復讐者よ、知らしめよ。
すごく見にくく、意味が分からないと思います。伏線を張りすぎて大変なことになっていりので気長に回収をお待ち下さい。
事の起こりは良くあること。実にそれは単純明快、良くある話だった。貧乏な家の穀潰しだったぼくはポイッと森に捨てられた、ということだけ。そうそう、多分君が望んでいたような“捨てられ方”ではなかったよ。
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ぼくは所謂“出来損ない”らしい。貧乏な農村の中でも貧乏な家に生まれたぼくは生まれつきとても体が弱くて赤ん坊の時から父さんや母さんや兄ちゃんにとっての邪魔者だったんだ。だって畑仕事も出来ない、狩人にもなれないんだから。
だけどね、あのころの家族はみんな優しくて、比較的昔は食べ物もお金も余裕があったからぼくは五つまでは育てられたんだ。それは知ってるよね?ぼろぼろで死にかけのぼくのことを拾ったのは君なんだからさ。あれ、もしかして君って…………ぼくが五つまで家族の元で育てられたことしか知らなかったんじゃない?でも前には自分で全てを知ってる、とか言ってたのになぁ。まぁいいや。君は最初っから嘘吐きだから仕方ないや。
話の続きだけど、ぼくが六つの時に国全体を襲った大飢饉がぼくたちの生活をさらに苦しめたんだ。あれ?何でそんなに不思議そうにしてるの?他ならぬ君なのに大飢饉があったこと、知らなかったんだ……?ふぅん、“やっぱり”ね。君が全然世界情勢や常識を知らないのは今更だし。僻地の農民の子供だったぼくでも知ってることすら知らないんだからさ、君って相当だよね。なのに賢者も知らないことを知ってたりするんだし。意味が分からないよ。
で、よその家ではぼくみたいな体の弱い“出来損ない”は大抵口減らしのために殺されたり、さっさと家から追い出されたりしたんだけど、ぼくの場合はポイッと普通に森の奥に捨てられたんだ。それは帰ってこられても困るから、ってのが理由だろうね。でもそれならさ、殺してくれたら良かったのに。あとあとの苦労は死ぬよりもある意味辛かったんだからさ。まぁ、おかげで今、兄ちゃん孝行できているからトントン、かな…………。
父さんもさぁ、どうせ捨てるならせめて村に放り出してくれたらまだ良かったのに。飢餓が長くて意地悪になっちゃった父さんはぼくをわざわざ生存率の低い“神狼の森”へさ。うん、捨てたんだ。そう、そうだよ。あの神狼の森。君と初めて出会ったのはそこだよね。所謂狼の森。狼がその森の主であり、そこの狼たちは人間のことが大嫌いということでとってめ有名だよね。知ってるでしょ、君ならさ。あ、やっぱりそれは知ってたんだ。何か知識が偏ってるねぇ。知ってるのは僻地の住民だけなのに。
うん、うん。まだまだ話が続くのにそう喚かないでよ……君は一応、ぼくの育ての親だし、ぼくの義兄でもあるんだからこんな大衆の前でみっともなく喚かないでよ。
義兄さんのことは前までは嫌いじゃなかった“ふり”をしてたんだからさ、あんまり恥を晒して欲しくないんだ。
え?何のことか分からない?静かに話を聞いてくれたら分かると思うよ。縄が痛いって?ごめんごめん、ぼくのほうがもっと痛いんだから我慢してよ、ね?ぼくの感じてる痛みは君みたいに魔法で治ったりするもんじゃないし、さ。ちょっと待ってよ。あ、もうちょっと体重かけて君を踏むね。だってさ、何となくイラついたから。え?今すぐ止めろって?え……嫌だよ。本当はさ、幼いぼくを殺しかけ、無自覚に苦しめに苦しめた張本人の言葉なんて聞きたくないんだよ。
