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君がいるから、もっと強くなれる

掲載日:2026/06/22

【第1話「元天才、マネージャーになる」】


神崎颯は大学2年生。高校時代は全国区のバスケエースだったが、インターハイ決勝直前に膝の靭帯を損傷し、選手生命を絶たれた。


大学では目立たず過ごすつもりだった颯だが、友人に引きずられるように参加した学園祭で、女子バスケサークル「Crescent」の試合を見学してしまう。


「うわ、基礎が全然できてない……」


思わずつぶやいた言葉が、隣に立っていた部長・桐島凛に聞かれてしまった。


「じゃあ、マネージャーとして手伝ってもらえます?」


気づけばサークル室に連行されていた。


活動初日。颯はドリンクを用意しようとロッカーへ向かったが、向こうから着替え中だったCの松岡このはが扉を開けてしまい、ユニフォームのインナー姿で颯に激突。二人もつれて倒れ、颯の顔がこのはの胸元に埋まる形になった。


「ふぎゃあああ!?マネさんなにしてるんですか!!」

「俺も被害者なんだが!?」


騒ぎを聞きつけた全員が集まって気まずい空気の中、天野ひなただけがケタケタ笑っていた。


「そーくん洗礼受けたね〜♪ここ、このはちゃんが毎回扉開けっぱにするんだよ」

「扉くらい閉めろ!!」


初日から波乱のサークルライフが始まった。


颯は内心、このメンバーのポテンシャルが高いことに気づいていた。基礎さえ直せば、もっと強くなれる。でもそれは――口が裂けても言えなかった。バスケを「見る側」に徹すると決めたのだから。


────────────────────────────────────────


【第2話「幼馴染は負けヒロインじゃない(本人談)」】


翌日の練習。颯がメンバーの動きをノートに記録していると、後ろから肩を叩かれた。


「なんで颯がここにいるの!?」


振り返ると成田なつき。幼馴染で同じ大学に進学していたが、まさかサークルが同じとは思っていなかった。


「お前こそなんでここに……」

「私ずっとここのメンバーだし!?颯こそなんでマネージャーなんてやってるの!」


なつきはすぐに颯の腕を掴んでサークル室の隅へ引っ張った。


「もしかして、またバスケに関わりたくなったの?」

「違う。ただの成り行き」

「嘘。颯のことは私が一番わかってるもん」


なつきは颯の目をまっすぐ見て言った。その目がかつてと同じだったので、颯は少し目を逸らした。


練習後、颯はシューズの紐をほどいて立ち上がろうとした瞬間、ドリブル練習から戻ってきたなつきが足を滑らせて颯の上に倒れ込んだ。長い髪が颯の顔に覆いかぶさり、二人の顔が数センチまで近づく。


