死にたがりと守護天使
面倒くさい。
ただそれだけの理由で死のうと思った。
友人がいない訳でもない。大きな挫折をしたわけでもない。
ただ、生きて行くのが面倒で仕方がない。
そんな気分になってしまった。
「さて、どうやって死のうか」
そんな理由で死のうと思ったわけだから、積極的に行動するのは面倒だ。
飛び降り自殺するにも場所を探すのが面倒。
練炭自殺や首つり等はわざわざ買いに行くのが面倒。
手首でも切ろうかと思ったが、それじゃ死ねないらしい。
そもそも、痛いのは嫌だ。
いつか読んだ小説の一節が頭に浮かぶ。
『別に死にたい訳じゃない。でも、生きたくないんだ』
こんな感じだったと思う。
今の僕の心境と、フレーズだけなら一致している。
その主人公とは全く重ならないけど。
「どうでもいいや」
とりあえずは死に方を考えよう。
簡単で、痛くなくい死にかた。
思い付かない。
本当は僕は死にたくないのかもしれない。
「どうだろう」
思考が煮詰まってきた。
頭ががんがんと煩い。
そういえばお風呂に入っていなかった事を思い出す。
考えるのが面倒になってきたので、とりあえず入ってしまう事にした。
熱いシャワーを浴びて、洗髪ついでに頭皮を揉みほぐす。
血行が良くなったせいか、一つの怪談を思い出した。
「だーるまさんが、こーろんだ」
こう言うと霊がやってきて、呪い殺してくれるらしい。
勝手に向こうからやってくるわけだし、呪いって痛くなさそうだ。
最高じゃないか。
気分よく『だるまさんがころんだ』を連呼してお風呂を上がる。
何か来るかな? なにが来るかな?
暫く待っても何も来なかった。
つまらない。
一応気になって調べてみたら、ガセネタだったらしい。
残念だ。でも、これで僕の死ぬ方法が決まった。
幽霊に呪い殺されてみよう。
それから僕は色々やった。
夜中に学校に行ってみたり。
呪いのビデオを見たり。
お札を買ってきて『悪霊退散』を『悪霊歓迎』に書き換えたり。
口裂け女に愛してるってメールしてみたり。
メリーさんに電話してみたり。
結果は芳しくなかったけど。
そうこうしている内に面倒くさいという思いはいつの間にかなくなっていた。
死ぬ理由はなくなったけど、やっぱり生きる理由も見つからない。
だから全力で呪われるために、心霊スポットに行ってみた。悪霊歓迎の看板を持って。
これできっと僕に幽霊が憑いて来ているはず。
意気揚々と家に帰って玄関を開けると、怖いお兄さんが立っていた。
無地の白いTシャツに、青っぽい簡素なジーパン。
半そでの先から伸びる腕は浅黒くて、僕のウエストくらいはある。
ムッキムキだ。
「お前いい加減にしろよ!」
そんなムキムキのお兄さんに、ものすごい形相で怒鳴られた。
「え? え? なんで? ていうか、誰?」
「毎日毎日『悪霊歓迎』とか言いやがって。俺がそのせいでどんだけ忙しい目にあってると思ってる!!」
「す、すいません」
あまりの迫力に押されて思わず謝ってしまう。
でも、別にお兄さんには関係ないんじゃ……
「関係大ありじゃ!! 俺はお前の守護天使だぞ!!」
最悪だ。
こんなマッチョが守護天使だなんて、一生分の不幸が目の前にそびえ立ってるのと同義だ。
「死のう」
「守護天使の前でよくそんな事が言えるな……」
がっしりと両肩を掴まれてしまった。気持ち悪い。
「気持ち悪い」
「そこは思うだけにしとけよ! というか嫌いすぎだろ」
これでもまだ言葉を選んで優しく接している方だ。
「まぁ、それは別に良い。が、まーたこんなに連れてきやがって……」
不快感が這い上がる肩。自称守護天使の変態は僕に乗せたぶっとい両手の先を睨みつけている。
鋭く、息を吸う音が聞こえた。
瞬間。僕の聴覚は死んだ
「ぅぎっ!!?」
自分の口からよく分からない音が漏れている。はずだ。
確信が持てないのは、声として認識することが出来ないほどに目の前の怪人が尋常じゃない怒声を放っているから。
空気の振動が世界を揺らし、足元がひどく頼りない。
魂が抜け落ちるかと錯覚する頃、やっと暴音が治まった。
「ふぅ、あらかた帰ったな……」
僕の鼓膜が破れていない事が驚きだ。
「なんだったんですか、今の」
「あん? 聞こえてたのか?」
当然頷く。目の前で叫んだくせに、もしかしてこいつは馬鹿なのだろうか?
