第9話 聖女様がいなくなったらしいわよ。
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「単刀直入に言う。聖女リディアが行方不明だそうだ。」
やべーーわよ。
ここにいるなんて言えねえわよ。
「オーウェン公爵がアタシに用事?しかも明日の朝一番に?何かしら。」
その知らせは昼過ぎに突然やってきた。オーウェン公爵が内密な話がしたいから、明日こちらに来るというのよ。
マーク・オーウェン公爵。ローゼシア王国の王族の縁者で、数多くの政治家を輩出しているというオーウェン家の現当主、それがこのオーウェン公爵様よ。
アタシより随分と爵位の高いお方ですけど、そんな方がアタシに何の用かしら。
「もしゃもしゃ…オーウェン公爵…あの狸…。」
リディアがお菓子の袋を片手に持ちながら、眉間に皺を寄せている。アタシが手にしているのはただの手紙なのに、まるでオーウェン公爵本人であるかのような目つきで睨んでいるわ。
「…何か確執がありそうな物言いね。」
「…別に。狸そっくりってだけ。別に、私の神託を馬鹿にしたとかそんなことないし。私は王様づてにしか話したことないし。」
神託、馬鹿にされたことあるのね…。
狸、タヌキ…。うーん多分狸のほうが可愛げがあると思うんだけどね。
「リディア…に用があるとは思えないわよね。アンタ表向きにはアタシの養子であるレティシア・レッドフォードって小娘だし。」
「こむすめ…。」
アタシ、気が付かないところで何か粗相でもやらかしたのかしら…。
先日のエミリのお茶会の件!?いやいやハイバーン家とオーウェン家に繋がりはないはずよ。
「もぐもぐ…意外と私のことだったりして。」
「リディアについて?例えば?」
「単純に、聖女リディアがいなくなりましたーとか。」
「はあ、アンタをぞんざいに扱っていた王族様が、今更そんな心配するものかしらね?」
まあ明日になれば分かることよ。
ちょっとリディア、アンタそのお菓子何個目なのよ。貸しなさい。
「聖女リディアって、あの聖女リディアですかあ?」
「それ以外誰がいる。何でもいい、知っていることを答えろ。」
あぶね、思わず語尾が裏返っちゃった。言えないわよ…うちにいる暴食娘がそうです、だなんて…。
オーウェン公爵は紅茶を一口飲むと、再びアタシを睨みつけた。睨んだって言えないものは言えないわよ。
「そもそも私、話が掴めていませんの。詳細をお聞きしても?」
「…そうだな。言える範囲が限られているが。」
1か月ほど前、現国王が聖女リディアに神託を求めたそう。
その時に色々あって、聖女リディアが国王様の逆鱗に触れ、投獄しようとしたら脱走したと。
城の警備は完璧なはずだけど、最上級魔導士の力の前には意味をなさなかったとか。
(概ね、リディアの言っていることと一致しているわ。あの子が言っていたのは本当のことね。)
「聖女リディアは黒い髪にオレンジに近い茶色の目をしている10歳くらいの少女だそうだ。多少肉付きが良く、10歳の割には背が低い。」
「へえ、聖女様ってそんな見た目の方なのね。」
リディアは黄色が強いブロンドの髪に、深い夜のような青い目をしている。
なるほど、彼女が言っていた『人前に出るときは姿を変えていた』とはこういうことだったのね。
「似顔絵とかありますか?聖女リディアが国王様と一部の神官以外は会うことのできない存在であるのは、ローゼシア国民の常識ですのよ。」
「うむ、ここにある。これが聖女リディアの似顔絵だ。宮廷絵師に描かせた。」
宮廷絵師に描かせる必要あったのかしら。あったのでしょうね。そういうことにしておきましょう。
「……これが、聖女リディアですか。」
「ああ。何だ、絶世の美少女を想像したか?」
「いえ、こちらの絵の少女も大変美しいと思っています…。」
想像より数倍、どこにでもいそうな顔立ちをしているなと思ってしまったわ。
リディア…あの子どういう意図でこの見た目に変身していたのよ…。
「本音を隠すなレッドフォード伯爵。どこにでもいそうな女だと思っただろ?」
「本当にそんなことは…。」
「いやいや私もこんな小汚い小娘が聖女リディアなのかと最初は驚いたよ。卑しい浮浪児にこういう顔のやつを見たことあったからな。」
人の美の基準や価値観の基準にどうこう言うつもりはないけど、何なのかしらこの狸オヤジ。悶々としてしまうけど、態度や顔に出してしまったらどうしよう。口の内側を噛んで耐えるしかないわね。
「ところでレッドフォード伯爵。最近養子を迎えたと聞いたが。」
やべーーー!何でその話になるのよ!