「な、なつき……」

「うわ近い近い近い!!でも颯が悪い!!なんで床に座ってるの!!」


真っ赤な顔のまま颯を怒鳴り続けるなつきを、他のメンバーが微笑ましそうに見ていた。


「なつきちゃんって颯くんに弱いよね〜」とひなたがケラケラ笑った。


「弱くない!!私が一番颯のことわかってるの!!だから……負けヒロインとか言わないで!!」


「誰もそんなこと言ってないけど……」


颯は苦笑いしながら、なつきの剣幕に懐かしさを感じた。


────────────────────────────────────────


【第3話「副部長の秘密」】


副部長の宮本澪は颯に対して妙によそよそしかった。他のメンバーが颯に気安く話しかける中、澪だけは必要最低限の言葉しか交わさない。


不思議に思っていた颯は、練習後に体育館に忘れ物をしたことに気づき戻ってみると、澪が一人で自主練をしていた。


「……見てたの」と澪が言った。問いかけではなく確認だった。

「ごめん、忘れ物が……でも、すごいな」


澪のフォームは洗練されていた。ただ一点を除いて。


「左手のリリースが少し早い。シュート成功率を上げたいなら、もう0.3秒だけ溜めた方がいい」


澪が颯を振り返った。今まで見せたことのない目で。


「……神崎くん、バスケ経験者?」

「ちょっとだけ」

「嘘。そんな指摘ができる『ちょっと』じゃない」


澪はゆっくり近づいてきた。颯はどこか懐かしいプレッシャーを感じた。


「実は私、栄光高校出身なんだ」

「……」

「神崎颯、知ってるよ。2年前の関東予選、うちの男バスと合同練習したじゃない。あのとき颯くんのプレーを見て、バスケが好きになったの」


颯は黙った。澪は微笑んだ。


「だから不思議に思ってた。あの神崎颯がなんでマネージャーを?って。でも……聞かない。颯くんが話したくなったときに話してくれればいいから」


その夜、颯はなぜか澪の言葉が頭から離れなかった。


────────────────────────────────────────


【第4話「このはちゃんは今日も天然」】


松岡このははとにかく天然だった。


練習中、颯が戦術ボードでフォーメーションを説明していると、このはが「こんな感じですか?」と实演しようとして颯の腕を掴んで引き寄せ、颯の顔がこのはの胸元に吸い込まれた。


「えっ待ってこれどういう体勢ですか!?」

「俺が聞きたい!!」


さらに練習後、颯がモップがけをしていると、このはがドリブルしながらバックで歩いてきて颯に激突。二人で転倒し、このはが颯の上に仰向けで乗っかる形になった。


「いたたた……マネさん?」

「下に俺がいます……」


天井を見上げながら颯は思った。こいつの周囲半径2メートルは事故多発地帯だと。


なのにこのはは悪気が全くない。


「マネさん、今日もありがとうございました!マネさんのアドバイスのおかげでディフェンスの動き方がわかってきました!」


満面の笑みで言われると怒れない。颯はため息をついた。


「このは、嬉しいのはわかるけど、もう少し周り見て歩いて」

「はい!……あ」


返事しながら後ろ歩きして今度はドアに激突するこのはを見て、颯は本気で心配になった。


「なんで生きてるんだろこいつ……」

「え、なんか言いました?」

「いや、怪我には気をつけてって言った」


このはは嬉しそうに笑った。颯の心拍数が、少し上がった気がした。


────────────────────────────────────────


【第5話「さくらの壁」】


早川さくらは颯のアドバイスを頑なに聞かなかった。


「マネージャーに何がわかるんですか」


それが口癖だった。武道(空手)出身で鍛え上げた肉体を持つさくらは、努力で実力をつけてきたという自負があった。外から来た「観察者」に指図されることが気に食わないのだ。


颯は無理に押し付けなかった。


ある日の放課後、颯は誰もいない体育館でシュート練習をしていた。マネージャーとして何かできることを考えながら、習慣で一人でボールを触っていたのだ。


「……何やってるんですか」


後ろからさくらの声。颯はボールを持ったまま止まった。


「自主練。邪魔だったら出てくよ」

「……いや、いいです。少しだけ見せてもらえますか」


颯は何気なくシュートを打った。ワンモーション、無駄のないフォーム。ボールは吸い込まれるようにゴールへ入った。一本、二本、三本。連続で外れなかった。


さくらの顔色が変わった。


「……なんで、マネージャーなんてやってるんですか」


颯は少し間を置いて、「怪我したから」とだけ答えた。


さくらは何も言わなかった。でも翌日の練習から、颯のアドバイスをノートに書き留めるようになっていた。


なつきがそれを見て颯に耳打ちした。「さくらちゃん、颯に落ちかけてるよ」

「早川さんはそういうんじゃない」

「どうだろうね〜」


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【第6話「ゆずちゃんのお願い」】


橘ゆずは颯に個別相談を持ちかけてきた。


「颯さん、ちょっといいですか?ドリブルの練習見てもらえませんか?」


ゆず(155cm)は颯(182cm)の隣に立つとかなり小柄に見えた。颯がゆずのドリブルを横で見ていると、ゆずが急に立ち止まり、颯が腰をかがめて覗き込んでいたせいで、二人の顔が10センチも離れていなかった。