「あーそういえばお前、霊感があったんだよな……」
いや、ないけど。あったならとっくに霊が現れて僕を呪い殺してくれているはずだ。
「それを俺が逐一追い返していた訳だが」
「たびたび心を読むのやめてくれませんか」
悪びれる様子もなく鼻で笑う筋肉。鬱陶しい。
「俺の呼称安定しないな。ちゃんと『天使さん』と呼べ」
こんな肉甲冑を天使と呼べと? 死んでもごめんこうむる。
「天使に対する冒涜です」
「天使本人に言うなよ!」
冒涜天使、ガチムチン! 監督がとち狂った特撮ものみたいだ。
「あーもういいからせめて初めのお兄さんで。な?」
「分かりました」
肩がみしみし言うくらいの握力で迫られば、誰だってOKを出すだろう。
「脱線しまくったが……とりあえず言いたい事がある」
筋トレ狂が語り始める。
「おいこらお兄さんにしろよ」
「痛いですお兄さん」
心の中の呼称にツッコまないでほしい。
「あーもう進まないから無視する。いいか?」
それからお兄さんは本当に長々と語ってくれた。脳みそが筋肉なんじゃないかと言うくらい要領を得ない話し方で。
肩の痛みに耐えながら聞いた話をまとめると、このお兄さんは本当に僕の守護天使らしい。
そして、今まで陰ながら僕を幽霊とか都市伝説の類、妖怪から守ってくれていたらしい。
お兄さんがいなければ、もう十回は死んでるそうだ。
超余計な御世話だ。
「そうは言うがな、それが俺の仕事なもんでな」
今すぐ解雇したい。
「まあ聞け、仮に俺がいなくなったらどうなるか、それを説明してやる」
興味がない。それと心読むなよ。
「良いから聞けよ。お前は人並み外れて霊感が強いせいか、過剰に怪異に好かれている」
心を読むのを止めてくれない。訴えたら勝てるかな。
というか、僕に霊感なんてないと思う。実際今まで幽霊を見たことなんてない。
「……それが口裂け女にメールを出したり、メリーさんに電話をかけられる人間のいうことか」
そういや、普通に送る事が出来たし、電話もつながったっけ。
「普通の奴等は割と簡単に帰ってくれるから楽だけど、あの二人は何度も来るから追い返すの大変なんだぞ」
「何度も来るの?」
「ああ。口裂け女の方は『綺麗ってお世辞で言われたことはあるけど、愛してるなんて初めて……』とトキメイテいた」
「メリーさんは?」
「『逃げるどころか、呼んでくれるなんて……絶対行きます!』って意気込んでた。都市伝説って可愛い反応するんだな」
呵々と笑うお兄さん。だけど目だけ笑っていない。怖い。
「最近じゃお前をめぐって喧嘩するから、なおさら面倒なんだ」
「大変ですね」
「誰のせいじゃああああ!」
ちゃぶ台のようにブッ飛ばされる。
この脳筋は、本当に守護天使なのだろうか。
数秒間の滑空の後、何か柔らかいものに衝突する。
「きゃ!」
可愛い声が聞こえた。
それから人間二人分が地面に倒れる音。一つは僕で、もう一つは?
