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第三者傍観論

第三者疑問論

作者: 須賀崎実栗



 須賀崎すがさき実栗みくりは初等部から高等部まで陸上部に所属していた。種目は走り幅跳びだ。練習のし過ぎで、膝から下が砂まみれになっているところを、よく幼馴染の木加瀬きかせなおにバカにされていたことを、よく覚えている。

 恋人と知り合ったのは、高等部の部活中だった。いつもは直と一緒に帰っていたが、彼は『アプローチを繰り返していた先輩と漸く一緒に帰ることができる!』と言って、実栗を置いて先に帰った。別にそのことに不満があるわけでは無い。実栗も直の恋を応援しているからである。しかし、直が言った言葉をちゃんと練習中に頭の隅にでもとどめておくべきだったと、暗くなった空を眺めて苦々しく思った。

 実栗は徒歩通学で学校から少し離れた場所に家がある(自転車通学が可能な距離だが、実栗はトレーニングのために徒歩通学をしていた)。正直、ここ最近痴漢が多いと聞いたため、一人で帰るには不安が残る。

 そんな彼女に声をかけてきたのは、一つ上の先輩である山吹やまぶきつきだ(ツキちゃんセンパイと周りに呼ばれている)。双子の兄で同時に男子部の副部長を任されているあきを待っていようと思ったが、彼を待っているともっと遅くなるため今から帰ろうと思っていたらしい。

 方向は一緒だし、一緒に帰ろうか? 月の言葉を、実栗はありがたく受け入れた。

 弟がいるから、彼もいっしょになると言ったときは、直や家族などの例外を除いて異性が苦手な実栗は不安に思いもした。が、それは杞憂に終わる。

「月ちゃん!」

 そう言って、月に抱き着いたのが、月と年子である弟で、実栗と同い年(そして、この時初めて知ったが同じクラスだった)、後に実栗の恋人となるゆうであった。

 明るく話しやすい彼と、この日を境によく話すようになった。とはいっても、ほとんど夕が一方的に話しているだけだったが……。

 それを見て、実栗の親友である新名にいな紅葉もみじが笑顔で言う。

「二人とも、仲良いな」

 ほとんど人と話さない実栗が珍しい――と言いたかったのだろう。しかし、この時実栗は何と反応していいかわからず、顔を真っ赤にしてうつむいていた。

 思えば、この時に実栗は夕へ恋慕の感情を抱いていたのだろう。

 どうにか、話題を変えようと実栗は思うが口が言葉を紡がない。そうこうしている内に、夕が紅葉へ別の話題をふっていた。

「あ、あれ、高坂こうさかさんじゃね?」

 実栗はその名前に異常に反応してしまった。彼女のことはよく知っている。しかし、よくわからないと感想を持つ――不思議で、そして、妙な恐怖を抱く人物であった。




   ###




 初めてそう思ったのはいつだったのだろう? 運動部のマネージャーをしている姿を、夏休みに見かけたのが、彼女を知った切欠だったように思う。

 重い荷物を文句の一つも無しに運び、機材の片付けも積極的に手伝っていた彼女に、少なからず好感を覚えていた。

 彼女――高坂百合子ゆりこの姿を見ていることに気づいたのだろう。月先輩は『あの子、気になるの?』と私に問いかけてきた。

 小さく頷くと、月先輩は、彼女の名前が高坂百合子であること、男子陸上部のマネージャーで嫌がらせもあったけど(今は無い)それに耐えて頑張っている子であること、話すと礼儀正しい子であることなどを教えてもらった。

 そんなある日、女子陸上部のマネージャーが風邪でやすんだ。時期は性格におぼえていなかったけど、確かに風邪が流行っていたように思う。ドリンクを作ったり、選手の体調を見たり……そういったことをする人間が居ないと、選手のモチベーションはもちろん下がる。出来れば百合子を貸してほしい。部長はそう男子部に言った。それには私も賛成した。彼女は良いマネージャーだ。しかし、百合子はそれを断り、女子部を手伝うことになったのは、綾乃あやのというマネージャーだった。

 彼女の仕事ぶりはとてもいいものだったから、綾乃に不満は無い。けれど、どうして百合子は断ったのか? 気になっていたある日、女子部の部員と百合子が話しているところを、私は偶然聞いてしまった。

「だって、洋介ようすけ君といる時間が減っちゃうから。綾乃さんがあちらへ行けば、洋介君と一緒に居る時間が増えるんです」

 ああ、好きな人間が居るんだな――そう思うと同時に何とも言えない気持ち悪さと、そして恐怖を感じた。好きな人と一緒に居たい。そのために、洋介が気に掛ける綾乃を離した。おかしいことは無いはずだ。この時、私は百合子と洋介が付き合っていること、綾乃が洋介の幼馴染で、彼女をはさんでギクシャクしていることを聞いた後だった。けれど、何故私はあの時、こう思ってしまったのだろう?