「お、お近いです颯さん……!」

「あ、ごめん。顔色悪いと思って」

「顔色悪いのは赤くなってるからです!!」


ゆずは顔を両手で覆って逃げようとしたが、足がもつれてまた颯にぶつかった。颯がとっさに抱きとめると、ゆずがすっぽり颯の胸の中に収まった。


「……おっきい」

「え?」

「何でもないですっ!!」


ゆずは颯を「お兄ちゃんみたいな存在」と言いながら、明らかに顔を赤くするようになっていた。


練習後、颯はゆずに「パスの出し方のコツ」を丁寧に教えた。ゆずは颯の言葉を一語一句メモし、「颯さんって教え方がすごく上手ですね」と言った。


「僕って、颯さんのこと好きなのかもしれない」


ゆずは一人でつぶやいて、すぐに首を振った。でも鼓動は止まらなかった。


────────────────────────────────────────


【第7話「シャッターの向こう側」】


水嶋七海はいつもカメラを持ってサークルに来ていた。練習中も試合中も、仲間の躍動する姿を撮り続けた。


「七海、またそのカメラ持ってきてるの?」とひなたが言うと、「練習記録です、練習記録」と七海が笑って答えた。


颯はある日、七海のカメラのモニターを覗き込んでしまった。そこには他のメンバーの写真に混じって、颯自身が写っていた。飲み物を準備している背中、ノートに何かを書いている横顔、メンバーの動きを静かに見つめている目。


「……俺?」

「あっ、消します!!」

「なんで消すの」


颯は素直に感想を言った。「いい写真だと思う。光の使い方が上手だな」


七海は固まった。カメラを褒めてもらったことはある。でも颯のように「被写体として自然に受け止めてもらえた」ことは初めてだった。


「……颯くん、写真に撮られるの嫌じゃないの?」

「嫌じゃないけど、なんで俺ばっかり撮ってるの?」

「そ、それは……被写体として面白いから、です」


七海はカメラを構えた。レンズの向こうで颯が少し笑っていた。シャッターを切った瞬間、七海は気づいた。


——私、颯くんのこと、撮りたいんじゃなくて、見ていたいんだ。


翌日から七海のカメラロールには颯の写真が増え続けた。


────────────────────────────────────────


【第8話「あおいの方程式」】


柴田あおいはデータ人間だった。練習効率、カロリー消費、ポジション別スタッツ……すべてを数値で管理しようとする。


「データを見ればベストな戦術が出る」


それが彼女の信条だった。


颯はある日、あおいが作った戦術分析表を偶然見た。よくできていた。でも一点だけ欠けていた。


「対人要素が入ってない」と颯が言った。

「データで十分です」

「データは過去の話。試合は相手の癖を読んで変化するものだから」


あおいは眉を寄せた。


「じゃあ例えば」と颯は続けた。「先週の練習試合で、相手のエースは右に来るときだけ肩が前に出た。データにはない。でも実際にプレーしてれば気づく。その情報を事前に出せれば、ディフェンスを変えられる」


