第6話 お茶会の予定があるの。
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アタシは今、仕事部屋で書類を前に頭を抱えている。
いや、目の前の仕事に対してじゃないの。別のことで抱えているの。
てかアタシ、あの子が来てから頭抱えっぱなしじゃない?
…でも、あの子の面倒を見ると決めたのはアタシ。ほぼ脅しに近い交渉をされた気がするけど、弱音を吐いてはいられないわね。
いや、今はあの子関連の事で悩んでいるわけではないの。
今日は南西部に居を構えるハイバーン子爵のご息女、エミリ・ハイバーンとのお茶会の約束をしているの。
アタシが約束したわけじゃないわよ?いや最終的に合意したのはアタシだけど。
ハイバーン子爵がどうしてもって1年位前からずっと言っていて、アタシが折れちゃったの。
この国の成人年齢は16歳。エミリ・ハイバーン、確か年齢は18歳だから、もう成人している年齢ね。ということはつまり、ハイバーン子爵は娘の結婚相手を探しているのかしら。
アタシ、貴族社会特有のこういう風潮はあまり好きじゃないのよね。貴族社会である以上家柄がどうとか地位がどうとか気にするのは分かるけど、アタシは結婚するなら好きな人と結婚したい!素敵な恋がしたい!
まあ、今のアタシには結婚願望が全く無いんだけどね。
え?出会いはどこにあるか分からないんだから、今回のお茶会がきっかけでゴールインまでまっしぐらになる可能性もあるって?
…それ自体は可能性の1つとしてあり得る話だから、否定はできないわね。
でも最近、でかい悩みの種が増えちゃったからより一層それどころじゃないというか。
コンコンッ
「どうぞ。」
「アディ~」
来たわね、悩みの根源たる大輪の花が。
「クリスティから聞いたよ。今日エミリ・ハイバーンとのお茶会なんだってね。」
「エミリ様と言いなさい。聖女とはいえ一応アンタ、今は身分を隠している立場なんだから平民も同然よ。相手は子爵家のご息女なんだから。」
「そうだった、気を付ける!あ、ねえねえ。」
興味の移り変わりが早いわね~。
ほんと、この子どうしよう。変なことをしでかす子ではないと思うけど、午後3時から数時間は部屋から出ないように言いつけないと。
「台所の冷蔵庫にあったタルトとケーキ、食べてもいい?」
「ダメ!!あれは今日のお茶会に出すものなの!!」
「ちぇ。」
唇尖らせて頬膨らませてもダメなものはダメ!あれは王都の有名なスイーツ店から今日のために取り寄せた商品なの!
お茶会を楽しみにしてるんじゃないわよ!好きなものでも食べなきゃやってられないほど憂鬱なのよ!
「でもさ、アディ。」
言いながらリディアは、アタシの仕事机の上に置いてある籠の中から個包装のお菓子を数個摘んでいく。
アタシのお菓子籠の中身、なんか減るの早いなと思っていたけどやっぱアンタだったのね。
「一度OKしちゃうと次も次もってなるよ。何なら、エミリ…様にはOKしたのに、なんで私はダメなの?って人も出てきかねない。」
「う…。」
もしゃもしゃクッキーを頬張っているリディアに、痛いところを指摘される。
そう、それも問題なのよ。実際、どこから知ったのかエミリ様が良いならうちもと会合の提案や食事のお誘いが後を絶たない。まあ、全部断るんだけど。
「ハイバーン家はアタシの母方の遠縁なのよ。だからちょっと無碍にできなかったというか…」
「…言い訳し始めた。」
「うるさい!」
「あと、アディってお母さんいたんだね。人の子なんだね。」
「どういうことよド失礼ね!!」
アタシにもちゃんとしたお父様とお母様がいましたー!!
ずいぶん前に死んじゃっていますけどねー!!
「とにかく!」
再びお菓子籠からお菓子を拝借しようとしているリディアの手首を掴んで阻止する。
え~ん!と小さく発しながら目をウルウルさせてるけどダメ!食べ過ぎよ!
リディアは噓泣きが効かないと悟ったのか、むすっとしながら机の上に置いてあった封筒を奪っていった。
すると即座に左手に持つ封筒に右手をかざし、小さな声で何かを唱えている。
「エミリ・ハイバーン、このローゼシア王国南西部にあるゼオノア領に家があり貿易商を営む家、アドルディ・レッドフォードの母方の遠縁、貿易商を営む父トーマス・ハイバーンと母パトリシア・ハイバーンの間に生まれた3人目の子供…」
「…もしかしてそれ、過去視?」
「………そう。エミリのあんなことからこんなことまで、この手紙が教えてくれたの。」
怖…そういやアタシもこの力で尊厳を奪われたっけ…思い出したくないわ…。
「アディが乗り気じゃないから、エミリの黒歴史をお茶のネタにすれば相手も諦めてくれるんじゃないかと思って。」
「そんなことできるわけないでしょお馬鹿!!」
仮にできたとしても、アタシの人間性と品位に傷がついて終わりじゃない!!致命傷よ!!
いややらないしできないけどねそんなこと!!
これ以上何をやってくれるか分からないから、リディアの手から手紙を無理矢理奪い取って机の引き出しにしまっておくことにしたわ。
「とにかく!午後2時からお茶会だから、アンタしばらく部屋から出ちゃダメよ!」
「別にお茶会の場に乱入してランバダ踊ったりしないよ?」
「そんなことするのは論外よっっっ!!」
「冗談だよ?」
「面白くないのよ!!あまり大きな声を出させないでちょうだい!!」
いちいち反応してしまうアタシも悪いんだけどね!?
「部屋からも出ちゃダメなの?今日のお夕飯作るの、キッチンで眺めていたいんだけど、それもダメなの?」
うーん…?部屋に閉じ込めておくのはやりすぎかしら?
「分かった、分かったから、自由にしていていいから。客間に来るのは禁止ね。あと騒ぎだけはおこさないでね。」
「わーい!アディさすが!敏腕伯爵様!粉みじん!」
「最後それ褒め言葉じゃないわよ。」
色々と満足したのか、パタパタと足音を立てながらリディアは部屋から出て行ったわ。
あー何もやりたくない。
アタシは椅子の背もたれに体を沈めて、憂鬱なお茶会から目を背けるように目を強く閉じた。