復讐者よ、布石を打て。
お久しぶりです。
魔法王国イルステルーヴ王都、スミラ。この世界では稀に見るような大都市であり、縦にも横にも大きな建造物が数多くある。人口もまた多く、様々な人種の、或いは様々な種族の集まる都市でもあった。反面、王都は影であった。残虐な犯罪が多く、裏道に少し足を踏み入れれば無事では済まされない場合も多い。禁止されているはずの奴隷も居た。しかし、大多数の人間がいる表通りには活気があり、人々の営みがあった。道行く人々の服装は様々、身分も様々だった。“チキュウ”ではあり得ないような、目に眩しい色鮮やかな髪色が大通りを彩っていた……。
しかし。今日は一般的には国民にとっての魔王討伐を記念した祝日であり、大部分の国民の休みである筈なのに人の姿は殆ど見られなかった。
それは世界に名の轟く大悪党の、公開裁判の日だったからだ。その哀れな被害者は類を見ない程に多く、その被害者筆頭である、大悪党の義弟は広く世界に知られる光の存在である“勇者”の仲間であったのだ。大悪党は始め異界出身である“勇者の友人”として名が知られており、その、血の繋がらない義弟は有能なハンターであったと言われている。そして“勇者”はさっき述べた通り異界出身である。勿論王室が異界から古代魔法を用いて召喚したという者で、召喚からわずか一年で人類の宿敵である“魔王”を倒したのだ。そして“魔物”の凶暴化を収めたのだ。当然、その仲間の名前も全世界に知れ渡った偉業。しかしそれから十年、じわりじわりと世間にある噂が流れ始めたのだ。
英雄が一人、魔闘士ユーイフィゼリカが“勇者の友人”と名乗る異界人に虐待され続け、その上人形のように自由意志を奪われているらしい。しかも“勇者の友人”は学園から退学処分を受けるほど無能で以前にもユーイフィゼリカを虐待し、ギルドから追い出されたらしい。
この問題はユーイフィゼリカが虐待されていることではない。勿論、それも問題なのだが、それ自体は悲しいことにそれ程珍しいことではないのだ。血が繋がっていないとはいえ、今まで義弟だった存在が最高の名誉である英雄となり、世界中から注目され、その功績は歴史に語られ、義弟は敬われる。そんな遠い存在になりながらもまだ自分の側にいる。そういう人間はよくこのように虐げられる。もちろんそんな愚行がばれた暁にはそういう存在は弾圧され、一生蔑まれるものなのだが。しかし問題の本当の問題は異界人が異界にいた時から召喚された“勇者”の友人であり、また、多くの犯罪者を更生させたという功績を持っていることなのだ。もちろんそんなとんでもない英雄への冒涜をしているとは知らない人々は異界人を讃えた。敬った。血こそ繋がっていないが、あの弟にしてこの兄あり、素晴らしいことだと。
しかし、蓋を開けてみればどうだろう。その異世界人のした悪事はどんな悪人でも目を覆いたくなるようなものばかりだった。そう、彼の悪事は義弟を傷つけたり、虐げたりしたことだけではなかった。そもそも異界の“勇者”を呼ばなければならなかった原因である魔王が、“勇者”を呼んでからいきなり途方でもない強大な力を持ち始め、今まではそう人を襲うことが少なく、脅威ではあったがまだそれなりに共存することすら出来た魔物達が一気に完全なる悪、厄災の権化と化したのは、全てが全てこの血も涙もない異界人の所為だったのだ。彼は、“セイヤ・キミノ”は後にこう呼ばれ、皮肉にも義弟と同じく歴史に名が刻まれた。蔑みを込めて、“異界の悪魔”と……。
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「被告人の罪状を述べる」
