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第8話 アタシ、お疲れ様。

「と、いうわけで。今日1日頑張ったアディのために、お疲れさまでしたの会を開きます!わ~パチパチ。」

「本当に相手を労う気があるならこんなクソみてえな会開かないで帰しなさいよ。」


エミリとのお茶会があった日の午後6時半。

本来ならこれくらいの時間に晩御飯なんだけど、支度が遅れているみたい。


リディアの部屋に呼ばれたかと思うと、目の前に広がるのはお菓子、お菓子、お菓子。

まあ、こんなことだとは思ったわよ。お茶会を憂いていたアタシを励ますとは建前で、お菓子を食べまくりたいのが見え透いているわね。晩御飯前だから、余計にそうはさせないわよ。


「細かいこと気にすると目の皺が増えるよ?はい、アディの分のジュース。」

「余計なお世話よ。あと、アタシにはジュースじゃなくて水を用意しなさい。」


アタシがそう言うのが分かっていたかのように、リディアはさっと氷の入った水差しを用意する。ふらふらとした手付きだけど、きちんとこぼすことなくコップに水を入れて、アタシのいるローテーブルの前に置く。


「はいよくできました、ありがとー。」


やる気のない感謝を見せたけど、リディアは嬉しそうに微笑んだ。

そのままの流れで、バリバリっとお菓子の袋を開けていく。何一気に開けてるのよ。


ちらっと目線だけリディアの方に向けると、何やら詠唱を唱えながら魔法を使っている。

近くで止まってみると分かるんだけど、リディアが魔法を使う時、彼女の青い目が少し宝石みたいに乱反射しているように見えるの。


「過去視の力でお茶会の様子は全て把握させていただきました、レッドフォード伯爵。」


長椅子に着席したまま前屈み気味な姿勢で頬杖をつき、ボーっとしていたアタシにリディアが聖女モードで話しかけてくる。現在進行形で過去を視ながら話しているらしいわ。


「何でもかんでも見るもんじゃないわよ。プライバシーって言葉知らないの?」

「それについてはごめんね。でも気になっちゃってさ。」


過去視をし終わったのか、魔法の力が引き、いつもの調子のリディアに戻る。


「思わせぶりな態度は良くないよ。相手のためにも、自分のためにも。もぐもぐ。」

「分かってるわよ。次からはきちんとお断りするって決めたの。」

「ぱりぱり。エミリは本気だったみたいだけど?」

「う。」


帰り際のエミリの発言を思い出し、言葉に詰まる。


彼女には申し訳ないけど、縁談に繋がりそうな会はもう引き受けないって決めたの。

ハイバーン子爵にも、正式に謝罪をしておいたほうが良さげかしらね。こういうのは先に謝っておいたほうが良い気がするわ。


「アディは結婚する気ないの?」

「今は、ね。10年以内にできたらいいなと漠然と思いっているくらいよ。」

「そんなこと言っているとあっという間に…、と言いたいところだけど、アディはレッドフォード家の伯爵だもんね。ひくてあまた、ってやつだ。」


自分で言うのも何だけど、伯爵という立場であるアタシはそれなりに結婚相手を選べる家柄と地位ではある。許嫁がいる貴族も珍しくないけど、アタシにはそんな存在はいない。

リディアの言う通り、縁談の話は定期的に送られ来るし、その度にアタシがのらりくらりとかわすのがいつもの流れになっている。


「あーもうやだやだ!」

「うぇっ…!?」

「難しいことはもう考えない!アタシもお菓子食べる!」


ぐっと腕を伸ばし、リディアの持っているお菓子の袋を奪い取る。そのまま袋に手を突っ込み、お菓子を鷲掴んで口に詰め込む。我ながら品のない行為だと自覚しているけど、この部屋には今リディア1人しかいない。気にするものですか!