また脱線しちゃってごめんね、続けようか。自分の食べ物にも苦しくなって、どうにもならなかったから、比較的要らない、っていうか穀潰しだし邪魔なぼくを捨てに行ったのは父さんと兄ちゃん。
その時ね、とっても優しいぼくの兄ちゃんは泣いて、本当に泣いて泣いて謝ってくれたんだよね。自分も残るって最後には言うぐらい。いや、最初っからそう言ってたっけ。まぁ、まだ息子二人を捨てるまでじゃなかったから父さんが兄ちゃんを無理やり連れ帰ったけど。兄ちゃんが泣いたのはぼくをそれはそれは可愛がってたから、かな。父さんはそんな兄ちゃんを別れが辛いだろうって、最初は家に置いていくつもりだったけど兄ちゃんがついて行きたいって言ったらしいよ。ふふふ、捨てるっていうのに子供に気を使うなんてぼくの父さん、意味がわからないよね。ぐさっとさくっと殺してくれたら楽だったのにさ。
そんな優しい兄ちゃんにはちゃんと今も恩返しに行ってるんだ。親孝行ならず兄孝行ってね。
え?ぼくが君に操られっぱなしの人形だとでも思ってたの?君、馬鹿だったの?ぼくにはちゃんと人並みに意志があるし、君の目をかいくぐって兄ちゃんに会いにいってるんだから人形になんかなってないよ?え、洗脳してるつもりだったの?ふぅん、…………あれで?ははっ、ぼくはじゃあ最初っから君に勝ってたわけだ。最初から最後まで君のことを全く信頼してなかったからね。
君にとっては残念だけどさ、人間ってすごく弱いやつでもあんまり侮れないんだよ。自分でもびっくりするぐらいなかなか死なないし。ほら、今もあんなに体の弱かったぼく、一応は生きてるじゃないか。体も君のおかげでまぁ、強くなったし、厳しい生活で負った怪我も君に治してもらったし。まぁ…………君のせいで体じゅうズタズタだけどさ。あはは、君に憑いてる気持ち悪い何かがぼくの命を蝕み、それから矛盾してるけど無理やり生かしているから困ったもんだよね。今生きてるのはそんな気持ち悪いののおかげじゃなくて本物の神様おかげなんだけどさぁ。その気持ち悪いの、多分精霊とかだろうけど……絶対将来君の前に現れそう。まぁ、会う前に…………。お楽しみは後にとっとくよ。ぼくはさ、もうすぐ君と違って天国に行けるらしいから今からワクワクしてるんだ。
そうそう、捨てられた時だけど、あの時に知った父さんの本性は怖かったなぁ。泣きじゃくる十になったばかりの兄ちゃんを無視してさ、ぼくに今までの恨み辛みを全部口汚く吐き出すんだもの。びっくりしちゃった。でも、まぁ。そういうことは薄々分かってたからそこまでショックじゃなかったよ。ま、そんな父さんには一回も会いに行ってないや。兄ちゃんには母さんによろしくって言ってるし、良いよね。あぁ、でも。そんな酷い父さんより君の方がよっぽど大嫌いだよ。世界中の、一部の馬鹿で大間抜けでなにも知らないお嬢さん以外は全員君のことを嫌ってるんだよ。あ、君が親友って思ってる人いるよね?あの人は学生のときに君がぼくに酷いことをしているのを間近で見てきたから今では“ぼくの”良い理解者だよ。勿論君をすでに見切ってる。あの人のお陰でぼくは君の手から逃れられたんだよね。君の友達だったあの人、貴族でしょ?何か君が“闇の貴族が……”とか“親友ポジションか……”とか言ってた人。確かに偉い人だからさ、ぼく一人を君から引き剥がすなんて簡単だったみたい。それに君にバレないようにたまに嫌々ながら会いに行ってたからね。