あおいは返す言葉を失った。颯が正確に「あおいの表が拾えなかった部分」を指摘したからだ。


「……その観察、どこで学んだんですか」


颯は少し黙ってから、「現場で」と答えた。


あおいはその答えをノートに書いた。そしてぽつりとつぶやいた。


「私の方程式に、颯くんという変数が入ってない。……これは問題だな」


その言い方があまりに真顔すぎて、颯は思わず笑ってしまった。あおいも、少し頬が緩んだ。


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【第9話「まどかのマイペース」】


上野まどかは颯に対して無防備すぎた。


練習後、疲れた顔で颯のそばに来て、「颯くん、ちょっとだけ」と言いながら颯の腕に抱き着いてくる。


「……まどかさん?」

「疲れたのでチャージしてます」

「俺はコンセントじゃない」


まどかは颯の肩に頭を乗せたままうとうとし始めた。颯が離れようとすると「もうちょっと」とぐいっと引っ張ってくる。


「まどか、他のメンバーに見られたら誤解されるから」

「誤解って何の誤解ですか?」

「だから……好きみたいに見えるから」

「……好きかもしれないです」


颯は動けなくなった。まどかはすでにうとうとしていて、本気かどうかもわからなかった。


さらに別の日、颯が戦術の説明で前屈みになったとき、まどかが後ろからのぞき込もうとして、颯の背中に思いっきり顔を押しつけた。


「柔らかい……」

「背中が、ですか?」

「颯くんが、です」


颯は赤くなりながら、まどかが本気なのか天然なのか判断できなかった。


ただひとつわかったのは、まどかの無防備さが、颯の心拍数を確実に上げているということだった。


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【第10話「凛の折れない心」】


練習試合で「Crescent」は完敗した。相手サークルに20点差をつけられ、メンバー全員が俯いていた。


部長の桐島凛だけは俯かなかった。でも颯には見えていた。凛の手が、僅かに震えていることが。


練習後、颯は体育館に残って後片付けをしていた。凛も残って椅子を並べていた。二人で黙って作業した。


「颯くんは……あの試合、どう見てた?」


凛が初めて颯の分析を求めた。颯は正直に答えた。ディフェンスの連携、トランジションの遅さ、ゴール下の競り合い。冷静に、でも丁寧に。


「改善できる部分ばかりだ」と颯は最後に言った。「つまり、今が一番伸びしろがある」


凛は少し間をあけた。


「……颯くんって、なんでそんな目で見られるの」

「え?」

「ネガティブな要素を全部ポジティブに変換する。まるで、絶対に諦めないって決めてるみたい」


颯は答えなかった。でも凛は続けた。


「私、正直に言うと……折れそうだった。部長なのに、ちゃんとできてなくて。でも颯くんがそんな目でいてくれるなら、私もそう見ようって思える」


颯は黙って、凛が並べた椅子の最後の一脚を静かに動かしてあげた。


凛はそれを見て、小さく笑った。


「ありがとう」


サークル室の灯りが一つずつ消えていく中、颯は自分が少しずつ、このサークルに引き込まれていることに気づいていた。


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【第11話「颯の過去」】


あおいが過去の試合映像を分析していた。その中に偶然、二年前の関東予選の動画が含まれていた。


「……この10番、誰ですか?」


画面の中の選手は異次元の動きをしていた。ドリブルで三人を抜き、ゴール下でシュートを決める。コートを全部使ったような視野の広さ。


颯がコップを持ったまま硬直した。


「……誰かな」


なつきが入ってきて映像を一目見て、スッと颯の前に立った。


「颯だよ」


全員の動きが止まった。


「え……」「神崎くんって……」「マジで?」


颯はノートを閉じて、ゆっくり立ち上がった。


「……みんなに話しといた方がいいな」


颯は淡々と語った。高校時代のこと。インターハイを前に膝を壊したこと。手術はしたが「以前と同じプレーはできない」と言われたこと。それでもバスケが好きで、でも選手として続けることが怖くて、マネージャーという形を選んだこと。


