ご近所丸ごと異世界トリップ
普通さ~、異世界トリップって、人だけが移動するじゃない?
あたしっていうかあたしたちか、の場合はさー、家ごとだったんだよね~。
しかもマンション15棟、1丁目まるごとってどういうことよ?
朝起きたら、ご近所さんの声がうるさいからベランダに出てみたら、前の棟の向こうに見えるべき町並みがなくて、草原が広がってるんだもん。
びっくりするっていうか、信じられないよね~。
一家そろって呆然としてたら、ドアがガンガンたたかれる。
「はい!」
母があわてて玄関へ行き、応答した。
「すみません、自治会長いらっしゃいますか!?」
あせった声が、お父さんを呼んでる。そういえば、お父さん、この前くじであたっちゃったんだよね。自治会長。
お父さんはそのまま飛び出していった。
とりあえず、自治会が動くみたい。あたし達は、自宅待機だよね。
母と弟と3人で、家の中をチェック。
電気は当然ストップ。
お母さんは「冷凍食品が~!」とあわててる。
ガス、水道もアウト。
こうなったら、非常用のものを出すかということで、ガスコンロとか缶詰をリビングに移動する。
長期保存飲料水も発見。お母さん、ナイス!やっぱ、備えあれば憂い無しだね~。
「自然解凍のお弁当のおかず、お昼に食べればいいわよね~」
お母さんは、まだ冷凍庫をあさっている。食料第一だな、うん。
「お姉ちゃん、これってさ~、何だと思う?ラノベにあるトリップかな?それともマンションだけ残って地球全滅とか、わ~SFじゃん!」
弟よ、君が人生でもっともバカな中2だって事はわかったから、さっさと手と足動かせ!!
非常用の体制を整えていると、ぱちぱちっと電気がついた。家中でモーター音が鳴り始める。
「あ…」
「点いた…」
テレビをつけてみたが、残念ながら砂の嵐だ。
ネットもつながっていなかった。携帯もだ。通話すらできなかった。回線はダメらしい。
外が騒がしい。ベランダに出てみると、見たことのない乗り物が、停まっていた。中から人(?)が10人ほど出てきて、何か言っている。
そのうち、集会所から人が出てきて、話し始めた。お、言葉は通じるのか。やがて彼らは、ぞろぞろと集会所に消えていった。
「今の人たちと電気、関係あるのかなぁ?」
「かもね。なんでもいいわ、電気が使えるなら」
お母さん、ゲンジツテキデスネ。
15分ほどしたころに、いきなりテレビがついた。しかもお父さんが映ってる。
「「「えええぇ~?!」」」
3人で声がそろっちゃったよ。
「こんにちは。自治会長です。住民の皆さん、何が起こったのか、ご心配、ご不安なことと思います。この状況を説明してくださる方がいらっしゃいますので、ご紹介します」
「こんにちは、移民局のタナカです」
ニコニコと自己紹介をするのは、アジア系ともヨーロッパ系ともいえそうな不思議な男の人だった。
タナカさんの説明いわく。
ここは、地球とは違う世界。よろこべ弟よ、異世界トリップだ。
時々、違う世界と土地が入れ替わっちゃうらしい。そうやってこの世界は発展してきたんだって。日本は70年ぶりだってさ。でも、こんなに大規模な住宅は初めてらしく、タナカさんたちも、ちょっと驚いてるんだって。そうだよね~、もう、移住レベルだよね~。少なく見積もって3500人はいるもん。
あ、タナカさんは70年前の日本の人の子孫で、言葉は、翻訳機使ってる。もともとの住民は、人数少ないけど機械工学はかなり進んでるそうだ。電気も発電機を持ってきてくれたからついたんだって。これから、生活基盤を整えて、それから、他の都市と交流始めましょうって話は締めくくられた。
戻れないのは、決定らしい。これが、よくある異世界トリップ小説なら、たった一人で悲劇のヒロインなりヒーローになるんだろうけど、私達には、家族がいる。友達だって全部じゃないけど、いる。ご近所さんだっている。
だから、前を向いてここで生きていくんだ。みんなで。
Fin.
ベランダで洗濯物干してて、ふと思いついた話。短いです。思いついただけ。続編は、もしかしたら書くかもしれない。