それにぼくの兄ちゃんは良い人だよね。兄ちゃんは会いに行ったときにすごく悲しそうな顔をしていたけど、あの現場を見ていたからぼくに会いに行けって無理強いしないし。本当に、ぼくには勿体無いぐらい、いい兄ちゃんだよね。今からその兄ちゃんの弟はとても残虐なことをするんだけど。でもこれは国に、それから世界に、そして神様に認められてるんだからさ、これが終わったら兄ちゃんは褒めてくれるよね!兄ちゃんはさ、すごく優しい人だからやっぱり君みたいな最悪の極悪人を虐め倒すだけでも心を痛めちゃうのかな?まぁいいや。君の場合は国に裁かれてるんだからさ、ぼくはただの執行人。問題はないよね。死刑執行人もそれが仕事だし。
ぼくの場合は君への憎しみが一番強いから選ばれたんだ。あと、君を憎んでいる中で一番強いから、かな。あとぼくは神様以外で君より強いから。あはは、君が望んだ世界最強だよ。ぼくは。君の言うとおりの力だよ。それから、“あの時”の宣言通りさ。
それにしても……懐かしいなぁ。捨てられた直後はかなり余裕があったなぁ。当時は体は人並み以下でとても弱かったけど、頭は人並みにあったらしいぼくは泣きじゃくる兄ちゃんに“またね”を言う余裕もさ、今の君みたいに喚く父さんを無視する余力もあったんだからびっくりするんだよね。それから先は自力で息するのも大変だったっていうのに……。
さっき言った通り、森に捨てられてからがぼくの人生の本当の絶望が始まるんだけど。正直それまでの生活は食べ物っていう観点で見ればとっても苦しかったけど家族が居たし、ぼくを捨てるまでは良い両親だったし、優しい兄ちゃんが居たから耐えられたし。それに食べ物が少なかったのは産まれたときからなんだから苦しいなんてあんまり考えもしなかったなぁ。別に少なかったけどそう喘ぐほどのもんじゃないし。あははははっ!でも、あの生活が続いてたらぼくが君を踏んずけて高笑いすることもなかったって訳だ。ある意味それは惜しいけど、高笑いさせる機会を作った君を恨んでもいいよね?あはは、捨てられるまでは今考えても天国みたいだったなぁ。その天国にこれを終わらせた後に行けるなんて幸せ者だよ、ぼくは!
「あぁ、そうだ。ぼくの話は長いけどさ、ちゃんと耳の穴かっぽじって聞いててよね。ぼくの話はここからだし、ちゃあんと考えた計画があるからこれから存分に君を楽しませるからさ」
「ユーイ!止めろ!俺のことを兄だと認めたお前が何故……ッ!」
「あはは、貧乏農家にしては大層な名前でしょ。ユーイフィゼリカ……あは、捨てときながら女の子の名前で命を狙われないように、だって。まぁこの話を教えてくれたのは兄ちゃんにだからさ、一番信頼してる兄ちゃんが言うなら間違いないし、嬉しいけど、ね。
まぁ、このぼくの義兄の君が何でそんなところで縄に縛られて沢山の人の前で晒されているかについては……ま、行動をよくよく省みてよ、に・い・さ・ん?いや……異邦人にして異端者、そして世界の敵、セイヤ・キミノ!」
あ、話が脱線しちゃった。ごめんなさい、聞いてる人たち。じゃあ話を戻すけど……。 まず本題を話す前に言っておくけど、ぼくは最初から君に従い、忠誠を誓った従者になったつもりでも、君を心から愛する家族になったつもりでも、君のために身を粉にする奴隷になったわけでもないってことかな。君についていったのはどうしようもない状況を打破して食べ物を得るためだから。それは達成できたからそういう意味では感謝してるよ、義兄さん。
じゃあ本題に入ろうか…………。
飢餓の年に神狼の森、なんて呼ばれてるあの森に捨てられた僕は運良く二日ほどは狼に食べられずに生きてたんだよね。君はそのことを全く気にしてなかったけど。気づいてもいなかったんじゃないの?まぁ、それは単に僕の前に捨てられたか迷い込んじゃった人が食べられたばっかりだったからなんだけど。そこらじゅう先人の血まみれでね、何故かそれを見た君はぼくに襲いかかってきた狼をぼくが倒したんだ、とか見当違いなことを言ってたけど実際はそんなもんだよ、夢見がちな義兄さん。