誰も口を挟まなかった。


「だから今は……みんなのサポートをすることが、俺にとってのバスケです」


しばらく沈黙が続いた後、このはが泣きながら颯に抱きついた。「颯さんっ……!」


「こ、このは、苦しい……!」


ひなたも目が赤くなっていた。澪は静かに「ありがとう、話してくれて」と言った。


凛は何も言わず、でもしっかり颯の目を見て、小さくうなずいた。


その夜、颯は久しぶりに昔の写真を見た。コートの上で笑っている自分の顔。そして今、サークル室で笑っているメンバーの顔。


——悪くない、と思った。


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【第12話「前半戦、終わり」】


颯の過去が明かされた翌週から、サークルの雰囲気が変わった。


以前は颯を「マネージャー」として見ていたメンバーが、一人ひとり向き合い方を変えてきた。


さくらは初めて颯に「お願いします」と頭を下げて、1対1の指導を求めた。

ゆずは「颯さんみたいに全部諦めなかった人に教えてもらえて、私、頑張れる気がします」と言った。

七海は练習後に颯のポートレートを撮って、「これが私の一番好きな写真になりました」と見せてくれた。

あおいは颯専用の戦術データベースを作り始めた。


颯は困惑しながらも、全員の変化を静かに喜んでいた。


練習後の片付け中、なつきが隣に立った。


「颯さ、みんなに好かれてるね」

「サークルのメンバーとして、当たり前だろ」

「そういうことじゃないよ」


なつきは颯の横顔を見た。


「颯のこと、私だけが知ってるんじゃなくなった。それが……ちょっとだけ悔しい」


颯は何も言えなかった。なつきは続けた。


「でもね、颯がここで笑ってるの、見てたい。だから……負けないから」


颯は苦笑した。「何に負けるんだよ」


「決まってるでしょ」


なつきは颯を見上げて、少し目を細めた。


その表情が綺麗すぎて、颯はとっさに視線を逸らした。


外はもう夕暮れで、体育館に橙色の光が差し込んでいた。


——前半戦が終わる。颯の居場所は、少しずつここになりかけていた。

【第13話「夏合宿、始まる」】


夏休みに入り、「Crescent」の合宿が山中の研修施設で2泊3日で行われることになった。


颯は男性一人だったため、個室を与えられた。しかし宿舎の作りが古く、廊下のドア番号が紛らわしかった。


初日の夜、颯がシャワーを終えてドアを開けると、廊下でひなたが突進してきた。


「そーくんの部屋どこかな〜って探してたら迷子になっちゃって——わっ!」


颯のバスタオル一枚姿に気づいたひなたが硬直した。


「え!?ちょっ!!タオル!タオルのみ!?」

「風呂上がりだから!なんで廊下にいるの!」

「だって迷子だもん!!でも……え、颯くんって意外とすごい体してるんだね」

「余計なこと言うな!!」


大声を聞きつけた他のメンバーも次々出てきて、颯はタオル姿のまま全員に目撃された。


「颯くん、鍛えてるんだ……」とあおいがデータを取るような目で言った。

「さすが元選手ですね……」とさくらが変なところで感心した。

「颯さんの背中ってやっぱり大きい……」とまどかがにやにやした。


颯は部屋に飛び込んでドアを閉めた。翌朝、体育館ではいつも通り全員が元気に練習していた。まるで何もなかったかのように。


その全員が颯のほうを見るたびに少し頬を染めながら。


────────────────────────────────────────


【第14話「合宿の夜、凛と星空」】


合宿二日目の夜。颯は眠れなくて外に出た。施設の裏手に出ると、ベンチに凛が一人で座っていた。


「眠れないの?」と颯が聞くと、凛は少し驚いた顔をして、「あなたもね」と答えた。


「来年から4年生。就活しながら部長続けて、卒業したらバスケから離れる。それが正解だってわかってるのに……なんか、引っかかってて」


颯は黙って隣に座った。


「颯くんはさ、好きなことを諦めるとき、どうやって気持ち整理したの?」


颯はしばらく空を見上げた。夏の星が多かった。


「整理できてないよ、今も」


凛がこちらを見た。


「ただ……全部諦めたわけじゃないって気づいた。形が変わっただけで、俺はまだバスケの中にいる。凛もそうだと思う。卒業してもバスケを好きな気持ちは消えない。それだけあれば、また関わる道は絶対ある」