今までもセイヤ・キミノに向けて憎々しげな視線を送る者はいた。しかし壮絶なまでのユーイフィゼリカの表情、見た者が思わず膝をつきそうなまでの気迫に飲まれて出来る者は少なかった。しかし、そのユーイフィゼリカ自身が彼を魔法で壇上のてっぺんに晒しあげるかのように転がした事によって殺気立ち、睨みつける者が増えた。無論、その者達は被害者や被害者の家族達。ユーイフィゼリカの友人である者もいれば、表向きはセイヤ・キミノの友人を嫌々ながら演じていた者達もいた。最初は本当にセイヤ・キミノの友人だったのだが、その残虐性に嫌気が差した者達だ。離れるには彼は友人を縛り付けすぎ、逃げることも叶わずその側に立ち続けるしかなかったのだ。
先程ユーイフィゼリカがセイヤ・キミノを壇上のてっぺん転がしたが、それだけの行為にもユーイフィゼリカの憎しみが滲み出ていた。かつてセイヤ・キミノに従順かつ都合よく、そして優しかったユーイフィゼリカはもういない。憎き罪人の体は頑丈な縄で、鋲の飛び出た太い鎖で縛り付けられ、魔力は様々な魔封具で強固に全て封じられた上に吸魔魔法で殆どが奪われ、通常時は使ってはならない凶悪な拘束魔法によって手足は言うことを聞かないようになっていた。勿論今が使っても許される緊急事態である。稀に存在する厄介な“人外レベル”の強さの罪人を拘束するために使われる、王家秘蔵の禁呪である。その上誰にも正体の分からない不思議な力でセイヤがもっていた、禍々しい異形の力は封じられていた。その禍々しいとは、時に人の死さえも超越し、ユーイフィゼリカを蝕み続けた強力な回復呪文の源であり、魔王を悪夢の強くしたものであった。イルステルーヴ王国が始まって以来の重罪人であるセイヤ・キミノにはイルステルーヴの法で拘束をすることは違法ではなかった。
「一、ユーイフィゼリカ・キミノに対しての幼児虐待罪。二、国境ミルティ大橋での過剰防衛罪。三、花瓶・部屋・剣等の王城での器物破損罪を複数回。四、ギルド依頼外での過剰殺人罪を複数回。五、不適切な上級回復魔法使用などによる魔法使用法違反罪を複数回。六、ディア帝国への違法入国罪。七、イルステルーヴ王国王女に対する不敬罪。八、イルステルーヴ王国貴族複数に対する不敬罪。九、ギルド依頼活動中の業務上過失致死罪を複数回。十、テルアビス公爵とカスティー男爵に対しての恐喝罪を複数回。十一、イルステルーヴ王国北部に存在するアルソン村での殺人未遂罪。十二、イルステルーヴ王国騎士に対しての公務執行妨害罪を複数回。十三、ギルド除名後、ギルド第一・第二規則違反。除名後も適用される規則である為に加える。十四、魔法生物保護法違反を複数回。十五、保護区域の聖・魔・普通動物虐待罪を複数回。十六、サクヤ・カンザキらに対する暴行罪を複数回」
淡々と拡声魔法のかかった響く声がその場を支配していく。未だに力無くもがき続けるセイヤ・キミノには届いたのかどうかはそこにいる誰にも分からなかった。彼は変わらずもがき続けていて、言葉に耳を傾ける様子はなかったからだ。しかし、まだ読み上げるべき罪はいくらでもあった。その淡々とした感情の薄い声はしばらく途絶えることはなかった。
ユーイフィゼリカは元来、人に優しい性質の人間であったが、最初から憎み続けていた最悪の義兄であったセイヤ・キミノのどんなに小さい罪も許すことなく拾い上げ、彼が死のうが自分が死のうが永久に呪い続ける程にユーイフィゼリカは怒りで猛り狂っていたのだ。調べれば調べるだけ残虐な罪が見つかる義兄に僅かに湧いた親愛すらも完全に失ったからだろう。加えて、ユーイフィゼリカは類まれなる強靭な精神の持ち主だった。だからどんなに怒り狂おうとも、セイヤ・キミノを怒りの本能のまま殴ったり、仕返しに魔法を浴びせようとはしなかった。