「しまった!」
遠くでバカが叫んでいるから、バカ以外だ。もしバカだったらさっきの声で吐くけど。
「いたたたた……大丈夫? ごめんね」
握られ過ぎた両肩と落下の時に打った膝が痛い。
でも今は、声の主が気になる。
僕の下に仰向けに倒れていたのは、小さな少女だった。
人形の様に白い肌。きめ細やかな長くウェーブのかかった亜麻色の髪。
極めつけは日本人にはあり得ない、いや、人間ではありえないような深い深い深緑の瞳。
服はゆったりとしたワンピースにたくさんのフリルが付いているような気がするけど、あまり意識に入ってこない。
兎に角瞳に吸い込まれる。
「あの……」
「ああごめん、今退くよ。立てる?」
差し出した手は取ってくれた。
ひんやりと冷たい手だった。きっと心が温かいのだろう。
並んで立ってみると、本当に小さい。
僕より頭一つ分以上。身長は多分150㎝もないだろう。
腰まである髪は、僕の三倍は下らないだろうけど。
「やっと……」
鈴を転がすような声にハッとなる。
「本当にごめんね。怪我はなかったかな?」
僕の声は聞こえているだろうか? 反応はなく、何処か虚ろだ。
いや、虚ろというよりも、感情に表情が付いていかなかっただけらしい。
「やっと会えました!!」
文字通りに飛びついてくる少女。全身で喜びと言う感情を表しているのがよく分かる。
両足が地面についていないから、僕が全体重を支えているはずなのに、酷く軽い。
「ずっと、ずっと会いたかったんです」
脳に直接響くような、至近からのささやき声。
顔と顔が隣り合ってるから、吐息がかかってぞくぞくする。
「ずっと会いたかったって、僕に?」
「はい。本当は後ろから抱きついて驚かせたかったんですけど」
私の本職ですからと、楽しげで誇らしげな声。
後ろから抱きつくのが本職な人? いや、近づく方かな。
「ということは、君がメリーさん?」
「はい! メリーです。今、貴方の一番近いところにいます」
底抜けに明るい柔らかな声。
湧き上がる感情に戸惑う。
どうして、こんなに不安になるんだろうか?
「えへへー」
背筋が冷たい。楽しそうなメリーさんの声と比例するようにざわざわと不快感が這い上がってくる。
かつん。
そんな音が聞こえた。
「…………………そだ」
側方からの小さな声。跳ね上がる心拍数。
澄んだ川の流れに、巨大な泥団子を投げ入れたような違和感。
声に引かれて首を曲げると、一人の女性が目に入った。
驚愕に見開かれた闇色の瞳。流れるような漆黒の髪。豊満な体を強調するような真紅のドレス。
どれもが人目を引くのに十分な力を持つのに、そのどれよりも白いマスクに目を奪われる。
「嘘だ!」
マスクのせいで僅かにくぐもった声。込められる感情は明確な拒絶。
「うそだぁあああああああ!!」
絶叫と共に伸ばされる右手。その手には鋏が握られている。
鞭のようなしなりを見せて、その先端がメリーさんの肩を食い破ろうと空を割く。
咄嗟に体を捻れた自分に拍手を送りたい。
「あぐっ……!」
肉に異物が入り込む感覚。吐き気を催すような感覚の直後に、焼けるような痛みが駆け上がる。
抱き合ったままのメリーさんを庇った僕の背。肩甲骨から下辺りを刃が抉っていく。
突き刺さらなかったのが不幸中の幸いかな。
「……え?」
時間が止まったような静寂に、ポカンとした声。
からからと鋏が落ちる音が聞こえた。
「っっっ~~!! マスクに鋏ってことは、口裂け女さん?」
脂汗が大量に出るが、根性で悲鳴を殺す。
出来るだけそっとメリーさんを降ろし、笑顔を作って振り向いた。
「ご、ごめんなさい!」
本日二度目の抱擁を交わす。受けたばかりの傷に沿って電気が走る。
それよりも、目の前の女性が泣いているのが辛い。
「わ、わた、私、こんなつもりじゃ……」
「大丈夫、大丈夫」
ぽんぽんと背を叩く。僕よりも少しだけ小さい背を出来るだけ優しく。
「全然大丈夫じゃねえだろ」
ここにきて漸く役立たずが動いた。
「確実にこれ抉れてるだろ。出血もひどいし、普通なら縫う必要があるな」
びくりと腕の中の女性が震える。なんてことするんですかとメリーさんが騒いでいる。