「え、ええ。それが何か?」
「いや何…ちょっと…挨拶を、と思ってね。もしかしたら、私の未来の息子の嫁になる可能性もあるじゃないか。」
「えっと、それは…多分ないかと思います…。」
「…何故だ?何かやましいことでも?」
やましいことしかないですわよ、どうしましょう。考えるのよアタシ…。
「オーウェン公爵の足元にも及ばない小娘ですわよ!オーウェン公爵のご子息のような高貴なお方に並べるだなんてとてもとても…!」
「いいから呼べ。」
「はい…。」
「…こんにちは、オーウェン公爵様。レティシア・レッドフォードです。」
「…ふむ。」
リディアが恭しく挨拶をするけど、オーウェン公爵は全身を値踏みするように眺めるだけで反応をしない。返事くらいしなさいよこのクソ狸。
「レティシア、と言ったな。ここに来る前はどこで何を?」
あーーーやばいやばい!!あれもこれもそれも答えられないじゃないの!!
リディア、変なことは言わないで!!
「…セントサザール領の花街、ご存じですか。」
「…何?」
「ちょ…。」
(リディア、アンタ何を言うつもり!?)
「この私を愚弄するか。それくらい知っている。」
「では、少し前にあった花街の娼館の摘発をご存じですか。」
「…ああ、話に聞いている程度だが。」
リディアの言っていることは事実よ。
1か月ほど前、このセントサザール領にある花街の娼館の一角が、人身売買と未成年の売春の件でで摘発されたの。領主としてアタシも立ち会ったから、記憶に新しいわ。
その時に娼館から何人か助け出された子供たちもいたんだけど、当然逃げた子もいたらしく、全員の保護はできなかったの。
「私はその娼館にいた孤児です。母はそこの娼婦、父は客だったと聞いています。」
「あーもういいもういい。喋るな、汚らわしい。」
オーウェン公爵はしっしっと手を払い、リディアを追い払うような仕草をした。
アタシはムカチン!ときて手が出そうになっているけど、リディアの考えを台無しにするわけにはいかなくて無言で耐えるしかないわ。
「ふん。綺麗な顔をして、お前は男をたぶらかしている汚い売女だったか。レッドフォード伯爵の気が知れんな、こんなガキを拾うなんて!!」
「…罪滅ぼしなところはあります。仕方のないこととはいえ、あの子たちの居場所を奪ってしまったのは私ですから。」
アタシは頑張ってリディアの考えた設定に乗っかる。オーウェン公爵はアタシの発言を聞いていないのか、そのまま怒鳴るようにリディアを部屋から追い出した。公爵は『花街の汚いガキと同じ空間にいただなんて!』と憤慨している。
本当にこのクソ狸は…アタシが地位も名誉も捨てられる立場にいたら、紐でぐるぐる巻きにして東洋の料理チャーシューみたいにしてやるところよ。
「もういい、気分を害した。私は失礼する!レッドフォード伯爵、聖女リディアを見つけたら真っ先に私に報告すること。あと、次に会うときはあのガキを地下牢に閉じ込めておけ!」
言いたいことだけを言うと、オーウェン公爵はずかずかと音を立てながら帰っていった。
この屋敷に地下牢なんてないわよ、バーカ。
「それと、レッドフォード伯爵。家族に入れる人間は選べ。あれは話にならん。」
「…ご忠告、痛み入ります。」
初めてオーウェン公爵と話したけど、ダメね。アタシと彼は性格が合わないわ。ペッペッ。
(とは思うものの、一応お見送りはしなきゃダメよね。)
呆れながらもアタシは急いで彼の後を追い、その怒る背中を見送った。