第1話:荒野の隊商と、視界に浮かぶ方程式
土埃の匂いと、鉄の擦れる嫌な音が思考を揺り起こした。
「……歩け! 立ち止まった奴から野犬の餌にするぞ!」
怒号と共に、空気を劈く鞭の音が鳴る。
俺――迅が重い瞼をこじ開けると、そこはひび割れた荒野だった。手首には重い鉄の枷。前後に続くのは、ぼろきれのような服を纏い、うつむきながら歩く人々の列だ。
(奴隷隊商、か。……転生初日からハードモードだな)
前世の記憶は朧気だが、自分が「システムエンジニア」のような、何らかの論理構造を組み立てる仕事をしていた感覚だけは鮮明に残っていた。
脳裏に浮かぶのは、俺がこの世界に落ちてくる直前にインストールされた、たった二つの特権能力。
【解析模倣(スキャン&コピー)】――視認した現象や術式(世界式)の構造を読み取り、自身のストックに複製する。
【創術合成(ビルド&マージ)】――ストックした術式を自由に掛け合わせ、新たな術式を構築・最適化する。
「うっ……」
隣を歩いていた小柄な少女が、小石につまずいて膝をついた。
泥に汚れてはいるが、目を引くような透き通る銀髪。しかしその瞳は虚ろで、まるで自分自身の存在すら諦めているようだった。
プロット通りなら、彼女がこの世界の鍵を握る少女、リアナだろう。
「チッ、商品に傷がつく前に立たせろ!」
馬に乗った護衛の男が、少女に向けて右手を突き出した。
その掌の前に、幾何学的な光の紋様――この世界における魔術の基盤、『紋式』が展開される。
(――視えた)
俺の目が、その光の線を捉えた瞬間。
頭の中に、見慣れたソースコードのような文字列と図形が奔流となって流れ込んできた。熱量、指向性、魔力の収束プロセス。すべてが手に取るようにわかる。
『新規紋式【小火球】を解析しました。ストックに保存します』
男の掌から放たれた炎の弾が、少女を威嚇するように地面へ着弾しようとした、その時。
「――っ」
俺は枷のついた両手を前に突き出し、今しがたコピーしたばかりの【小火球】を展開。即座に熱量を反転させ、空中の水分と結びつけるよう微細に構造をいじった。
相殺。いや、鎮火だ。
男の放った炎は、少女に届く寸前で「シュゥゥッ!」という音を立てて白い蒸気へと変わった。
「なっ……!? 貴様、魔力封じの枷を填められているはずだぞ!」
「あー、ごめん。その枷の『魔力阻害紋式』も、さっき見つめてたら解析終わっちゃって。裏口から一時的に無効化させてもらった」
俺は首の骨を鳴らしながら、泥だらけの少女の前に立ち塞がった。
「おい、大丈夫か?」
「あなたは……どうして……?」
「どうしてって言われてもな。目の前で理不尽なバグを見過ごすのは、元エンジニアの性分に合わないんだ」
奴隷商の男たちが、慌てて武器を構え、次々と紋式を空中に描き始めた。
風、石、毒、身体強化。
俺の視界には、次々と光のポップアップが浮かび上がる。
『【軽身】【風歩】【石壁】【毒霧】の紋式を解析・保存しました』
さあ、素材は揃った。
ここからが、俺のターンだ。