別に僕の体に傷くらい残っても構わない。けど、トラウマを作るのは忍びない。
「なんとかしてやろうか?」
にやにやといやらしく笑う肉壁。
絶対性格歪んでると思う。
「手前に言われたくねえぞ……」
「やるなら早くして下さい」
そしていい加減心を読むな。
「それがものを頼む態度かよ」
「おおおおおおおお願いします」
「いや、そこまでどもられても困るけど」
意外と余裕あるなーとぼやきながらも仕事をこなす自称天使。
脳筋と思っていたが仮にも守護天使。不思議な力を使えるらしい。
「治療やめたくなったわ」
「ど、どうしてそんなこと言うんですか!!」
僕よりもメリーさんが過剰に反応する。
腕の中の口裂け女さんはようやく落ち着いたのか、僕の体からちょっとだけ離れた。
「本当にごめんなさい。私、君が其処の小娘に取られたと思って……」
「取られたって、こいつは誰のもんでもねえだろ。強いて言えば守護天使の俺が一番所有権ありそうじゃね?」
「理解できる言語で喋ってくれますか? 高次元生命体(笑)」
「思いっきり日本語だろうが!」
というか(笑)ってどうやって発音するんだとかボヤキながらも、治療は進んでいく。
傷口付近の肉が蠢いて無理矢理に引き延ばされるような違和感。
そして何よりも触れるか触れないかの距離から伝わる肉達磨の体温が気持ち悪い。
「本気でやめるぞクソ主人」
「ああ、一応僕が主人なんだ」
ならもう敬語を使う必要はないかな。
「やめとけ、キャラが弱くなる」
いらないお世話だよクソ天使。
とはいえ女性の前で汚い言葉遣いをする訳にもいかないかな。
「……フェミニスト」
ぼそりと呟くヲトコは捨て置こう。
それよりも目の前にいる美少女と美女が問題だ。
「えっと、いまさらな感じだけど初めまして」
背中に黒光りするおぞましい者が発光してるけど、それを感じさせないくらいにこやかに自己紹介をする。
「色々あったけど僕は無事だし、気にしないで良いよ」
「そういうわけには!」
「いくの」
後悔の念か何かから叫ぶ口裂け女さんの言葉を無理矢理遮る。
「わ、わたしも納得いきません!」
「納得してね」
メリーさんには笑顔で意見を押し通す。こういうときは笑顔が一番効果的だ。
「でも、それじゃ私の気が済まない……」
沈む口調。口裂け女さんは頑固なのかもしれない。
「それじゃあ、素顔を見せてほしいな」
まだ一度もマスクを取ったところを見ていない。
これは見ておくべきだろう。
「うっ!? で、でも、期待するようなものではないぞ?」
「見たいな」
こういうときも笑顔で押す。笑顔が一番効果的。
「鬼畜だな」
後ろでGっぽいものがうるさい。
「さり気なく今まで一番ダメージがでかいぜ……」
ぼやくな気持ち悪い。
「う、うぅ……笑わないでくれよ?」
一つ頷いて彼女のアクションを待つ。
一度耳の後ろへと長い黒髪を流して、片手でマスクを外す。
白のベールに隠されていたものから見えたのは、真っ赤に塗られたルージュだった。
「え?」
確かに一般女性に比べたら大きい口だけど、そこまで大きくはない。
裂けたと言うよりも広がった。または元々大きかった程度。
正視に耐えないような牙もない。
「うぅ……期待外れだろ? 最近じゃ口裂け女を怖がる人も少なくなったからこの程度なんだ」
恐怖の度合い=口の裂け具合なのか。
「確かに、これじゃ十人が十人反射的に『綺麗』って言っちゃうもんね」
ボン! そんな音が聞こえてきそうなくらい口裂け女さんの顔が赤くなる。
視界の端ではメリーさんが恨めしそうに唸っていた。
「今は綺麗って言うより可愛いって感じだけどね」
あうあうと口裂け女さんは言葉にならない声を出している。
やっぱり可愛いな。
「おら終わりだ。治療中に女を口説くご主人さんよ」
巨大Gが背中から遠ざかる。これで気が楽になる。
同時にメリーさんがわざわざ背中に回って話しかけてきた。きっと彼女の性質なんだろう。
「もう、大丈夫なんですか?」
「うん、ばっちり」
実際痛みもない。良い仕事してました。
「良かったあ」
安堵の声と背中の衝撃。今日は良く抱きつかれる日だ。
