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みんなの願い事

作者: かっぷ

 暖かな南の海に、ポツリと浮かぶ小さな島。

 そこに小さな女の子が、たった一人で住んでいました。

 晴れの日も、風の日も、雨の日も、ずっとずっと一人ぼっち。暗く寒い夜には、寂しくて泣きたくなる時もあります。

 ですが彼女には、大事な役目があるのです。


 ある日の事。

 島の砂浜に落ちていた小石が女の子に話しかけてきました。


「お願いがあります、お願いがあります。聞いて下さい!」


 小石は硬い身体を震わせて、一生懸命に声を上げています。女の子は小石を優しく拾い上げ、小首をかしげて尋ねました。


「お願いってなぁに?」


 すると小石は女の子の耳元で、遠慮がちに言ったのです。


「僕はこの島から出て、世界を見て回りたいのです」

「へぇ……いいね、凄く楽しそう!」


 小石の話を聞いて、にっこりと笑う女の子。


「じゃあ私の命を分けてあげる。小石のままじゃ、動けないもんね」


 女の子は懐からナイフを取り出すと、自分の指先に傷を付けます。そして傷から流れた血を、そっと小石へ垂らしました。

 すると小石が虹色の光に包まれ、ふわふわとその形を変えて行くのです。


「小石さん、これで世界中の空を飛び回れるはずよ!」


 女の子が虹色の小石を空へ掲げると、それは小鳥へと姿を変え、青空へ飛び立ちます。

 そしてお礼でも言うかのように、小島の空で大きな輪を描いて飛ぶと、まだ見ぬ世界目指して羽ばたいて行きました。


「いってらっしゃい、小鳥さん。飛び疲れたら、いつでも戻って来てね」


 小鳥を見送り、手を振る女の子。

 そこへ、どこかから声が掛けられます。


「お願いがあります、お願いがあります。聞いてもらえませんか!」


 女の子が辺りを見回すと、声の主はすぐに見つかりました。

 喋っていたのは、風に乗って舞う木の葉だったのです。


「僕はこの島から出て、世界中の海を探検したいのです」

「へぇ……どんな生き物がいるのかな。ワクワクするね!」


 女の子は笑顔を見せると、先程と同じようにナイフで指先を傷付け、流れる血を木の葉へ与えます。


「私の命、わけてあげる。木の葉のままじゃ、海に潜れないもん」


 命を分け与えられた木の葉は虹色の輝きに包まれ、その姿を別の物へと変えて行きます。


「木の葉さん、好きなだけ海の中を探検してね」


 女の子が木の葉を海に流すと、それは小魚へと姿を変え、大海原へと泳ぎ出します。

 そしてお礼でも言うかのように水面で大きく飛び跳ねると、まだ見ぬ海を夢見て旅立って行きました。


「いってらっしゃい、小魚さん。泳ぎ疲れたら、いつでも戻って来てね」


 小魚を見送り、女の子は手を振ります。

 様々なモノたちの願いを聞いて命を分け与え、旅立ちを見送る。

 これが小島に一人で住む彼女の、大事な役目。

 来る日も来る日も、何百、何千……数え切れない程のモノたちが彼女を頼り、声を掛けます。

 そんなお願いに女の子は嫌な顔一つせず笑顔で応え、自分の手に新しい傷を作っては命を分け与えるのです。

 命を貰い旅立ったモノたちは皆、女の子に感謝しています。女の子も、それをとても嬉しく思っています。

 でもただ一つだけ。女の子は心に思う事がありました。


「いってらっしゃい、蝶々さん。お腹が減ったら、いつでも戻って来てね」


 今日もまた、奇跡の花の蜜を吸いたいと願うモノに命を分け与えた女の子。

 ヒラヒラと嬉しそうに飛んで行く蝶々に手を振って、その姿が見えなくなると、小さな溜息一つ漏らしました。


「きっと、あの蝶々さんも戻って来ないんだろうな」


 しょんぼりと呟きます。

 今までに見送った全てのモノたち。その誰もが、この小島へ戻って来ません。

 きっと広い世界を旅して回り、楽しく過しているのでしょう。何も無く、退屈な小島の事など忘れてしまう程にワクワクするような日々を送っているのです。

 それはとても素晴らしい事だと喜ぶ女の子なのですが……。


「たまには、顔くらい見せてほしいな」


 小島にたった一人での生活は、やっぱり少し寂しい。たまにで構わないから、いろいろな話をしたい。楽しい気持ちを誰かに伝えたい。悲しい時に慰めて欲しい。

 そう思うのでした。


 そんなある日、冷たい雨が強く降る夜の事です。

 今日も多くのモノを見送った女の子。モノたちの幸せを祈りながら眠ろうと、寝床へ戻ろうとした時でした。

 突然、女の子は倒れてしまいます。

 立ち上がろうとしても手足が重くて、思うように動かせません。なんだか頭もボンヤリして目が回り、その場から一歩も動くことが出来ません。

 どうしてだろう?