当のリディアは呆気に取られて、口をポカーンと開けたままパクパクしている。


「もしゃもしゃ。……何よ。」

「…いや、アディがそんな取り乱してるの、初めて見ると思って。」

「幻滅したかしら。普段は口うるさく身なりを気にするアタシが、こんなことするのは。」


再び袋に手を入れ、お菓子を複数個口に詰め込む。あまじょっぱい味が口に広がり、舌を刺激している。


「…ううん。たまには良いと思う。根を詰めすぎるのも、良くないよ。」

「あーら、聖女様はお優しいのね。」


手についたお菓子の粉を軽く払い、水の入ったコップを一気にあおる。溶けて小さくなった氷が口の中に入ってきたから、気にせずガリガリ噛み砕く。

アタシの反対側の長椅子に座っているリディアが、ニコニコしながら足をパタつかせてこっちを見ている。本当に気にしていないらしい。


「自分にも周りにも厳しいレッドフォード伯爵も本当のアディ。お菓子を頬張って萎んだ風船みたいになるのも本当のアディ。」


そう小さく呟いたと思うと、椅子を降りてこちら側に駆け寄ってきた。何をするのかと眺めていたら、靴を脱いで椅子の上に膝立ちになって、アタシの頭に手をかざしてきた。


「あーら、良い子良い子してくれるのかしら。アタシもうそんな年齢じゃないのにね。」

「嫌だった?」

「べーつに。好きにしたら?」


うふふ、と小さく笑う声が頭の上から聞こえてくる。しばらくされるがままになっていると、ふいにかざされたリディアの手から魔法の気配を感じた。


「?アンタ何してるの?」

「癒しの魔法です。アドルディ・レッドフォード伯爵に、聖女リディアの祝福を。」

「大げさね。…でも、ありがとう。」


頭が、肩が、胸が、全身がぽかぽかしてくるような感じがする。さっきまであった疲労感は消え、アタシに残っていたのは不思議な満足感だった。


「聖女って本当にどんな魔法でも使えるのね。だから最上級魔導士と言われているんだろうけど。」

「レッドフォード伯爵、あなたに聖女リディアの一部を授けました。今後はあなたもリディアの魔法が一部使えるようになります。感謝なさい。」

「何言ってるの?アタシ魔法適性ないわよ?」

「『聖女リディアの魔法の一部を授けた』、と私は言いました。私の力を、貴方に少し貸したのです。」


何か言ってるわ。アタシ魔法適性はからっきしだから初級魔法の1つもできないのに。

…てか、リディアはいつになったら聖女モードから戻ってくるのかしら。ずっと目が宝石状態なんだけど。


「実践したほうが早いでしょう。手先に力を込め、あのお菓子の袋を持ち上げてみなさい。」

「はいはい、こうですか~。」


びゅーーーん!


べちん!


くしゃっ


「…?…??」

「素晴らしいです。流石私の力、魔法適性がない人でも最低限の力は発揮できるようです。しかし、コントロールは課題ですね。」


アタシが手をかざしたら、お菓子の袋が、びゅーんって飛んで行って、壁にぶつかって、くしゃってなって?


「……?」

「……ふう。私の力を、少しアディに貸してあげたよ。あ、過去と未来を見る力は渡せないけど、中級魔法くらいまでなら頑張れば使えるよ。」



「な、ななな。」

「な?ななな、軟骨~。」


リディアがふざけて手をパチパチ叩いている。乗らないわよ。


「なっんで、そんなことを…?」

「んーと、私の信頼と誠意、かな。今のアディになら任せてもいいかなって思ったの。」


リディアにとっての信頼と誠意の表現ってこと…?

ど、どう受け止めればいいのよ、こんな大層なもの…。


「心配しなくても、力が暴走したりはしないから安心してね。大丈夫、アディなら使いこなせるよ。」

「あ、そ…。」

「いらなかったら、返してくれても大丈夫。でも、しばらくはその体で頑張ってみてよ。それでもダメなら、貸した魔法の力を返してもらうから。」


ポカーンとしているアタシを他所に、ドアからノックの音が聞こえる。リディアが入室を許可すると、ジャネスの顔が見えた。


「お嬢様…と旦那様もいらっしゃったのですね。大変遅れて申し訳ありません、夕飯の準備ができました。」


『お菓子片づけたらすぐ行くね~』とリディアが言うと、ジャネスは一礼して退室した。アタシは今だにポカーンとした状態から戻れていない。


何だか、意図せずとんでもないものを押し付けられた気がする。

そう思わずにはいられなかった。

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