「わ、私も」
正面からも。男冥利に尽きるなぁ。
「んで、どうすんだこの状況」
「もう少しぬるま湯に漬かりたいなあ」
「たわけ」
どうするもこうするも、どうしようもない。
僕の目的は彼女たちに殺してもらうことだ。愛される事じゃない。
そしてそれを彼女たちは知らない。
僕は、伝えなければならない。
「ま、どうにもならんと思うけどな」
気を利かせたのか、守護天使ははるか上空まで飛んで行った。
一旦二人を離し、深呼吸で心を静める。
「お願いがあるんだ」
メリーさんは元気な返事を、口裂け女さんは私にできる事ならと頼もしい答えを。
「僕を、殺してほし「嫌だ(です)!!」いやいやいや」
全力で拒絶された。
「えーでもほら、君たちって元々そういう類の物じゃないの」
都市伝説の筆頭なんだし。
「わたしはだんだん近づくだけです。驚かれて終わりです」
オチは色々ありますけどと補足が入る。
「私は確かにその『類』の一つだが、実際に殺したことは……」
口裂け女さんには姉妹がいるらしく、末っ子の彼女のころには対処法が確立されてしまって何もできなかったらしい。
「そもそもこいつの殺害法は鋏とかの凶器でぐしゃりだから、痛みなくってのは無理だぞ」
「かっこよく離脱しといて話に入ってこないで下さい」
空気の読めないイタイ天使^^;
「お前それはダメだろう……」
分かってるよ。
「それに、君を殺すなんて絶対に出来ない」
「わたしにも、仮にそんな力があっても出来ません」
「どうして?」
「「好きだから」」
ストレートな好意は、受け取るのにも覚悟がいる。
それが出来ない僕は、やっぱり愛される資格はない。
それが少しだけ悲しかった。そして悔しいと思えた。
何処かで、誰かが意地汚く笑った気がした。
「OKOK! それじゃ今日はここまでにしとくか!!」
圧倒的な存在感が、天空から降ってくる。
筋肉を膨張させ、薄く発光する守護天使が降臨。
呆気にとられる僕の前で、思いっきりその右腕を振るった。
突風。いや、暴風。抗う気すら根こそぎ吹き飛ばすような空気の壁。
理不尽な力がメリーさんと口裂け女さんを吹き飛ばしていく。
「言ったろ? 毎日追い返してるって」
実力差だなんだと言う次元を飛び越えた存在が確かにそこに顕現していた。
「今日も一日、風に遊ばれてきな!」
「ひ、ひどい! また絶対行きますからね!!」
「私だって、君に会いに行くからな!」
ドップラー効果を残して見えなくなる二人の女性。
突然過ぎて何もできなかった。一緒に吹き飛ばなかったのが不思議なくらいだ。
「それこそ不思議パワーの力だ」
ご都合主義かよ! 意味被ってんだよノ―タリン。
「う、ぐっ……まあいい。それよりご主人、どんな気分だ?」
「なにがですか?」
「生きる理由が見つかっただろ」
「え?」
「悔しかったんだろ」
体が硬直する。
「生きる理由がないなんて言えないよな。悔しいと思っちまったんだから」
どくどくと、心臓から何かが流れ出てくる。体の芯から末端まで余すことなく行きわたる。
「それで良いのかな」
「当たり前だろ」
一呼吸。
「男が本気になるなんて、女のためで充分だ」
死ぬ理由はとっくになくなっていた。
生きる理由が出来てしまった。
僕はもう、死にたいとは思えないかもしれない。
「ねえ天使」
「あん?」
「ありがとう」
ぐしゃりと頭の上に大きな手。
「これが俺の仕事だからな」
にかっと輝く笑顔は、やっぱり気持ち悪かった。
「おいこら」
「事実です」
「あーもう、可愛くねえ餓鬼だ」
「失礼な」
「ホントにこいつ護るのやめようかな……」
「良いんじゃないの? メリーさんと口裂け女さんは無害だし。お札もはがすし」
「ところがどっこい、そうもいかねえ」
「なんで」
「次は貞子と花子が来る」
「は?」
「この二人は別にお前に好意を持って無いから普通に殺しに来るぞ」
「いやいやいやいや」
「言ったろ? 俺が居ないと十回は死んでるって」
にやりとした笑顔はさっきよりも邪悪で気持ち悪かった。
筋肉馬鹿は嫌いではありません。どちらかと言うと愛すべきバカは好きです。