何時でも自らの手で、早過ぎるが法のもとに正当である処刑を行えるというのに。“復讐”は正しく届け出を出した者であれば正当とされるイルステルーヴ王国である……他の国でも殆どが“復讐”を正当化するこの世界では、“復讐”はされるような行いをするものこそが悪、と言う考えが主流である。禁止する国では王の信頼が極端に薄く、民が政治を信用していない場合が多い。王自身が“復讐”を恐れるような国だけが“復讐”を禁止していると言っても過言ではないのだ。“復讐”は公に決して醜いと言われることはなく、むしろ推奨されるもの。ユーイフィゼリカはその強固な忍耐力をこれこそ世界中から感心されるような存在だったのだ。誰だって、彼のされたことを考えれば、“自分であればすでに大悪党を殺している”と考えるからだ。
「二十七、魔王を強化する危険魔法創造罪。二十八、人類の宿敵である魔王を危険魔法で強化した魔法使用法違反罪。二十九、魔王に味方したことによる人類共同法違反罪。三十、人類の敵でありながら人類の国に入国した違法入国罪。三十一、人類の敵でありながら人類の国に家を構えた事に対する罪」
時折こみ上げる血を吐き捨てながらユーイフィゼリカは罪状を“そらで”言い続けていた。彼自身学園の座学の成績は飛び抜けて良かったのだが、どう考えてもこの日のために何度も何度も繰り返し練習し続け、脳に焼き付け、セイヤ・キミノが罪を増やすごとにそれを増やし続けた結果だと分かる。淡々とした声色こそ変わらないものの、ユーイフィゼリカの目はどんどん暗い色を帯び、憎しみが募っていく。彼はずっとセイヤ・キミノの操り人形のように生きていたが正義感は強く、自分も憎む義兄が罪を重ねていくことを疎んでいたのだろう。怒りをこらえるためか、ぐっと握りしめられた拳からは血が滴る。真っ白の床を真紅が染め上げていった。ユーイフィゼリカの吐き捨てる血も、どんどん増えてゆく。
「以上が罪人、セイヤ・キミノの罪状である。異論はないか」
しんと静まり返っていた場からは怒号を上げるように次々とセイヤ・キミノの追加の罪があげられるが罪の取り消しを願う声はない。一つ一つに対して彼は丁寧に真偽を確認する魔法をかけ、それは全て真実だった。数十分間のことだったが、最終的には罪はゆうに五十を超えた。直接的な犠牲者は二十三人、被害者は魔王の被害を考えなくとも数百人。セイヤ・キミノが強化した後の魔王に滅ぼされた国や町などを含めばどうなるのか分からなかったほどだ。もちろん、目撃者がいなかったり被害者の家族がいなかった場合は分からないのだから、本当はもっと多い可能性すらあった。
「ぼくの、調査不足があったことを詫びよう。本来はもっと詳しい調査を行うつもりだったが……最早ぼく自身に時間もなく、正直堪忍袋の緒も切れかかっていた。少しでも被害者の方々が報われるようになれば良かったのだが……力不足ですまない」
そんな事はないとユーイフィゼリカを擁護する声が続き、“英雄”の慕われぶりが露見する。最高の名誉は“英雄”として歴史に名前を刻まれることである為だろう。妬む者も勿論存在するが、この場にいる者達の殆どがセイヤ・キミノに復讐心を抱く被害者達や被害者の家族達。一番の被害者でありセイヤ・キミノを拘束し、尽力した彼を妬む者なぞ存在しなかった。人間も獸人もエルフも妖精も“良心”を宿した魔族も“正気”を取り戻した高位の魔物もみんなユーイフィゼリカに感謝していたのだ。
因みに“良心”や“正気”をもっている魔族や魔物が増えていたのにも関わらず“勇者召還”を行ったのは人間側に問題があったが、半数以上が“良心”と“正気”を持っていた魔族や魔物をどんどん“悪意”や“狂気”で蝕み、仲間すら殺させたセイヤ・キミノは魔族や魔物すら憎む者がいたのだ。
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「あなたは……まぞく?」
「あ、あぁ、幼き人間……!あたしは、もう、助からないわ。もうすぐ、悪魔になってしまう……!ね、ね、どう、か……殺して。仲間殺しに、なりたくないの。あの、悪魔のような、人間に、あたしは、汚染されてしまったの……!」