凛は長い間黙っていた。風が少し吹いた。


「……颯くんって、言葉が少ないのに、なんでこんなに刺さるんだろ」


颯は照れて「そんなことないだろ」と言った。


「あるよ」


凛はまっすぐ颯を見た。


「私、颯くんのことが、好きかもしれない」


颯は星を見た。何も言えなかった。でも、逃げなかった。それが颯なりの答えだった。


凛はそれを見て、静かに微笑んだ。


────────────────────────────────────────


【第15話「さくらの1対1」】


合宿最終日、さくらが颯に直接申し込んできた。


「颯さんと1対1がしたいです。正面から当たってみないと、私の弱点がわからない気がして」


颯は少し驚いたが、乗ることにした。


コートに二人だけ。颯は「本気は出せないけど」と言いながら動き出した。


しかしさくらは颯の動きに全く歯が立たなかった。ボールを奪えない、ドライブを止められない、フェイクで完全に振られる。


「……なんで、見え見えのフェイクなのに体が勝手に動くんですか」


颯はにやりとした。「経験値だよ」


さくらはもう一度仕掛けた。颯を正面から押し込もうとしたとき、颯がスッと体をかわした。さくらの体が前に倒れ、颯がとっさに抱きとめた。二人が至近距離で目が合った。


「……颯さん」

「大丈夫?」


さくらの顔が赤くなった。颯の腕の中で静止したまま数秒。


「……離してください」

「あ、ごめん」


さくらは立ち直って、もう一度コートの中心に立った。顔はまだ赤かったが、目は真剣だった。


「もう一本お願いします」


颯は笑った。「何本でも」


その試合を遠巻きに見ていたひなたが、なつきに耳打ちした。「さくらちゃん完全に恋してるじゃん」


「私にわかってるんだから、さくらちゃんにもわかってるよきっと」となつきが苦い顔で言った。


────────────────────────────────────────


【第16話「ゆずの告白未遂」】


合宿から帰ったある日、ゆずが颯を呼び止めた。


「颯さん、少しだけ時間、いいですか」


二人でキャンパスの中庭のベンチへ。ゆずは膝の上に手を置いて、じっとベンチを見ていた。


「あの……颯さんのこと、最初はお兄ちゃんみたいだって思ってました」


颯は黙って聞いた。


「でも最近、そうじゃないって気づいてて。颯さんが練習で的確なこと言うたびに、わかりやすく褒めてくれるたびに、私の隣にいてくれるたびに……胸が痛くなるんです」


ゆずはまっすぐ颯を見た。


「これって……好き、ですか?」


颯は答える言葉を探した。でも答える前に、ひなたとまどかがキャンパスを横切りながら大声で「ゆずちゃん〜!荷物置いてきたよ〜!!」と手を振ってきた。


ゆずは慌てて立ち上がり「いま、大事な話してるから!!」と怒鳴り返した。


ひなたはキョロキョロして颯を見つけ、「あ!そーくんと二人だったの!?ごめんごめんっ、続けて続けて〜!!」と逃げるように走っていった。


場の空気がすべて崩壊した。


ゆずは顔を覆って「もういいです……」と小さく言った。


颯はゆずの頭にそっと手を置いた。


「……ちゃんと、聞いてるよ」


ゆずは顔を覆ったまま「わかりました」と言った。でも耳だけが真っ赤だった。


────────────────────────────────────────


【第17話「澪と、二年前のこと」】


宮本澪が颯に「少し出かけませんか」と誘った。二人で近くの公園を歩いた。


「実は……二年前の試合のとき、私、スタンドで见てたんです。あなたが膝をやったとき」


颯は足を止めた。


「知ってます?あのとき神崎颯がコートから退場する瞬間、スタンドが静まり返ったこと。誰も声が出なかった。それくらい……あなたのプレーって、みんなに何かを与えてたんです」


颯はゆっくり歩き始めた。


「澪は、そのとき何を思った?」


澪は少し間を置いた。


「絶対にまた見たいって思った。あの人のプレーをもう一度。……でも、それが叶わなくて、颯くんが関係ない場所でずっと生きていくんだと思ったら、なんか、悔しかった」


颯は笑った。少し苦い笑い方で。


「俺より、なんで澪が悔しいんだよ」

「だって……好きな人がやりたいことを諦めたのに、平気でいられるわけないじゃないですか」


颯は立ち止まった。


「……好きな人?」


澪は颯をまっすぐ見た。目が逃げていなかった。


「はい。二年前から、ずっと」


颯は空を見た。何を言えばいいか、わからなかった。でも澪の目から目を逸らさなかった。


「……もう少し、時間をくれ」


澪は微笑んだ。「待てます。何年でも」


それが颯には、一番答えにくい言葉だった。


────────────────────────────────────────


【第18話「このはの大失敗」】


このは史上最大のやらかし事件が起きた。


练习後のサークル室。このはが「マネさんにお礼のお菓子を渡したくて」とケーキの箱を持ってきた。颯が受け取ろうとした瞬間、このはが足を滑らせ、ケーキの箱を颯に投げつけながら颯に激突した。


生クリームのケーキが颯の顔面に直撃。


どろどろのケーキが顔に広がる颯と、颯の上に倒れ込んで固まるこのはを、全員が無言で見ていた。


「…………」

「…………」


数秒後、ひなたが噴き出した。「ぷっ……ははは!!そーくんの顔!!」


このはは泣きそうな顔で颯を見た。


「マネさん……あの……お誕生日おめでとう……ございます……」


颯はクリームだらけの顔で「ありがとう」と言った。


その後の洗顔、このはがタオルを持ってきて颯の顔を拭こうとして、「ここのクリームまだついてます」と言いながら颯の顔に手を当て、気づけば颯の顔をまじまじと至近距離で見ていた。