 少し考えて、すぐにわけがわかりました。

 モノに命を分けてあげ過ぎて、自分の分が無くなったのです。


「そっか……。ごめんね、残ってる他のみんな。全部のお願いを聞くのは、無理みたい」


 強い雨に打たれながら、倒れたままで女の子は言いました。

 身体がどんどん冷たくなって行きます。女の子に僅かばかり残っていた命のカケラが、尽きようとしているのです。


「一人で死んじゃうのは、寂しいな」


 女の子が悲しそうに呟いた……その時でした。


「お願いがあります、お願いがあります。聞いて下さい!」


 どこからか、声が聞こえました。いつもの、モノがお願いをする声です。


「だぁれ?」


 震える声で聞いた女の子に、声は「ここにいます!」と大声で応えました。


「あら、あなたは……」


 女の子が自分の懐を探ると、そこに声の主が居ました。

 彼女がいつも使っている、愛用のナイフです。


「お願いがあります。聞いてもらえませんか」


 真剣な声でお願いを伝えようとするナイフに、女の子は少し困ってしまいました。

 もう分けてあげられる命は、今ある分だけ。ほとんど残っていません。ナイフに命を分けてあげたとして、その願いを叶える事ができるかどうか、わかりません。


「……いいよ、言ってみて」


 ですが女の子は、長い間自分と一緒に頑張ってくれたナイフに、精一杯の笑顔で応えます。

 何になって、どこへ行きたいのか、何をしたいのか。

 お願いを叶える為、女の子は傷だらけの手でナイフをしっかりと握り、胸の前で構えました。

 残りカスのような命でも最後の一適まで絞り尽くせば、このナイフの望みを叶える事ができるかもしれない。命のカケラを掻き集めて、せめて最後に、ずっと一緒に過したナイフのお願いを叶えてあげたい。そう思ったのです。


「さあ、聞かせて。あなたは何がしたいの?」

「ボクは……」


 女の子に聞かれ、ナイフは言います。


「ボクはずっと、キミと一緒に居たい!!」


 ナイフのお願いに、女の子はとても驚きました。


「ボクはずっと、キミと二人で一緒に過したい。晴れの日も、風の日も、雨の日も、ずっとずっと一緒に居たい! 色んな話をしたい! 暗く寒い夜だって声を掛ける。もう二度と寂しい思いをさせたりはしない!」


 ナイフは大きな声で、何度も何度もそう言いました。

 女の子は、そんなナイフのお願いに頷くばかり。胸が一杯になり、涙が溢れて止まりません。嬉しくて、死んでしまいそうです。

 これでもう一人ぼっちではありません。ナイフが一緒に居てくれば、色んな話ができます。そうすれば、寂しい日だってへっちゃら、全然平気!

 ずっとずっと心の奥に仕舞いこんでいた女の子のお願い。それがとうとう叶うのです。


「でも……」


 とても喜んだ女の子でしたが、すぐにしょんぼりと落ち込んでしまいます。

 ナイフのお願いが叶わない事に、気が付いたからです。


「私はもうすぐ死んでしまうから、ずっと一緒には居られないの。お願いを叶えてあげられなくて、ごめんね」


 死んでしまっては、一緒にいる事はできません。話をする事もできません。

 悲しそうに涙を流す女の子。そんな彼女へ、ナイフは言いました。


「あきらめないで! 今までキミは、自分を傷付けてまで色んなモノの望みを叶えてきた。だから今度は、キミが自分の願いを叶える番だ!」


 そう叫ぶと、ナイフは虹色に光り始めます。命を与えられたモノが、姿を変える時と同じように。

 するとナイフを握る女の子の手に、暖かな物が流れ込んできました。


「これまでにキミから零れ落ちた命のカケラを、いま返すよ」


 ナイフはこれまで女の子の指先を傷つける度、こつこつと集めていたのです。

 自分の身体についた、血の雫を。命のカケラを。大好きな人を傷つけなくてはならない、辛い気持ちと一緒に。

 いつか必ず、女の子の望みを叶える為に使うのだと心に決めて。


「これでもう大丈夫だよ」


 ナイフの言った通り、みるみる内に女の子は元気を取り戻しました。冷たくなっていた体が、ホカホカと温かいモノで溢れています。


「これでキミのお願いを叶える事ができそうだね」


 ナイフの言葉に頷いて、女の子は涙を拭います。

 そしてとても嬉しそうに、満面の笑顔でもって言ったのです。


「ありがとう、ナイフさん。私のお願い叶えてくれて。だから私も、あなたのお願いを叶えるよ」


 いつの間にか雨はあがり、雲は消え、数え切れない程の星がどこまでも続く夜空に瞬いています。


「ずっと、一緒にいようね」


 お互いのお願いを叶え合った女の子とナイフ。

 晴れの日も、風の日も、雨の日も、ずっとずっと、これからもずっと二人は一緒。手を繋ぎ、毎日を過して行くのです。

 もう南の海に浮かぶ小島から「お願いを聞いて!」という声は聞こえて来ません。

 その代わり、楽しそうに笑う二人の声が、どこまでも続く広い海と空に響き渡るのです。

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