マンホール
目の前を歩いている人が気づいたらいなくなっている。
そんな経験はないだろうか。
携帯を見ている隙にいなくなる。
よそ見をしている隙にいなくなる。
そんなの角を曲がったから見えなくなったとかそんな理由だろうって?
もちろんそういう場合もあるだろう。
でももし周りに遮蔽物もないところで居なくなったら?
どう説明ができるだろうか。
はてさてとりあえずその結論は置いておこう。
この物語は一人のオタクの物語である。
オタクと一言に言っても電車オタク、アニメオタク、フィギュアオタクいろいろある。
主人公、高居智はマンホールオタク。マンホールが好きで好きで仕方がない男。
世間には変わった人もいるもので…
「智ちゃんご飯よお」
甘ったれた母親の声が聞こえてくる。
「わかったよぉ。ママ」
30歳にもなって親に養われ、趣味にうつつを抜かす。
それが高居智だった。
「行ってきます。ママー」
母親お手製のお弁当を持って外に出かける。
しかしもちろん仕事に行くわけでも仕事を探しに行くわけでもない。
かといって引きこもるわけでもなく、外に出かける。
智には趣味があったからだ。家では決してできない趣味。
「やっぱり、このフォルム、最高だなぁ、まず縁をかたどるこの円形。刻まれた模様も趣深い。これだからマンホールは最高なんだ」
この男、マンホールが好きで好きで仕方がないのである。
家の中で画像を見るだけでは足りず、わざわざ現地に出向いてマンホールを見に行くのだ。
「しかし近場のマンホールはさすがにあらかた調べ終えたんだよなあ。そろそろ遠出が必要な頃合いか」
智は調べていくうちにマンホールだけではなく下水がどこを通っているかまでわかっていった。
遠くに出向いてマンホールを調べるのは母親が心配するので出来ない。(30歳にもなってそれもおかしい話だが。)
そうしてマンホールを調べ倒していた智はある日、インターネット上にとある書き込みを見つけた。
『どこにもないデザインのマンホールが○×市に存在するらしい。』
○×市というのは智の住んでいる市である。
その書き込み曰く
『そのマンホールは日本中のどの公式なマンホールとも一致しない。』
らしい。
「そんな馬鹿なぁ、都市伝説乙〜と」
智はその場はそう言ってその書き込みの内容をでたらめだと思っていたが、後々になってやっぱりなぜかそのマンホールのことが気になってしまい、本格的に調べることにした。
『このマンホールを信じる人はここまで連絡ください。』
詳しい具体的なことはネットには一切載っていなかったが、この一文は見つけることができた
。
あからさまに怪しい書き込みではあるが、そのマンホールにつながる唯一の手段だった。
「怪しいけど、しょうがないよね?ママには言えないけど...」
『こんにちは。高居智と申します。例のマンホールが気になったので連絡させていただきました。...』
メールを送って返信があるとは思わなかったが、智は頭の隅でその返信を待ち続けていた。
そんなある日。
『連絡ありがとうございます。会って話しませんか?詳しい場所などは直接案内した方が早いかと思います...』
怪しさは増すばかりだったが、本当に知ってると自称していたのでそれを信じ連絡を取り合った結果翌週の日曜に待ち合わせることとなった。
いつもと同じ、退屈な日常のはずが、あの書き込みのおかげで心が動かされる。
翌週の日曜、指定の喫茶店にその男は現れた。40歳くらいの髭の生えたおじさんだった。とはいえ智も30歳。人のことなど言えないのだが。
「初めまして、まずはご足労ありがとう。僕の話を信じてくれるのかい?それとも興味本位?まぁどっちでも構わないんだけどね」
男は饒舌に話し出した。
「まだ信じるって決めたわけじゃないんですけど。興味はあります」
外で人と話すのは久しぶりだったが智は比較的うまくしゃべれている。
「まぁ百聞は一見に如かずってね。早速今から見に行こうか」
男は唐突に提案する。
「見に行けるなら早く見に行きたいですけど・・・とりあえず何か飲みませんか?」
「そうだよなそうだよな、喫茶店に来たんだからまずは飲み物・・と。君は何を頼むかい?」
「んじゃアイスティーでお願いします」
「ほいほい」
男は自分と智の分の飲み物を注文した後、汗を拭きながら再び口を開いた。