「……マネさんって、顔綺麗ですね」

「何急に」

「いや本当のことです。なんで今まで気づかなかったんだろって」


颯は余分なことを言い返すのをやめた。このはの指がクリームを拭う感触が、なんとなく心地よかった。


翌日、このはは「手作りケーキリベンジします」と宣言した。


────────────────────────────────────────


【第19話「七海の一枚」】


七海が写真コンテストに応募することになった。テーマは「躍動」。


サークルの練習写真を何枚も撮ってきた七海だったが、最終的に選んだのはサークルの写真ではなかった。


颯が一人、誰もいない体育館で、ボールをゴールに向かって静かに放っている瞬間の写真。


颯は知らなかった。七海が遠くから撮っていたことも、その一枚がどれだけ完璧だったかも。


結果発表の日、七海は佳作に選ばれた。展示された写真を見に来た颯は、自分が被写体だとすぐに気づいた。


「……これ、俺?」


七海は颯の隣で固まっていた。


「……勝手に撮ってごめんなさい。でも、どうしてもこれが一番だったから」


颯は写真を見つめた。


自分では気づいていなかった。その写真の中の自分が、どんな顔をしているか。


静かな、でも満ちたような目をして、ボールを放している。


「七海、これ……すごいな」

「え?」

「俺、こんな顔してたんだ」


七海は何も言えなかった。颯は続けた。


「まだバスケが好きなんだって、この写真見てやっと気づいた。撮ってくれてありがとう」


七海は目が潤んだ。「私も……颯くんを撮れて、よかった」


その日、七海の写真フォルダに新しいアルバムが作られた。タイトルは「颯くん」だった。


────────────────────────────────────────


【第20話「あおいの告白(論理的に)」】


あおいが颯を図書館に呼び出した。


「告白します」


開口一番そう言われた颯は、コーヒーを吹き出しそうになった。


「単刀直入すぎる……」

「遠回しは効率が悪いので」


あおいはノートを取り出した。


「颯くんを好きになった経緯をまとめました。第一印象は中立。観察力に驚いた時点でプラス評価。データに無い要素の重要性を示してもらってプラス。練習中の判断が常に最適だとわかってさらにプラス。顔が良いことに気づいてさらにプラス。結論として、私の評価関数で最高スコアを出したのが颯くんです」


