなると、口の中を指で確認した後、そいつはようやく宇佐から離れた。



「…。」



「さっき殺した奴の肉だ。女の肉。美味かっただろう。」


「なんで…こんな事…。」


「次来たらぶっ殺す。」


「芦屋君なの?でもこんなことする意味ないよね…。僕の同級生がこんな事するはずないよね…。」



暗闇のそいつは答えなかった。



「僕を殺さなくていいの?」


「男は食わねえ。お前を後継者にしてもいいな。腹立つし。」


かすかに聞こえたその一言の後、そいつの気配はなくなった。




宇佐はその頭の痛さで朝になるまで気絶していた。







月曜日



「おはよう。」


「…。」


「無視すんなよ。」


「…おはよう。」


たまたま玄関でばったりと会った神田と芦屋。そしてその後ろに皐月。



芦屋は早速彼女に積極的に声をかけに言っていた。




「あー、お二人さんおはよー!!」


「今日もラブラブで羨ましい!!」


同じクラスの女子が何人かすれ違う。

神田はそれに軽蔑のまなざしで見送る。



「いい迷惑よ本当に。」


「おい、先に行かなくてもいいだろ。」


「また囃されるでしょ。」


「もう無駄だと思うぜ。」


「何が無駄よ。勘違いしないで。」


「つんでれ。」


「何?」


「なあ皐月。」


「え?ああ、そうだね…。」


皐月は苦笑いをしていた。





「宇佐、どうしたの?なんか元気ないね。」



「え、うん…。」



「風でも引いたか?女に振られたか?」



「なんでもないよ…。」



今までないくらい、元気がなさすぎる宇佐にいつもの大人しめの男子たちに群がられる宇佐。



「本当に大丈夫か?」


「うん…大丈夫。」


「…。」


その様子に目をぱちくりさせる宇佐の友達たち。




ガラッ



「おはよう皐月!!」


好青年が先頭の皐月に挨拶する。



宇佐はそれを耳で感じると、いっそう俯いた。


「渡部君おはよう!芦屋君神田さんおはよー!!」


「おはよう。」


皐月だけ返事が返って来た。



その挨拶に睨みを利かせたのは神田だけではなかった。


「…。」


席にいた蓮本もまたその女子達を一瞬睨んだ。



ガタ



「宇佐!!」


「おい!」


廊下側に座る宇佐が突然立ち上がり、教室を出て行った。


それに宇佐信者の何人かがついて行く。


「なんかあったの?」


皐月はすぐさま近くにいた彼らに話しかけた。


「わかんない。宇佐、朝来たときから元気無くて…。」


「今もなんで出て行ったかわかんないんだ。」



「そうなんだ…。」





「つーか、またあの山で行方不明者が出たらしいな。」


「は?またかよ。」


後ろのグループが思い出したように話し始めた。


「やっぱ呪いの山ってそれだけやばいところなんだな。」






「また行方不明者が出たんだね。」


皐月はその会話をそのまま芦屋にぶつけた。


「は?興味ねえよ。」


「なんか、最近多いね。」


「前からそんなもんだったろ。」


「そうなの?」


「さあ、適当に言っただけだ。」


「なんだよそれ。」



皐月がそう呆れたその時、宇佐が数人に連れられ戻って来た。


「宇佐、どうしたの?」


「いや、大丈夫。」


皐月が話しかけても、様子は依然変わらないままだった。


「体調悪いなら早退する?」


「いや、体調は大丈夫。」


「?」


顔を見合わせる周りと皐月。



「うっ…。」


宇佐は口を手でおさえた。



「やっぱり体調悪いんだろ?保健室にいなよ。」


皐月がそう言って宇佐の肩を抱いた。


そしてそのまま皐月と何人かに連れ添われて保健室に向かって行った。



「大丈夫かなぁ。宇佐君。妊娠でもしたのかなぁ。」


野々花はニヤニヤしながらそう答えた。


「面白くないから。体調悪いなんて珍しいね。いつもボコボコ殴られてるのに、体調悪そうな時見たことなかったから。」


隣の萌々香は頬杖をつきながら答える。


「そうだね。誰の子だろう。まさか、ボコボコにやられた時に…!?」


「出てってくれる?」







「け、最初から体育かよ。」


芦屋は時間割を見て舌打ちをした。


「休もうかな。」


芦屋がそう呟いた時だった。


「おい。」


「!」


芦屋の目が鋭くなる。

目の前に体操着の蓮本が立っていた。


「てめえ今日の体育出ろよ。」


「…。」


「お前をボコボコにしてやる。」


「めんどくせえんだよ。」


「はあ?」


蓮本は乗ってこない芦屋に苛立ちを覚える。


「なにか賭けるか?」


「…。」


「お前が負けたら神田に二度と関わんな。」


「はあ?」



「きゃー!!」


教室の隅でまた女子の黄色い歓声が聞こえる。


勝手に賭けの対象にされた神田も思わずジロっと睨んでいた。


「俺が勝ったら?」