なんかたまに君って“君を捨てた父親に復讐する気はないか?”とか、“君を捨てた貴族は酷いよね”とか口走ってような気がするけど、ぼくってさっきも言ったけどただの農民出だからね。何で君がぼろぼろで身なりが悪いぼくを貴族の息子だって勘違いしたんだろ?今考えても謎すぎるなぁ。まぁ、父さんは嫌いだけど復讐心までは持ってないかな。だって仕方なかったんだから。死にたくないからぼくを捨てた。君の居た世界ではどうだか知らないけど、我ながらなにも出来ない穀潰しだったんだからそうなるのは自然の摂理さ。当たり前。普通。そんなものさ。
誇り高い狼たちは自分に害を及ぼしそうにないちっちゃな人間をわざわざ殺して肉を腐らせるほど馬鹿じゃないから僕は食われなかった。無益な殺生を狼は君と違ってしないし。まぁ、ぼくはとりあえず二日間は生きていたってわけだよ。二日経ったら狼たちもぼくを少しずつ狙いに来たけど…………。
ま、あのまま食われちゃってたら良かったんだけど。ぼく、あの時は本当に運が悪くてね、君に拾われちゃったんだ。
君に拾われてからは地獄だったよね、君は理解してなかったみたいだけど。とりあえずご飯だけは感謝してるよ。それだけだけどさ。
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「やぁ、こんにちは」
「…………、……っ」
傍目には実に人の良さそうな微笑みを浮かべた黒い青年は、血まみれになった惨状になった森を見回した。肉片や骨が飛び散った、戦いの多いこの世界でも異常な様子をそれはそれは楽しそうに。そして鼻歌混じりにガリガリに痩せた子供に近づくと、凄惨な場所の中心にいるその小さな子供を、そっと抱き上げた。
「ん?怪我は無いかい?」
「……な、ぃ……」
青年は怯える子供を安心させるように笑いかけると(その笑みに子供は余計に怯えていたが)、身に宿す不相応な、異常なまでに膨大な魔力を行使して消えた。
それは所謂“瞬間移動”の呪術であり、術者はさほどではないがその魔法に巻き込まれた者の体に多大なる負担を与える魔法であった。青年が消えたとき、森はその莫大な魔力に当てられて一瞬にして枯れていった…………。そう、魔力が豊富である“神狼の森”が。
「けほっ、けほっ……」
「だ、大丈夫かい?こんなに血を吐いて……『ハイ・ヒール』!」
元々体が弱かったらしい子供は瞬間移動の負担に耐えきれずに血を吐く。それに気付いた青年は慌てたように回復の魔法でそれを癒やした。一見、子供を心配しているかのように慌てた青年の脳裏には“この子の代わりを探すのは面倒だ”だとか“二度目のフラグは立たないはずだ……死なないようにしないと”などといったものに溢れており、子供に対する配慮などは無かったのだった。
それに、青年は間違っていた。元来魔法で治療するのは最終手段であり、四肢を欠陥した時のような大怪我に使うもの。子供の負傷は血を吐くほどではあったが、使う魔法は青年が使ったものより下位のものが望ましく、使うならば最下位の回復魔法、“ヒール”を使うべきであった。だが青年は人間離れした体を持っている為気付かない。いや、気付けないと言うべきか。“ハイ・ヒール”などは死にかけの人間を回復させる魔法であることを。
哀れな子供は無知な青年のせいでさらに傷つき、気絶してしまった。身体の傷は塞がったが、体に与えられたダメージは計り知れない。一見、体中の傷跡は消えたが、一生消えないような後遺症を植え付けられたのだ。そう、見た目には分からないが、子供には幾重にも鋭いナイフで切りつけたようなものだったのだ。無論それよりも何倍も酷いが。勿論、瞬間移動の後遺症は完全には癒えずに……。
