第41話 懐かしい気持ちになったわ。
仕立て屋フィッツシモンズの店内に入ると、お店特有の布と皮の匂いに包まれる。アタシとリディアの来店の音に気が付いた店の従業員が、奥の部屋から1人出てきた。
「あれ、すみません今日は貸し切りで…」
「アタシよお馬鹿。」
声の主はよそ見をしていたらしい。アタシとリディアの顔を見ると、『あー!』と大きな声を出して、こちらに駆け寄ってきた。
「やほやほ、いらっしゃい!アドルディ久しぶり☆」
「ケイティも相変わらずね。変わってないようで安心したわ。」
アタシとケイティは挨拶を交わし、ケイティの視線はアタシの後ろに隠れていたリディアに向いた。
「おや!?君が噂の…!?」
「そうよ。レティシア、挨拶なさい。」
珍しく緊張しているのか、リディアは恐る恐る前へと踏み出す。珍しいわねと思いながら、アタシはリディアに自己紹介を促す。
「初めまして、リ…レティシア・レッドフォードです。よよよよしなに。」
「よしな!?」
「緊張しているみたいなの、いつもはもっと元気なんだけどね。」
ケイティの背が高いから威圧感を感じているのかもしれないわね。それでもこの子がこんなに緊張していること自体珍しいんだけど。
(あれかしら、久しぶりの王都だからってのもあるのかもね。)
表向きには騒ぎになっていないけど、王族や大臣の間では聖女リディアが行方不明だと知れ渡っているらしいわね。オーウェン公爵の件で、見た目ではレティシア・レッドフォードがリディア・アッシュクロフトと同一人物であるとは結び付けられないと証明されたようなものだけど、それでも不安はあるのかもしれないわ。
いや、純粋に楽しみすぎて緊張している可能性が高いかしら。
「ああああのね、こういう可愛いお洋服を着てみたいなって。」
そう言うとリディアは家から持ってきた雑誌類を手提げ鞄の中から取り出し、いくつか広げて見せる。ケイティには事前に、いくつかリディアの求める案を送っておいたから把握はしているはず。だけど、リディアに合わせて腰を低くし、うんうんと大きく頷いて話を聞いてあげているわ。
「おけおけ、こちらでもいくつかデザイン案は考えておいたの。素敵なお洋服にしようね!」
「…!…うん!」
2人は何かの波長が合ったのか、顔を合わせてうんうんと頷きあっている。眩しいわね、2人の若々しさが羨ましくなっちゃう。
…あれ?ケイティとアタシは同い年のはずよね?リディアに至っては数千歳よね?
奥の部屋に通され、荷物を籠の中にまとめて入れる。ケイティはすっと指を動かすと、カーテンを閉めて部屋の空調を調整する。そういえばこの子、魔法使える子だったわね。
「おしゃれして来てくれたところ悪いんだけど…こっちの簡易的な服に着替えてもらっていいかな?きちんと採寸するためには、体のラインが出ていないといけないの。」
そう言ってケイティは、リディアにノースリーブのシャツと灰色のパンツを渡したわ。あっちで着替えてきてねと指示を出され、リディアが素直に従い更衣室に入っていく。
「着替えのお手伝いしてあげなくて大丈夫そう?私行こうか?」
「大丈夫よ。あの子身支度に使用人付けないタイプだから。」
一応リディア専属の使用人として付いてくれているのがクリスティだけど、リディア自身はクリスティに身支度をしてもらってないと言っていた気がするわ。とっ散らかした身の回りの整頓はしてもらっているみたいだけど。
「へえ、意外。貴族ってみんな使用人侍らせているイメージだから。」
「それアンタの店の客層でしょ。アタシだって使用人侍らせていないし。」
「それもそっか!」
ケイティは何かを納得したように、うんうんと頷いている。
_ケイティ・フィッツシモンズ。
アタシの学生時代の同級生で、友達の1人。お爺様であるテオドアさんの後を継ぐために、現在は見習いとして毎日しごかれていると聞いたのが数年前。1年の節目に手紙のやり取りをしたり、プライベートで大きな転機があった時に電話をくれるくらいの間柄になっていたけど、会って話すと学生時代に戻ったように会話が弾むわね。
そして、アタシの両親の事情を知っている、数少ない友人の1人でもあるわ。
リディアの準備が終わるまでの間、アタシとケイティは学生時代の話題で盛り上がった。不思議なもので、いつもは頭の片隅にすらない記憶も、誰かと話すことでこんなに鮮明に思い出していくものなのね。
ケイティとの話しに区切りがついたところで、アタシはどこからか視線を感じて部屋を見回す。更衣室のドアから顔を半分だけ覗かせたリディアが、目を細めながら無言でこちらを見ていた。
「…私、お邪魔かなって。」
「あああごめんねごめんね!つい思い出話で盛り上がっちゃって!」
ケイティは慌ててアタシの元から立ち去り、リディアのところに走っていく。リディアは『えへへ、冗談。2人は学校のお友達って聞いてる』と舌を出して笑った。
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「締め付けすぎていたり、逆に緩かったりしたら言ってね!」
「はーい。」
ケイティはリディアの体に布製メジャーを当てていき、テキパキと計測を済ませていく。あの子、お調子者な言動に反して仕事は早くてきっちりしているのよね。
「アドルディ~!?誰がお調子者だってえ!?」
「あらやだ?失礼。思わず口に出してしまっていたみたいね。」
アタシは思わずあははと大きく笑い、ケイティは眉間に皺を寄せながら手の関節をパキパキと鳴らしている。
「…こんなアディ見るの、初めてかも。」
アタシとケイティの様子を見ていたリディアが、ポツンとそんな言葉を漏らした。確かに、こんな気を抜いてぎゃあぎゃあと笑いあう姿は、リディアに見せたことなかったかもしれないわね。
「アドルディのことアディって呼んでるの?可愛い~!私もアディって呼ぼうかな!」
「やめてよ今更そんな風に呼ぶのは!アンタはアドルディ呼びでいいの!」
思わずアタシたちは、無意識に学生時代のようなノリで話してしまっていた。アタシもケイティもお互い社会人になってから結構な日数が経っているけど、まだまだ精神的には未熟者みたいね。
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「はい、採寸はこれで終わり。レティシア、動いていいよ~。」
ケイティにそう言われ、体に力が入っていたリディアが脱力する様子が見える。ケイティは引き続き何かをメモしているのか、机の上にある紙に向かって鉛筆を動かしている。
「ふぁ。緊張した。数千年ぶりだもん。」
「数千年?あはは!レティシアって実はおばあちゃん!?」
「レティシア流ジョークよ、気にしないで。」
アタシは思わず心臓が飛び出しそうになりながらも、平常心を保ちながら答える。
『ちょっとリディア、洒落にならないから!』と目で訴えかけてみるも、当のリディアは知らん顔をしている。こんなこと言われても真に受ける人なんていないだろうし、アタシが気にしすぎなだけかもしれないわね…?
「そうそう、さっきマリン風の服が着たいって言ってたじゃん?レティシア、こういうのも好きかなって。」
「む、それは違う。可愛いけど、好きじゃない。」
「あれえ!?」
採寸を終えた2人は次の工程に移ったのか、沢山の資料を取り出しながら仕立てていく服のデザインを考え始めた。リディアは着替えるのも忘れて、服のデザイン案を出すのに夢中になっている。
アタシはああでもないこうでもないと話している2人を微笑ましく思いながら、その後ろ姿を静かに見つめた。