「とりあえず自己紹介しようか。僕は花田充。しがない新聞記者をやっているものだ」
「新聞記者ですか?」
「そうそう。新聞記者。君は?」
「僕は高居智と言います。職業は・・・無職です」
若干のためらいがありながらもニートであることを告白する。
「ほうほう。んじゃ時間はありそうだね」
「そうですね、マンホールの研究に時間をほとんど使ってます」
「いいねぇ、僕なんか生きていくのに必死でなかなか時間を作れなくてねぇ。マンホール研究の時間が取れずに傷んだよ。でもこの前言ってたマンホールを見つけてね。あ、写真あるよ。これこれ」
そう言って花田は智にマンホールの写真を見せてきた。
「確かにこれは見たことないですね。でもこれ合成とかじゃないんですか?」
「いやいや、まぁそれも実際見たらわかることだね。それ飲み終わったら行こうか」
「そうですね」
花田の提案に乗る。新種のマンホールが見たいのは智も一緒だった。
喫茶店を出て花田についていく。確実な足取りで花田は進んでいく。
「ここをこう行って・・・ここを左・・・、あ!ここだよ智くん!」
みるとそこには確かに見たことのないマンホールがあった。
「すごい。これは確かに本物だ」
「だろう?でも不思議なんだ。公式な日本中のどのマンホールとも一致しないんだよ」
「場所もおかしいような気がする・・・ここの下には下水は通ってない・・」
「え!?下水の場所わかるのかい!?」
「ええ。マンホールを調べる一環で下水の配置も覚えちゃいました」
無駄な才能。なぜそれを仕事に活かせないのか。人間は甚だ好きな分野には驚異的な能力を発揮したりする。
「すごいね・・・」
「無駄知識ですけどね・・・それにしてもここには下水管はないはず。一体この下に何が・・・」
「無駄じゃないよ!今日すごい役に立ってるじゃあないか!」
「はは、まぁそうですね・・・」
「気になるねぇ?」
「え?」
「下に何があるか、気にならない?」
花田はカバンを漁りながら智に問いかけてきた。
「気になります・・・」
「んじゃ、開けてみようか」
そう言って花田はカバンから器具を取り出し、マンホールを開け始めた。
「まずくないですか!?」
「大丈夫だって」
花田は智の忠告を聞き入れず、作業を続けていく。そしてマンホールが開く。
「開いちゃった」
「開けたのはあなたでしょうに」
「それじゃあ、入ってみようか」
マンホールの中は普通のマンホールの中と同じようになっていて、降りられるようになっているようだった。
「入るんですか!?」
智は別にマンホールの中に興味があるわけではない。マンホールが見られれば、それで十分だった。
「入らないの?なら僕だけで入ることにするよ。適当に出てくるから、遅かったら帰っちゃっても大丈夫だよ」
そう言うと花田はさっさとマンホールの中に入って行ってしまった。
入ってから、30分ほど経過して、花田が出てくる様子はなかったので、智は帰ることにした。
道のりは詳細に記入しながら帰った。
それから、智はたまにそのマンホールを見に行った。蓋は開いたままだった。そう、開いたまま。
「花田さん閉め忘れたのかな?」
最初は智はそう思ってたのだが、何回行っても開いている。
例のマンホールを見つけてから1か月ほどして、テレビを見ていると、あるニュースが流れる。
【新聞記者の花田充さん(43)が一か月前から行方不明】
「嘘だろ・・・ということはあのマンホールはやっぱり閉め忘れなんじゃなくて・・・あれから開いたままなのか・・・?」
あのマンホールは、やばい。そう本能が告げている。
「でも、花田さんは多分あの中にいるし助けに行かないと・・・・」
助けるなんていうのは口実にすぎなかった。
智はあのマンホールの中見に興味がわいてしまっている。
おのずと智はあのマンホールのところを目指していた。
マンホールは、前と同じく開いていて、大きな口を開けているようにも見える。
「とりあえず中を確認・・・」
中は普通の暗闇。しかし何か奥に気になるものがあるような気がして目が離せない。
暗闇に目が吸い込まれ、顔がどんどん近づいていく。どんどん、どんどん、どんど・・・
変なマンホールを見かけたら、近づかないようにしないとね。
ちょっと頭に浮かんだ設定を書いてみただけの短編小説です。