 ――何を言っているんだ百合子コイツは?

 私は、百合子に近づかないようになった。元々、仲が良かったわけでもないし、クラスが一緒になったことも無いため、そう不審に思われることは無かった。

 そして、中等部三年の二学期、百合子と洋介が別れたという話を聞いた。




 高等部に上がってからしばらく後、百合子は別の男と付き合い始めた。その男が親友である(といっても、当時は仲の良い友人程度の認識だった)紅葉の従兄弟であることを知ったのはその一月後だ。紅葉にその話を聞けば、彼女は『あいつにあんなかわいい彼女ができるなんて』と喜んでいた。紅葉は別の中学に通っていたから、百合子が洋介と付き合っていたということも知らない。それは紅葉の従兄弟も同じだ。

 けれど、二学期――夏休み明けに紅葉は言った。

「ねえ、高坂さんって中等部の時はどうだった?」

 純粋に、兄弟のようにそだった従兄弟の恋人が気になるという好奇心ではない――私は、そう気づいた。

 その時はあたりさわりなく、紅葉に『マネージャーの仕事をよく頑張っていた』とだけ伝えた。おそらく、彼女の知りたかったこと、予想していたことでは無かったのだろう。『うん、そう』 いつもは笑ったり泣いたり表情の変化が大きい彼女らしくない、無感情な声が、聞こえた。

 私は、紅葉の従兄弟――百合子の現彼氏はどんな人物かと、紅葉に聞いた。彼女から、従兄弟――鋼という名前の男の話を聞き、最初は適当に相槌をうっていた。けれど、段々顔が蒼白になっていくのが分かった。鋼は昔の洋介とそっくりなのだ。洋介とはあまり仲が良いわけでは無い。けれど、彼は陸上部で目立つから男子部女子部と別れていても、私は彼のことを良く知っていた。その上直から彼の話をよく聞いていたから、どんな人物かある程度記憶している。

 紅葉の話す人物が、洋介に似ているときづいてから相槌も忘れて聞き入っていた時、紅葉は苦笑して『やっぱり』と言った。

「やっぱり、あいつはこうのことを誰かの代わりとして見ているんだ。実栗は、その人のことを知っているんだね」

 冷たい、声だった。

 私は誰もいないその教室で、堰を切ったように話し始めた。高坂百合子という人物の、すべてを――である。

 黙っていたことを詫びると彼女は笑って許してくれた。

「きっと、私も同じ状況なら同じことをしていたんだろうな」

 そう言っていた。




 それから、紅葉と私は今まで以上に一緒に行動するようになった。そして同時に、私は百合子からさらに距離を取るようになった。

 ある日、直が言った。

「百合ちゃん、洋介くんとよりを戻したって……」

 これが高等部二年の話である。

 一緒にその話を聞いていた紅葉は、小声で何かを言っていた。何を言っていたかわからないが、良い言葉ではないことは確かである。品の無い言葉だったような気がする――が、今はどうでもいいことだ。

「鋼は誰かの代わりじゃないのに」

 いつだったか、彼女はそう言っていた。




 やはり、百合子は鋼という人物を洋介の代わりにしていたんだろう。私は、そう思った。



   ###




「実栗、どうした?」

 夕の言葉が、過去へ遡っていた実栗を現実へ引き戻した。今は実栗も大学生である。今は、大学からの帰りで電車の中。

「ううん、なんでもない」

「そう」

 実栗は、何とはなしに窓の外を眺めた。高速で移り変わる景色の中、見覚えのある制服を見つけて、彼女は目をそらす。

 仲睦まじい男女がいた――気がした。あの二人と姿が重なる。

 ――一体、百合子は何を考えていたんだろう?

 それは、彼女のみが知る……。






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