「……ぼくの、ぎけいは、まぞくをおせんしたの?」
「幼き、人間に似なんかして、なかったわ。黒色の、悪魔。
ね、ね、強いでしょ?幼くとも、あなたは強いんでしょ?あたしが正気なうちに殺して、ねぇ!」
黒い魔法の鎖で縛り付けられた魔族の女性は必死で幼いユーイフィゼリカに懇願する。魔族は強さを重んじる戦いの種族である為、どんな状況下でも相手の強さを読み取れる。自分の自我が削り取られるというショックで彼女は気付かなかったが、幼き者は弱い、人間という種族の筈の少年は不自然なまでに強かった。代償に体を蝕まれてはいたのだが。
「あなたは、しにたい?」
「そうよ!早く、あたしが、あたしのうちに!」
「あなたは、あいつ、にくいの?」
「そうよ!」
ユーイフィゼリカはそれまで人形のように無表情だったが、周りに目の前の魔族しかいないことをよくよく見回して確認すると、にこりと年相応の小さな笑みを浮かべた。それは、日溜まりの中に咲く小さな花のように。自我を失う恐怖に震える魔族すら安堵を覚えるような。
「ぼくは、ぎけいのまほうをいっぱいうけたんだ。だから、ぼくはきみのまほうを、けせるよ。ぼくはね、まりょくがぎけいに、にているから。ぼくは、ぎけいのせいで、これいじょう……ひどいことがおこるのは、いやなんだ。だから、なおしてあげる」
言葉とともに爆発するように清浄な魔力が溢れあがる。パニック状態の魔族にすら、思わず顔色を変えてしまうような、莫大な魔力。眼を見張るしか無い程の強大な、そして涙が流れる程に純粋で清純で、心に染み透るような。勿論、魔族は人間に比べて魔力に強いため、莫大な魔力を浴びたとはいえど害は殆どなかった。“自分ではない魔力を浴びた”という意味では害はあるが、“大量の魔力を浴びた”ことは魔族には悪いことはない。その上敵意はなかったのだから。異物を取り除く為に浴びせられた魔力は魔族の体に入り込むと悪意に満ちた魔力とともに掻き消え、浄化していった。
高度な魔法を使用したユーイフィゼリカは魔法中毒による鈍痛に暫し身を震わせていたが、“痛み”に哀れにも慣れきっていた彼には大したことではなくすぐに平常を取り戻した。そして微笑みに固定したままの顔を向けて小さな白い手を彼女に差し出した。反射的に、すがるかのようにその手にしがみついた彼女は思いの外力強いユーイフィゼリカに助け起こされた。
「なおった?」
「……えぇ。本当にすっかり。もうあたしは自分が消えそうになることはないわ……。夢のよう」
「ゆめじゃないよ?」
「物の例えよ、小さな救世主さん」
“あんなに恐ろしい魔法だったのに”と彼女は声を震わせた。今更ながら恐怖が襲いかかってきたのだろう。麻痺もしていない心に突き刺さる恐怖心ともう大丈夫だという安堵。それが相まって彼女はぽつりと涙すらこぼした。声は上げなかったが、確かに泣いていた。一方、“泣く”ということですら忘れかけていたユーイフィゼリカは不思議そうに彼女を見上げていた。何故泣くのか分からなかったのだ。恐怖に泣くことも、安堵に泣くことも、嬉し涙すらも本心からではなく“操り人形”としての仮初めの、見せかけの感情以外で示す必要は無かった。勿論彼の心に燻るセイヤ・キミノに対する深い深い復讐心は本心ではあったが、それ以外の感情は全て本当ではなかった。今助けた魔族の彼女に同情を抱いたのは“義兄に復讐心を抱く者ならきっとそうするだろう”とか“魔族であるなら戦力となる”とか“味方は多いほうが良い”という打算的なものだった。善良さは、無くなったわけはなかったが心の奥底にしまい込まれて押し潰され、認識はできるが無意識的に行動できるものでは到底無くなっていた。
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