颯は頭を抱えた。「告白をデータでされたのは初めてだ……」


「感情的な告白は再現性が低い。論理的に好きだと結論づけた方が、長続きすると思っています」


颯はあおいを見た。ノートを持ったまま真剣な顔をしていた。でも耳が少しだけ赤かった。


「あおいさん……耳、赤いけど」


あおいはさっと耳を手で覆った。


「……体温が上昇することは避けられないようです。これは変数として計算に入れていませんでした」


颯は笑った。心から。


「返事は……少し待ってくれるか」


あおいはノートを閉じた。「わかりました。待機します」


颯はその言い方が好きだと思った。


────────────────────────────────────────


【第21話「なつきの本音」】


なつきが颯に喧嘩を売ってきた。


「颯は全員に優しくしすぎ。みんなのこと心配して、みんなの話を聞いて、誰にでも公平にする。それって……ズルい」


颯は面食らった。


「ズルいって何が」


「私は颯のことを一番知ってる。ずっと隣にいた。なのに颯は私に対して特別に何もしてくれない。他のみんなと同じように扱う」


なつきの声が少し震えた。


「颯にとって私は、幼馴染ってだけで、それ以上じゃないの?」


颯は黙った。


「俺は……なつきのことを特別だと思ってる」

「嘘」

「本当だ。ただ……特別だからこそ、ちゃんと向き合うのが怖い」


なつきが顔を上げた。


「怖いって何が怖いの」


颯は正直に言った。


「お前との関係が変わることが怖い。ずっと隣にいてくれてることが、俺にとって一番当たり前で一番大事なものだから。それを崩したくない」


なつきは目が潤んだ。


「……バカ。そんなこと思ってたの」

「バカって言うなよ」

「バカって言う。でも……今の言葉、ちゃんと受け取った。颯が怖いなら、私が怖くさせないようにする。だから、逃げないで」


颯はなつきの目を見た。


幼馴染の目じゃなかった。


────────────────────────────────────────


【第22話「まどかの本気」】


上野まどかが「颯くん、私のこと天然だと思ってるでしょ」と言った。


颯は答えに困って「えっと……」と濁した。


「正直に言ってください」

「……少し、そう思ってた」


まどかはにっこり笑った。「わかってます。でもね、颯くんの隣でくっついてるのも、甘えてるのも、全部計算はゼロです」


颯は首をかしげた。


「計算ゼロってどういうこと?」


「颯くんのそばにいると、無防備になっちゃうんです。いつもは人前だと気を遣うのに、颯くんの前だけは全部崩れちゃう。それが……好きなんだと思います」


颯は返す言葉を探した。そのとき、まどかが颯のセーターの袖を掴んだ。


「一個だけ確認させてください」


そう言って颯の目を見上げた。颯は座っていてまどかは立っていたので、目線がほぼ同じ高さになった。


「颯くんは、私のこと、嫌いですか?」


颯はまどかの目を見た。まるっとした目が、いつもより少し緊張していた。


「嫌いじゃない」


まどかは颯の胸に顔を埋めた。


「……よかった」


颯は固まった。まどかの体温が、じんわり伝わってきた。


他のメンバーが来るまでの数分間、颯はその体温から離れなかった。


────────────────────────────────────────


【第23話「サークル対抗戦、前夜」】


学内サークル対抗バスケ大会の前日夜。颯はサークル室で翌日の戦術表を仕上げていた。


深夜、一人また一人とメンバーが戻ってきた。「眠れなくて」という理由が全員一致していた。


十人全員がサークル室に集まった。


颯は戦術表を広げた。相手チームの癖、各自の動き方、ローテーションの確認。一人ひとりの名前を呼びながら、「凛はここで判断する」「ひなたはこの局面でフリーになれる」「さくらはここで力を使え」と話した。


誰一人、眠そうな顔をしていなかった。


「……颯くんって、俺たちのこと全部見てるんだね」とひなたが言った。


颯は表を折りたたんだ。


「見てる。全員の動き方、癖、成長した部分、迷ってる部分。全部見てる」


部屋が静かになった。


「だから……明日は絶対に勝てる。俺が保証する」


凛が颯を見た。「颯くんがそう言うなら、信じられる」


一人ずつが頷いた。なつき、澪、このは、さくら、ゆず、七海、あおい、まどか、ひなた。全員が颯の目を見て、頷いた。


颯はそのとき、初めてはっきりと思った。


——このサークルが、俺の居場所だ。


翌朝、全員が体育館の前に揃った。颯は十人の顔を見渡して言った。


「行こう」


────────────────────────────────────────


【第24話「君がいるから、もっと強くなれる」】


サークル対抗戦当日。


「Crescent」は第一試合から颯の戦術が機能し、快調に勝ち上がった。凛の判断が冴えた。さくらのディフェンスが壁になった。ゆずの速攻が決まった。このはのリバウンドがことごとく競り勝った。


準決勝で強豪サークルと当たったとき、前半を同点で折り返した。ハーフタイム、颯は全員を集めた。


「後半、相手のエースは疲れてくる。澪、ここで前に出て奪いに行って。あおい、そのために左サイドを空けておいてくれ」


緊張した顔の全員が颯の言葉を吸い込んだ。


後半、颯の読み通りだった。澪がボールを奪い、ひなたがゴールを決めた。次々と得点が動いた。


最終スコア72対65。「Crescent」が勝ち上がった。


決勝は接戦になった。第4クォーター残り30秒、一点差。颯はタイムアウトで凛を見た。


「凛、最後は自分で決めろ。俺が保証する」


凛はゆっくり頷いた。


残り10秒。凛がドライブで仕掛け、ディフェンスが集まった瞬間、このはへパス。このはがゴール下で決めた。


最終スコア68対66。優勝。


体育館に歓声が広がった。全員が抱き合う中、颯だけが少し外れて立っていた。


全員の笑顔を見ていた。


なつきが颯のそばに来た。「颯、笑って」


颯は笑った。久しぶりに、思いきり。


「ありがとう」と颯が言うと、なつきは首を振った。「こっちのセリフだよ。颯がいるから、私たちが強くなれたんだから」


ひなた、凛、澪、このは、さくら、ゆず、七海、あおい、まどか——全員が颯の周りに集まってきた。


「颯くんって、やっぱりバスケが似合う」と七海が言った。

「颯がいるから戦術が活きる」とあおいが言った。

「颯さんがいたから諦めなかった」とさくらが言った。

「颯さんのおかげです」とこのはが泣きながら言った。


颯は全員の顔を見渡した。


「……俺が言いたいのはそっちだよ。全員がいたから、俺もここにいられた」


夕暮れの体育館で、十一人の影が重なった。


颯にとってのバスケはもう「失ったもの」じゃなかった。形を変えて、十人の笑顔の中にあった。


————第1期、完。


次期予告:

颯に想いを寄せる十人との関係はさらに深まる。そして、颯を「選手として戻ってきてほしい」と言う人物が現れて——第2期も、Crescentの物語は続く。

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