「……あれ、気絶した。
まぁ、安心したんだろうし…………よし、王道を貫く為に捨てられた魔盲の貴族を拾ったし、あとはこの子を弟にすればいいか。魔法を教えて、体を鍛えて…………大きくなったら学校にいれよう。そしたら俺の次に強い人間になるはずだ」
青年は幼子を大事に抱えると、また“瞬間移動”をした。その幼子は、眠ったまま。そのまま永遠に目覚めなければ、その子供にとってどれほど良かっただろうか。
・・・・
「あれ、おっかしいなぁ。
……ねぇ、君、名前は?」
「…………けふっ……。
ぼく、名前……ユーイ、フィゼリカ……」
ふかふかのベッドに寝かせた子供は息も絶え絶えに青年の質問に答えた。子供の名前を聞いた青年は一見純粋な、だがよくよく見れば欲望に濡れた笑顔で子供に言う。
「ユーイフィゼリカか。ならユーイって呼ぶね。じゃ、家名は?」
「……こほっ……、無い」
その青年はユーイフィゼリカが家名が無い、と言ったことに何を思ったのかますます笑顔を深めた。不気味な仮面のような笑みを、だ。
そして労るように頭を撫でると水や食料などをその膨大な魔力で創り出した。文字通り、無から有をだ。正確には魔力というものを消費しているのだが、膨大な魔力…………ほとんど無限に近い魔力を持つ彼にとっては何となく必要だから取り出しただけに過ぎなかった。
次に子供の体に合った服を創り出した青年は子供のボロボロの服の代わりにそれを着せた。
そして変わらぬ笑顔で食べ物を差し出す。異常な魔力から生み出された物だが、皮肉なことに子供に欲しくてたまらないような食料を。奇跡のような力でありながら悪魔のような誘惑を語りながら。幸い、その誘惑や洗脳は子供に効かなかった。
「ほら、お食べ。お腹空いてるだろう?」
子供にとって、ある意味悪魔かもしれない青年は、子供にとって最も欲するものを与えた。
「子供はいっぱいご飯を食べて、それから沢山寝ればいいよ…………」
そしてその心の内とは裏腹の優しい言葉をかけたのだった。
・・・・
「……、にい、さん?」
「そうそう、そうだよ、ユーイ!兄さんって呼んでいいからね!」
何故か包帯がぐるぐると巻かれ、息も絶え絶えなユーイフィゼリカはまたあのベッドの中にいた。青年はユーイフィゼリカに兄呼びを言いつけるとまたあの強力な魔法でユーイフィゼリカの傷を治した。同時に刻まれる治らぬ傷に気づかずに。そして深まる、想像もできないような憎悪がこの小さな子どもの体に宿っていくのにも気づけずに。いや、気づこうとせずに。
「ユーイは賢いし、今は今までの生活のせいで体が弱いけど…………訓練して、魔法とかも練習すればとても強くなれるよ!人類最強も夢じゃないかな、絶対に!」
「……ぼくね、にいさんよりつよくなりたい……」
「うん?それは俺を守ってくれるって言うのかい?あはは、別に助けたからって守ってくれなくてもいいんだよ!君は強くなって俺の隣にいてくれたらいいんだ……、誰よりも、“この世界の”誰よりも強くなってね!」
青年の楽しそうな笑顔をぼんやりと眺めている少年はポツリと呟く。それを聞いて青年はますます笑みを強めた。
「……ううん。そんなんじゃだめ……、せかいじゃなくて、なによりもつよくなって、にいさんよりも……だれよりも……」
「あはは!君は兄さん思いのいい子だね。そうなってくれよ?」
「つよくなる……」
青年の笑顔につられたように子供は怪我のせいで上手くは笑えないものの、にこりと笑った。