芦屋はその賭けに耳を傾けていた。


「神田から身を引いてやるよ。」


「もっと欲しいものがある。」


「は?」


「お前の命。」


「何言ってんだよお前。」


「…。」


芦屋は上から見下ろす彼に対して上目で睨みつけてニヤリと笑う。

蓮本はそれにひるんだ。



「やめなさい。」


と、その時神田が割って入った。


「勝手に私を巻き込まないで。そんな事したら二度とあんた達と話さないわ。」


「だとよ。」


芦屋はさっきの顔を崩して頬杖をついた。


「蓮本君、あなたのために言ってるのよ。」


「俺のため?」


「本当に、この人何するかわからないから。」


神田の顔がいつになく怖くなった。

蓮本はなんだか言われぬ危険を感じてそれに大人しく従うことにした。


「じゃあ単純な勝負でいい。お前今日は俺と組め。」


「皐月じゃないとヤダ。」


「腰抜けが。」


「あ?」


「今日バトミントンだろ。お前の顔面にぶつけてやるからな。弱虫馬の骨。」


「…。」


芦屋はまたギロッと蓮本を睨み付けた。



「はあ…。」


神田は深いため息をつく。


「…。」


めんどくさいと言っておきながら、芦屋は久しぶりに体操着に手を通した。




「あれ?芦屋体育やるの?珍しいね。」


戻って来た皐月がもう着替えている芦屋に驚いていた。


「売られた喧嘩を百倍にして返すだけだ。」


「え?」


「あのクソ野郎を殺してくる。」


「は?」


「バトミントンで。皐月、今日は相手変えてくれ。」


「いつもお前いないから大丈夫だよ。蓮本も体育出るのか。なんか珍しい。」





体育館



朝の雨降りで校庭が使えず、男女混合の雨の日は、バトミントンをやる流れになる。




「あんなヘンテコに取られてたまるかよ…。」


蓮本は強い意志を持ち、バトミントンの羽根を顔の前に持って来た。



蓮本と芦屋は端っこのコートにいた。


小さなコートは体育館全部使うと16コート出来た。


そこで何人かグループを作り、半々のコートを男女別れて使っている。


芦屋と蓮本と皐月と他五人のコートは端っこだ。



「神田さん。始まるわよ。」


いつも一人でいた神田の周りに女子が何人か囲む。

やはりその話を聞いた女子達はあの二人が気になるようだ。



「ねえねえ。神田さんはやっぱり芦屋君だよね?」



「え?」


「もしかして蓮本もいいなって思ってる?」


「あいつ、なんか今日真面目に体育出てるしね。芦屋君も毎回いないんだけどさ。」



女子達が畳み掛けるように彼女に話しかける。



「どうでもいいわ。」


「いいなぁ神田さん。二人の男から言い寄られるなんて少女漫画みたいで羨ましい。」


「本当よね。青春って感じ!」



「どっちもまともなら気分も変わったかもしれないわね。」


神田が冷淡にそう答える。


「ええー、でも顔は悪くないじゃん?二人とも確かにまともじゃないけど。少女漫画としては合格よ!!」


「どっちか勝ったらキスでもしてあげたら?」


「嫌。」


神田は頑なに首を横に振った。



「変人野郎!!!」



蓮本が最初にアタックを開始した。


「ぶっ殺す。」


その素早い球を物騒な言葉に乗せて打ち返す芦屋。


「アウトの球も拾ってどうすんの。」


皐月がそう二人に静かにつっこむ。


力強いスマッシュは凄いが、二人とも何せルールを知らないせいでアウトも打ち返す。



審判は途中で正式ルールを諦め、とにかく床に球がついたらアウト。と言うことにした。


「あと一球!!らちがあかない!」


しびれを切らした六コースのメンバーが二人にそう言った。


「これで勝ったら神田を諦めろよ!!!」



バシッ!!!


蓮本の球が勢いよく芦屋のコートに落ちる。


「ならお前が死ね!!」


バン!!



明らかにアウトコースを行った球を返す芦屋。



「あいつ、あんな動くんだなぁ。」


皐月はそう一人感心している。



「この野郎!!!」


「殺す!!!」


何十回とラリーが続いた後、芦屋の打った球がネットに当たった。


蓮本が勝利を確信したが、その羽根は回転して蓮本のコートに落ちた。



「俺の勝ちだ。」


芦屋がニヤッと笑う。


「ネットありなのかよ!!!聞いてねえぞ!!!」


「知らねーよ!お前のコートに落ちたんだからお前の負けだろ!!!」



二人が一触即発になった時、皐月とその他五人が近づいて止めに入る。


「いや、ルール破綻してるからこんなのに勝負も何もないからね。」


「皐月!じゃあ俺が今までやってたのはなんだ!?」


「ただのラリー。」


「なんで言わねえんだよ!!」


蓮本も皐月に問い詰める。


「言ったじゃん最初に。まあ、また今度やりなよ。」


皐月はそう言って二人をコートから出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