第55話 アタシの両親について。
デニーの葬儀から帰ってきた日の夜。
アタシは筋トレの成果を打ち消す勢いでお酒を飲んでいた。それこそ、おつまみを狙って部屋に来たリディアに飲みすぎだと注意されるくらいには。
あの日も雨だった。今日みたいな激しい雨。
アタシの目の前にいた2人は、いきなりいなくなってしまって。色々な手続きに追われて、役職を与えられて、期待を背負って、責任を持って。
「…思い出しちゃったのよね、両親の事故について。」
「…アディのお父さんとお母さん、事故で亡くなっているんだよね。」
リディアが遠慮気味に話しかけてきた。今更隠すことでもないし、別に言っても良いかしらね。別に、今までも隠すつもりはなかったけど。
「アタシの両親はね、あの日セントサザール領の自然地区の近くの道を通っていたの。」
別に、そんな凝った話じゃないわよ。
自然地区から侵入したドラゴンに両親は襲われてね。自警団が到着した頃にはもう手遅れ。ドラゴンに食い散らかされて燃やされた、レッドフォード夫妻の姿だけがそこにあったのよ。
セントサザール領の領主夫妻の死亡事件ということも加え、他の被害者が出ないようにと大規模な捜査網が敷かれ、ドラゴンは無事に討伐された。
アタシの両親の仇はきちんと処罰されたのよ。
「当時のアタシはまだ人を見る目を培っていなかったのよ。だから、善意から悪意まできちんと選別して対応する力を身に付けるまでが大変だったわ。」
「………。」
両親の死が実は仕向けられたもの、なんて話も出てきてね。商売敵が意図的に自然地区からドラゴンを侵入させたなんて話もあったわ。
「まあ結局、事件性はないってことで両親の件は事故として処理されたわ。その時に対応した自警団員が、アンタが誘拐されたときにうちに来たトリンブルって人だったのよ。」
「私の力を使えば、アディの両親の死の真相も探れるよ。」
「………。」
「………。」
アタシとリディアは静かに見つめ合う。リディアは既にその気になっているのか、力強い目でこちらを見てくる。
「…結構よ。アタシの中で、両親の件はもう片付いているの。」
「…そう。アディがいいならいいの。でも、知りたくなったら、協力するからね。」
そうリディアは言いながら、おつまみのチーズを軽く齧る。
「アディの両親って、どんな人だったの?」
ふと、リディアがそんなことを聞いてくる。アタシは深く考えず、思いつくままに両親のことを語ってみる。
「父は、優しい人だった。物腰柔らかい人でね、領主としてもレッドフォード社の経営者としてもとても慕われている人だった。繊細過ぎて、定期的に胃薬が必要になるくらいにはお人よしだったわ。」
エルバート・レッドフォードは5人兄弟の3番目だった。2人の姉と2人の妹がいる唯一の長男だった。他の姉妹は結婚して、セントサザール領を出ているから今では家族としての交流はないわね。女姉妹に揉まれて、女性の扱いには慣れている人だと母が言っていた記憶があるわ。
「母は、豪快な人だった。父とは真逆で、大雑把。どうにかなる精神のポジティブの塊だったわ。即断力があって、いつも夫婦の主導権は母にあった記憶があるわね。」
ヴィオラ・レッドフォードはゼオノア領にあるラスレット家の次女だったわ。お淑やかで大人しい姉に対して、お転婆で怪我ばかり作っているアグレッシ少女だったと聞いているわ。そんな母が父に一目惚れして、とんとん拍子で結婚まで進んだのよ。母の押しの強さに、父が負けたんでしょうね。
「アタシの夢の1つはね、両親みたいな仲のいい夫婦になることなの。まだ全然結婚相手どころか交際相手すらいないけどね。」
リディアは何か共感することがあるのか、うんうんと大きく頷いている。
理想と夢は語るだけタダよ。
「リディア、アンタが『好きな人ができたから出ていきたい』って言っても、アタシは止めないわよ。幸せになりなさいね。」
「………そうだね。」
少し間が開いたのち、リディアは齧りかけのチーズを机の上のお皿に置く。
「まあでも、アンタの場合は見た目の年齢あげることが先ね!何だっけ?普通の人間に換算すると、な寿命だっけ?今が6歳くらいだから、あと10年くらいは結婚できなさそうね。」
この国の結婚可能な年齢は、成人年齢である16歳だからね。16歳の見た目になるまでは色々と厳しいわね。まあ、理想と夢を語るだけならタダよ。さっきのアタシみたいにね。
「…もう寝る。おやすみ、アディ。」
「ん?もう行くのね。」
そう短く言い残し、リディアはアタシの部屋から去っていった。アタシは靴を脱ぎ、長椅子に寝転がるような体勢になる。天井から降り注ぐ、照明の光が目に染みる。
「…アタシも、そろそろお風呂入りましょうかね。」
両親のことを話したからか、少しだけ気分が浮いたような気がした。アタシはすっきりしたけど、リディアは悶々としているかもしれないわね。一応、明日謝っておきましょうか。
「今日のバスボムは薔薇の香りにしちゃおうかしら!」
アタシは椅子から立ち上がり、バスボムが収納されている棚に向かった。何となく今日は、両親の思い出の花の香りに包まれたい気分になった。