その笑顔が、復讐心と憎悪、そして猛り狂う怒りによるものだとは、青年は考えもしなかったのである……。そして、少年の復讐心の矛先がまさか自分であるとは夢にも思わない。愚かな青年はただの莫迦だった。
「じゃあ早く元気になって訓練しよう、な?」
「……そうだね」
少し虚ろな子供の声は、第三者から見れば壮絶なる思いを秘めていて、声変わりなんてまだまだ先の少年の声なのに地を這うばかりの声だった。だが青年は強くはあった、賢くはあったがある意味………………何よりも愚かな生物だったのだ。
だから、気付かない。子供が自分に抱く憎しみを。
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壮絶なる戦いが繰り広げられていた。黒い服をはためかせて戦う幼さを残した少年は血を吐こうが、四肢が吹き飛ぼうが気にも留めずに戦い続ける。身体を覆う清浄な光が次々とその傷を癒していくからだ。見る間に少年の寿命は削り取られ、透き通るように白い肌はますます青くなっていく。苦しいだろうに顔には仮面の笑みが張り付いている。義兄への怨念のこもった剣が目にも留まらぬ速さで振られていく。時折少年から発せられる寿命を代償にした魔法が対するドラゴンに炸裂していく。
「強くなりたいなぁ!だからドラゴン、君は死んでよ!」
少年の振るう剣が、魂を削った一撃がドラゴンを沈める。喉が裂ける程の絶叫と、不気味なまでの微笑みを浮かべた少年が赤い血の海に沈む。
はっ、はっと短く息を吐きながら少年は仮面の笑顔のまま後ろに立っていた青年に駆け寄った。青年以外の者であれば一瞬で気づくだろう憎悪を目に宿らせて。
「義兄さん、やったよ」
「うん、頑張ったねユーイ。じゃあ次行こうか」
血塗れになった義弟の頬を拭って青年は笑う。少し息を切らした少年の体に刻まれた傷に気付かずに。
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「は、初めまして……ぼくは、ユーイフィゼリカ・キミノといいます……セイヤ・キミノの義弟です……」
白い制服に身を包んだ少年は、どもった“ふり”をしながらクラスを見渡す。クラスの数人かは見たこともない少年に興味を示し、少年の義兄の隣の席の少女は少年と青年が似ていないことを訝しみ、青年と先ほどまで談笑していた青年は妙に顔色の悪い少年と友人を見比べた。
「ぼくは、その……セイヤ義兄さんに勉強をたくさん教えてもらったので……その、飛び級できました」
「あら、優秀なのね。勇者様のご友人のセイヤさんの弟……にしてはあまり似ていないけど」
金髪の高飛車そうなクラスメートは馬鹿にしたように少年を笑う。至極当然の意見だった。
「野暮ったい顔ね。貴男のお兄さんに似ていないし」
「おいおいティーエ。ユーイは俺の実の弟じゃないんだから当然の事だよ。でもユーイはとても優秀なんだから大丈夫さ」
軽く笑った青年は少年を手招きした。教師はそれを止めず、操られたように虚ろな、だが歪んだ意志の宿る少年の目を伺うだけだ。セイヤと談笑していた赤毛の青年は尋常な様子ではない少年を急に真面目な顔をして眺めていた。真っ白な顔、うつろな表情。誰が見ても様子がおかしいのに、兄である青年は気づきもしないのだ。異様である。
「さぁユーイ、今日から君と俺は兄弟でありながらクラスメートだ。一緒に頑張ろうな」
「はい、セイヤ義兄さん」
義兄に従順な少年は、無感動に返事をすると見た目麗しい貴族の娘も刺々しい視線を送ってくるクラスメートの面々も、心配げに少年を見る赤毛の青年も無視して開いた教室の隅の席へ歩いていった。




